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「腹を割って話せただろう?」

 そうのたまうカイウスに、モードウェンは胡乱げな目を向けた。

 普通に考えれば、第二王子が目下の者と腹を割って話そうとしている、そういう流れのはずだろう。何が楽しくてモードウェンが第一王子と腹を割って話さなければならないのか。

(……兄のことを聞けたのはよかったけれど。第一王子殿下がよさそうな方だったのも臣民の一人として喜ばしいけれど。私なんかが次期国王になる方と面識を得て、何かいいことなんてあるの……?)

 モードウェンは思った。


 思った通り、いや、それ以上に良いことがなかった。

 お茶会に放り込まれ、王宮内を連れ回され、それだけに留まらず、カイウスはモードウェンを伴ってサロンや夜会に出席した。モードウェンが少しだけ齧った医学関係や神学関係のサロンでは多少の問答をする機会もあり、カイウスがそういった分野を選んだのだろうと思われた。

 そうしてモードウェンがカイウスの恋人、もとい玩具として周囲に認知されていった結果、それは起こるべくして起こった。

「……あなた、身の程ってものを分かっている?」

 豪奢な金の巻き毛をきっちりと整えた令嬢が、高圧的に言いながらモードウェンを睨んだ。

 双樹宮の自室に戻ろうとし、カイウスと別れて一人になったときのことだった。モードウェンと同じ年頃と見られる複数人の令嬢に囲まれ、敵意をぶつけられている。

 モードウェンに詰め寄るのはリーダーらしい一人だが、他の者はモードウェンを逃がさないようにばらけて逃げ道を塞いでいた。

(……これは、俗にいう新入りのいびりというものだろうか……)

 典型的すぎる構図だ。モードウェンはいっそ感心して相手を眺めた。頬を紅潮させてこちらを睨みつける少女は、カイウスを慕っているのだろう。

「身の程はよく分かっていますとも。双樹宮に住むなんて畏れ多い、王宮の外れの方でさえお借りするに足らぬ身ですもの」

「何、その人を食ったような言い方! それならなんでこんな王宮の中心部を歩いているのよ!」

「第二王子殿下の無茶ぶりに付き合わされているからです」

「…………!」

 別に相手を怒らせようと思って言葉を選んでいるわけではないのだが、危機感のなさというものは相手に伝わって神経を逆撫でしているらしい。金髪の令嬢は怒りで頬をさらに紅潮させ、周りの令嬢たちも敵意をモードウェンに集中させた。

「カイウス殿下の気まぐれだって分かってるわよね!? どうせすぐに飽きられるんだから!」

「気まぐれだということには同意します。本当に、どうかもう今すぐにでも飽きていただきたいのですが……」

「…………!?」

 モードウェンは溜息をつき、心から言った。心からのものと分かるその反応に、令嬢は怒りのやり場を失ったように唇を震わせた。

「ところで、このお話の落としどころはどこへ持っていくおつもりなのですか? 第二王子殿下に近付くなということなら、私は心からそうしたいのですが、ご覧の通り殿下が気まぐれを起こしておいでです。どのみち、私はお披露目を終えたらすぐに領地に戻るつもりですので……」

「ああもう、うるさい!」

 令嬢は癇癪を起こし、モードウェンに向かって手を振り上げた。取り巻きの令嬢たちもほとんど同じ心境のようだ。止めようとするそぶりを見せる者も一人二人いるが、大多数はモードウェンを睨んでいる。そこまで嫌われることをした覚えはないのだが、理屈っぽい物言いが嫌われるのだろうか。

 掴みかかってくる令嬢から身を引き、どうしようかとモードウェンは焦るでもなく考えた。目を引っかかれでもしたら大変だが、そうでもなければそうそう致命的なことにもならない。怪我をしたりドレスが傷んだりすれば慰謝料を要求できるかもしれない。

 見るからに相手は財力と権力のありそうな家の令嬢だが、そうした者が相手だから泣き寝入りしなければならないということもない。訴えればきちんと調査されるだろうし、この程度の諍いは強権で揉み消すよりも適当にお金を払って済ませる方が楽だろう。被害者がいろいろと言い立てれば醜聞が立つし、それを避けられるなら端金は惜しまないだろう。

 まだ受けてもいない暴力のその後についてつらつらと考えていたモードウェンの耳に、後ろから制止の声が聞こえた。

「やめなさい!」

「アリシア様!?」

 モードウェンから手を放し、金髪の令嬢は驚きの声を上げた。

 制止の声が聞こえた方を振り返ると、まっすぐな薄茶色の髪の女性が歩いてくるところだった。装いと髪の結い方から察するに、既婚者だろう。モードウェンよりも少し年上に見えた。

 アリシアと呼ばれた女性はモードウェンを庇うように割って入ると、金髪の令嬢の肩をやんわりと押し返した。

「この方のことは私に任せて。必要なことはお教えしておくから。こういう諍いを殿下に見られたらあなたたちの印象も悪くなってしまうわよ?」

「……そういうことなら、分かりました。アリシア様がそう仰るなら」

 金髪の令嬢は頷き、大人しく引き下がった。去り際にモードウェンをひと睨みすることは忘れなかったが、取り巻きを引き連れて去っていく。

「……災難だったわね」

 それを見送り、アリシアがモードウェンに声をかけた。

「ええと……助けてくださったのでしょうか?」

「そのつもりよ。彼女たちを納得させるために言い方を選んだから、分かりにくかったかしら」

 アリシアの立ち位置がいまいち分からずに尋ねたモードウェンに、気を悪くする様子もなくアリシアは答えた。

「いいえ。ありがとうございました。ええと……」

 お礼を言い、モードウェンはアリシアに改めて目を向けた。貴族なのだろうが、あいにく家名にさっぱり見当がつかない。聞いたら失礼に当たるだろうかと言い淀むモードウェンに、アリシアは助け舟を出すように名乗った。

「ウィルトン侯爵の妻のアリシアよ。そう言っても分かりにくいだろうから言い直すけれど……私は以前、カイウス殿下の恋人だったの」

 モードウェンは目を丸くした。

 アリシアは優しそうな女性に見える。この人が、あの捻くれた性悪王子の恋人だったのか。

(いったいどんな恋人関係だったのやら……)

 カイウスが甘い言葉を囁く様子は容易に想像できる。だが、それを本気で言っているところとなると途端に想像がつかなくなる。少し頑張って想像しようとしてみたが、考えるとなんだか気分が悪くなるので止めておいた。

 そしてもう一つ不思議なのが、そんな人が、なぜモードウェンを助けたのかということだ。

 アリシアはたおやかに微笑んでいる。

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