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 アリシアの真意が分からず、助けられた立場だがモードウェンは手放しで喜べなかった。カイウスの過去の恋人だという彼女がモードウェンを助けて、いったい何の得があるというのだろうか。

「第二王子殿下の恋人はたくさんいて、しかし多くが王宮を去ることになったと聞いたのですが……」

 どう言葉を選んでいいか分からず、直接的な聞き方になってしまったモードウェンに、アリシアは気を悪くした風もなく頷いた。

「そうね。私は稀な例外。だからさっきのように殿下を慕う女性たちに対しても、わりと強く出られるの」

「なるほど……」

「どうして稀なのか分かる?」

 いたずらっぽく微笑んで試すように聞くアリシアは、涼やかな美人だ。

「殿下の好みということですか?」

「残念、はずれ。……しかしあなた、本当に殿下に対して興味がないのね。心底どうでもよさそうな表情を隠しもしないなんて」

 アリシアは面白そうに笑い、自分から種明かしをした。

「私はね、無実だったからよ。王宮を追い出されるようなことをしていないからよ」

「…………はい?」

「私が夫と結婚する前、他の男性に言い寄られたことがあってね。その人が体調不良を訴えて、毒を受けたことが分かったあと、殿下から近付いてこられたの。王宮で毒が使われることって珍しくなくてね、警告から本気の殺意までさまざまよ。ばれたら処刑されるけれど、危ないところを末端にやらせて高位の親玉は知らん顔、なんてよくあるもの」

 王宮こわい。……じゃなくて、

「殿下が恋心ではなくて、疑心を抱かれて近付いてこられたように聞こえましたが……」

「その通りよ。でも私は無実だったし、疑いを晴らしたからこうやって無事にいられるわけだけどね」

「………………」

 モードウェンは無言で考えを巡らせた。

「……もしかして私も、何か疑われて近付かれたのでしょうか……?」

 アリシアは頷いた。

「そうだと思うわ。心当たりはない?」

 心当たりしかない。キースの情報をもたらしたし、国王が毒で倒れたあたりで王宮に来たし、ゼランド家の娘だ。さぞ疑わしいことだろう。

「……心当たりがありそうな顔ね。でも、無実なんでしょう?」

「無実です。巻き込まれただけです。……分かるんですか?」

「分かるわ」

 自信ありげに頷くアリシアに、モードウェンは少し身構えた。もしかして彼女もモードウェンのように異能を持っているのだろうか。

「……根拠は?」

「勘よ」

「…………」

「私の勘は当たるわよ? でもまあ、外れても大丈夫だしね。私がこういう話をしてあなたに警戒心を与えたところで、殿下が事態を解きほぐすのが大変になるだけだもの」

 心底楽しそうにアリシアは言った。

 いろいろ聞きたいことがあるが、

「殿下のことが、お嫌いなんですか……?」

「嫌いよ。勝手に疑われて無理に近づかれて、しかもあの容姿でしょう? このせいで夫と結婚できなくなったら一生恨んでいたところだったわ」

「…………心中お察しします」

 モードウェンは心底から言った。アリシアは意を得たりというような表情になった。

「そういうことなの。分かる? 殿下はどうも、ご自身の容姿や立場を使って王宮内での事件を解決したり、未然に防いだり、そういうことをなさっているみたいなの。誰かに任じられてのことか、自発的にか、それは分からないけれど。殿下と噂になって、そのあとで王宮を出ることになった女性が多くいたのは、彼女たちが何らかの罪を裁かれたり、秘密裡に処遇を受けたりしたからなのよ」

「…………」

 モードウェンは思わずあたりを見回した。ひとけのない廊下だから誰も通っていないし聞く人もいないだろうが、おおっぴらに話していい話題ではない。……しかしこれも、アリシアにしてみれば、聞かれても大丈夫ということだろう。たしかに困るのはカイウスだけだ。

「殿下に振り回されるあなたがかわいそうで、放っておけなくってね。だってあなたが無実なら、とんだとばっちりだし災難でしょう?」

「…………ええ」

 本当にその通りだ。モードウェンは深く頷いた。

(何が「私に協力して動いてもらえないだろうか」よ。むしろ私のことを疑っていたんじゃないの。つくづく性格悪いったら)

 アリシアの言うことをそのまま信じるわけにもいかないが、話には整合性と信憑性があった。

 そういえばモードウェンはカイウスと行動を共にする中で彼のことを見定めようと思っていたのだが、悪い印象ばかりが重なっていく。潔白かどうかということとは別の次元で、とにかく腹黒だ。

(……協力するのやめたくなってきた……)

「彼に協力するのをやめたくなってきた?」

 心を読んだかのようにアリシアが言った。モードウェンは辟易とした表情で頷く。そういうわけにはいかない事情があるのだが、思うくらいはさせてほしい。

「私でよければ、愚痴くらいは聞くわよ? 彼の『恋人』がどういうものか分かっている人は少ないし、彼が嫌いな女性なんてさらに少ないでしょう」

「それは……ありがたいです。王宮のこともお聞きしたいですし。でも、付き合っていただいてよろしいのですか?」

「構わないわ。いま夫が忙しくて、私の方は暇なの。私が聞いていい範囲でのことなら相談にも乗るわ。あのいけ好かない王子の鼻を明かすのに協力してあげる」

「ありがとうございます……!」

 事件の解決よりも王子の鼻を明かすことの方に関心が向いていそうだが、心強い。モードウェンは思わずアリシアの手を取って拝まんばかりにお礼を言った。おおげさよ、とアリシアは笑う。

 モードウェンは思いがけず、協力者を手に入れた。


「……それでね、ボネア公爵家は南方との交易を手広く行っているの。暑い地域は変わった草木があるし、種類の多さだけで言ってもこの国とは比べ物にならないし、毒蛇だけでなく毒蜘蛛だの何だのといるし、多種多様な毒があると聞いているわ。種類の分からない毒を使われたのなら南方由来かもね。でも疑わしいことは自身でも承知しているでしょうし、安直な考えだけど」

 モードウェンの部屋でお茶を飲みながらアリシアは言った。

 協力すると言ってくれた彼女は、その足でモードウェンの部屋に招かれてくれた。暇だと言っていたのは嘘ではないらしく、時間を気にすることなく色々と話してくれる。

 要所はぼかすしかないが、モードウェンの問いにアリシアはいろいろと答えてくれた。王宮暮らしが長いのだろう。

「アーガイル公爵家はボネア公爵家と違って、国内での流通網に強いから、こちらも疑わしいといえば疑わしいわね。物だけではなく人も、優秀な者を各地から集めて教育を施して歴代国王のお傍近くに送り込んだりもしている家よ。アーガイル公爵家の息のかかった者は目に見える以上に多いでしょうし。官吏だけでなく、王族に容姿の近い者を影武者にと仕立てることもあったとか」

 毒だの影武者だのといった物騒な話を、しかも公爵家という雲の上の者の話を茶飲み話の種にしている現状に、二人に給仕しているリーザが顔を青くしている。アリシアはまったく気にせずお茶を飲んでいるが、こうした話題には耐性がありそうだ。王宮で鍛えられたものなのか、カイウスと行動を共にしたせいかは分からない。ともかくも心強いことに変わりはない。

(ボネア公爵家とアーガイル公爵家ね……)

 作法などすっかり忘れてカップの取っ手に指を入れながら、モードウェンは思考を巡らせた。

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