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 ――身分を気にせずに。カイウスは言った。

(言われたけど……言われたけど……! こんなことってある!?)

 モードウェンの横には、きらきらした第二王子殿下カイウスがいらっしゃる。その状況だけでも今さらながらにおかしいのに、二人の向かいには、これまたきらきらした第一王子殿下イーノスの尊いお姿があった。

(一人でもお腹一杯すぎるのに……それが二人も! もうやめて……!)

 「光輝の君」と呼ばれる第二王子とは違い、第一王子は「優美の君」の二つ名の通り、穏やかな雰囲気の美青年だった。御年二十一歳、カイウスとは三つ離れている。夏を思わせる爽やかな印象のカイウスとは異なり、優しげで穏やかで、どこか物憂げな春を思わせるような優男だ。背が高くやや痩身、金髪に青い瞳、甘い顔立ち。

 普通なら目の保養になるそれらの要素だが、モードウェンの目はつぶれそうだ。見るからにきらきらして、見えない部分でもきらきらして思念の類を追い払っていて、その余波だけでモードウェンも消し飛ばされそうだ。

(無理……! お願いだから本当にやめて……!)

 しかし、モードウェンの心の叫びは届かない。イーノスは柔らかく微笑んでモードウェンに声をかけた。

「弟が紹介したい人がいるというから気になっていたんだけど、喪服の君だったとはね」

「……第一王子殿下までご存知でいらしたのですか……」

 息も絶え絶えになりながら、モードウェンはどうにか言葉を返した。

 プレシダとカイウスに続いてイーノスまで。眩い脚光を浴びる人はモードウェンのことなど見ないだろうと思っていたが、そんなことはなかった。三人いる王子王女の全員に見られていた。

 だからと言って、決まりが悪いなどというわけではない。公の場に着ていけるドレスが他にないからという理由だけでなく、モードウェンは確たる意思を持ってあの服装を選んだ。

「私たちがいた回廊からは大広間を見渡せたからね。さすがに喪服は目立つよ。でも君の意図は目立ちたいからというところにはないのだろう?」

「……目立とうというつもりなんてありません」

「そうだろうね。目立てて嬉しいという感じは微塵もなかったものね。むしろ苦痛でたまらない、逃げ出したいという雰囲気だった」

 よく見ている。モードウェンはそこで初めてイーノスと目を合わせた。青い瞳が穏やかに細められているが、そこにどんな感情があるかなどモードウェンには読み取れない。

 しかし、これだけは分かった。

 彼も、あのことを知っている。

 もしかするとモードウェンを見てから調べるなりしたのかもしれないが、それでもいいと思った。知らないままでいられたり、知ったうえで知らないふりをしたり、どうでもいいような素振りをみせたり、そうされなかっただけで充分だ。

 喪服を着てきた甲斐があったというべきなのかもしれない。王子王女からこうした反応を引き出せたのは望外のことだった。

 とはいえ、

「喪服はああした場にそぐわないようでいて、法律上は許されているからね」

 考えていたまさにそのことを口にされ、モードウェンは瞬いた。イーノスは少し目を伏せて口元を緩めた。懐かしむような、それでいて苦く思い出すような笑いだ。

「法律関係のサロンで、君の兄君と少し話したことがある。彼は結局……この国を出て行ってしまったね」

「兄をご存知だったのですか」

 兄が出て行ったことを知っているなら、モードウェンの喪服の理由も同根だと分かるだろう。イーノスは最初から知っていたのだ。

「知っている。私よりも年上だが、王宮に出てきたのは早いというほどでもなかったかな。それでも彼の専門が法律で、私もそちらの分野や隣接の学問を中心に手を広げていたから、意見を交換したりする機会もあった」

「そうだったのですね……。兄がお世話になりました」

 出不精のモードウェンと違って――これでも昔はもう少しましだったのだが――、兄は社交的だし、デビュー前から王宮に滞在して経験を積み、人脈を広げていた。けっきょく彼は隣国に行ってそこに落ち着いたわけだが、そうした経験も生きているだろう。

 兄とは手紙をやり取りしているし、彼が出ていく前は可愛がってもらったので、モードウェンも普通の令嬢よりは法律に詳しい。夜会で喪服が是とされる根拠になる二百年前の法律改正について知っていたのもそのためだ。こんな面白い法律もある、と話の種として聞き流していたのだが、まさか自分がこんなふうに法律を盾に喪服で舞踏会に乗り込むことになるとは思わなかった。

「君も法律に興味があるのかな?」

「いえ、私はそこまで……。私はほんの少しですが、医学や薬学、それと神学を……」

「……なるほど」

 モードウェンが口にした内容に、イーノスは目を細めた。思案しつつ納得するような表情だ。

 モードウェンは少したじろぎ、横のカイウスを見上げた。

「その、第二王子殿下。私を第一王子殿下にご紹介くださったのは一体……?」

「私のことはカイウスでいい。第一とか第二とかややこしいだろう」

 モードウェンとイーノスのやりとりを黙って聞いていたカイウスは言った。

「まあそうだな、君は姉にも会ったし、私と行動を共にするのなら兄にも紹介しておこうと思った。それもあるし……まあ、例のことばかりが理由ではない」

 事件の渦中にいるとまでは言えないが、イーノスも事件に関連する一人だ。国王と、国王を害した犯人。その間にいるのが三人の王子と王女だ。面識を得て、情報を得ておくのは間違っていない。

 だが、カイウスの口ぶりからすると他にも理由がありそうだった。

 少し考えたが思いつかず、とりあえず棚上げにする。

 カイウスは溜息をつくように言った。

「しかし、舞踏会での喪服は合法だったのか。全然知らなかった。あの場でそれを知っていた人がどれだけいたか知らないが、大多数の者は君のことを奇異の目で見ていたと思うぞ。気が狂っているのかと。それでもよかったのか?」

「問題ありません」

「問題しかないだろう!?」

 即答したモードウェンにカイウスが突っ込む。そのやり取りにイーノスが吹き出した。

「ずいぶん楽しいお嬢さんだな。どんな子かと思ったら。自己主張が強いのかと思ったら、もしかして逆なのかな。利他的だったり、義理堅かったりするのかな」

「……買いかぶりですよ。でも……私にできる範囲で、人助けはしたいと思っています」

 元来の性格は利他的でも何でもないので、おせっかいをするつもりはないが、困っている人を放っておくのは気が咎めて仕方ない。そのせいで王宮のど真ん中で二人の王子と話している現状があるのだが、キースを放ってはおけなかった。

 モードウェンの内心の葛藤を読んだかのように、イーノスが綺麗な笑みを浮かべた。

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