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モードウェンは息を呑んだ。本人からは聞けなかったが、キースはどのように殺されたのか。
「私とともに動いてもらうにあたって、まずはキースの事件のことを知ってもらおうと思ったんだ。私も狙われているということだし、もしかすると国王陛下の毒殺未遂にも関わるかもしれない。それに、キースの死が事故死ではなく殺人によるものだというのなら、真相を追うのが私の義務だろう」
義務、とモードウェンは繰り返した。その言葉の響きは、単に主君としての責任を果たすということ以上に重い意味が込められているように聞こえた。
「順を追って説明する。本当なら、現場になったあの噴水のところで話そうと思っていた。だが、伯爵の前ではさすがに話せない」
それは当然だ。父親の前で、息子の死因などについて話すわけにはいくまい。しかも、まだ半年くらいしか経っていないのだ。
「よかったです」
「何がだ?」
「殿下が気遣いというものをご存知でいらしたので」
「……私を何だと思っているんだ?」
性格が悪く見目がいい劇物だと思っている。ということを口にはしなかったが、カイウスは察したらしく胡乱げな表情を向けた。
「……まあいい。私のことよりもキースのことだ。彼の死因は溺死ということになっているが、正確ではない。噴水の水に顔が浸かった状態で発見されたが、どうも死後に顔が水に浸かったようだということだ。水による窒息ではなく、死因が他にあり、その後でそのような形になったということだった」
モードウェンは頷いた。肺に水が入っていないことを確かめたのだろう。
「だが、溺死という形にしたのは……正確さよりも、体面のためだ。彼の血液からは多量のアルコールが検出された。酔って溺死したような形になっていたが、そもそもアルコールで中毒死した後にそうした格好になったのだろうと思われた」
「……どちらにしろ、対外的にはあまり変わらなかったということですね」
「そうだ。細かい事情はもちろん私を含め近しい者にとって重要だが、多くの者にとっては、そうではない。完全な嘘というわけでもないし、通りがよく分かりやすい話にしたのを悪いこととは思わない。事故死として収めることが多くの者にとって好都合だった」
それは納得できる。もしもの話だが、モードウェンが同じ状況になった時、他人に自分の死について事細かに知ってほしいとは思わない。むしろ知らないでほしい、忘れてほしいと思ってしまうのは自分の性向が偏っているからだろうか。
「キースはお酒に弱かったんですか? あまりお酒を飲まなさそうな、真面目で実直そうな印象でしたが」
「……君は本当に、彼に会ったんだな……。正直、まだ信じきれないが。ともかく、君の印象通りだ。彼はあまりお酒を嗜まなかったし、度を過ごすこともなかった。断れない場で多量に飲まされたか、アルコールの巡りを促進する薬を使われたか、彼以外の者の意思があったのは確かだと思う」
「そうなのですね。私が聞いた範囲では、男性らしき人に殺されたと言っていたので……酔いつぶすなり薬を使うなりして抵抗を弱めたうえで、犯人は確実を期すかたちで襲ったのではと思いますが」
カイウスは難しい顔をした。
「首を絞めるなり殴るなりしたのかもしれないな。痕が残っていた記録はないから確かめるのは難しそうだが」
「もう聞けませんし、聞いてもその時のことは覚えていないことが多いので、難しいですね。……お話を伺っていて不思議なのですが、これほどまでに不自然な死を、王宮は調査しなかったんですか?」
「もちろん、した。担当の部署だけでなく、ネアーン伯爵が自ら動いて事態を究明しようとした。私もそこに加わった」
「さっきの、あの方が……。殿下も動かれたと……」
「当然だ。状況を整理し、聞き込みをし、死体の状態を確かめ……しかし、結果は見ての通りだ。何も明らかにならなかった。……ネアーン伯爵が、明らかにすることを望まなかった」
「え!? 真相を明らかにしようと動いておられた方なのでは!? あ、でも……先ほどの印象とは合っているというか……」
噴水のところで会ったネアーン伯爵は、息子の死の真相を何としてでも突き止めようと決意に燃える父親、という雰囲気ではなかった。ただ消沈して、すべてを諦めて、しかし心の中には重いものを抱えて、といった印象だった。
カイウスは頷いた。
「最初は誰もが精力的に動いた。私にとっても大切な友人だったから、なんとしてでも真相を突き止めて、故意に彼を死に至らしめた者がいるなら仇を取ってやると意気込んでいた。だが……途中で、伯爵が態度を変えた。もう充分だ、息子はこれ以上皆を煩わせることを望まないだろう、私は父親として捜査の打ち切りを提言する……そう言ったんだ」
「伯爵が……?」
「そうだ。誰よりも確固たる意志をもって調査に当たっていた伯爵がだ」
「それは……犯人に辿り着いたからなのでは?」
モードウェンはおそるおそる指摘した。そう考えるのが自然だ。なんとしてでも知りたい、その答えに辿り着いたからなのではないか。さらに言うなら、その犯人がアリバイなり強い立場なり伯爵の弱みなりを持っていて、それ以上追及することが不可能だからなのではないか。伝聞の話に推測を重ねるのはどうかと思うが、カイウスの話が確かなら、それが自然な流れだ。
カイウスも肯定した。
「そうかもしれないと、私も同じことを思った」
「それなら、なぜ……」
「なぜ追及しないのか、と? だが、そもそも捜査は誰のためだ? もちろん王宮の治安がどうとか人々の安心がどうとかもあるだろうが……第一にキースのためだ。そして遺族のためだ。その遺族が、父親が、もう止めてくれと言ったんだ。無理強いして続けることができるか?」
「それは……」
確かに、難しいかもしれない。それに、遺族の協力がなければ調査できない部分も出てくるだろう。いずれにしろ調査には期限を設けなければならず、いつまでも続けているわけにはいかないのだから、遺族の意向があれば調査の終了を早めることも視野に入ったはずだ。
「もしもキースの事件が今回の国王陛下の事件に繋がったのなら、調査の打ち切りは誤りだったということになる。だから君には説明したのだが……関係がある証拠を挙げられない以上、調査のための人員を再び集めることは難しいし、伯爵の協力も得られないだろう。だが、明確に殺人だと分かるのなら、私は何としてでも犯人を知りたい。伯爵の意向に沿わないのなら、隠れて調査してでも」
「その、殿下は……キースの事件と今回の事件との間に繋がりがありそうだと思っておられるように聞こえるのですが……」




