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「言うまでもないが、私の行動目的は、第一に国王陛下の身の安全の確保だ。その次に、私自身の安全の確保。君が伝えてくれた警告をおろそかにはしない」
カイウスの言葉にモードウェンは頷いた。優先順位について口を出すつもりはないし、警告を受け取ってくれたのならいい。
「同時に、キースのことについてももう一度きちんと調べ直すつもりだ。私の身の安全にも関わってくる」
再度、頷く。そして、モードウェンは確認のために口を開いた。
「どこまで聞いていいのか分からないけれど……国王陛下が毒を盛られたというのは、お命を狙われたということでしょうか?」
警告だとか、誰かの代わりにとか、そういった可能性もないではない。だが、カイウスは頷いて肯定した。
「明確にお命を狙われていた。用心していたから大事には至らなかったものの、致死量を口にされる可能性は充分にあった」
「…………」
モードウェンは表情を硬くした。貧しい田舎で生きてきたモードウェンは、人の生死に慣れていないわけではなかったが、毒となると話が別だ。毒を使ったり使われたりする王宮の恐ろしさに背筋が震える。
「それで、犯人を調べていたのだが……」
(難航するわよね……。陛下が口になさるものって、たくさんの人が関わっていそうだし……)
料理人ひとりひとりを疑うだけでは足りない。食材を搬入する者や、手配する者、そういった者に接触できる者。また、出来上がった料理を運び、供する間にも多くの人が関わる。
「……候補はほんの数人だ」
「はあ!?」
想像とかけ離れた話の流れに、モードウェンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「えっ……と、陛下が口になさるものって、料理人から毒見役まで、たくさんの人が関わるものだと思っていたのですが。疑わしいのはたった数人だと?」
「そうだ。君が言ったように毒見役もいるし、陛下が普段口にされるものには細心の注意が払われている。しかし、そういった管理体制が機能しない場もあるんだ。今回のこともそうしたもので……陛下にごく近しい、親しい者が手土産として持ってきたものを口にされて、毒に倒れられた。毒見役を置くことを憚られる状況だったんだ」
「……それは……」
モードウェンが想像したように会食の場などではなくて、個人的な友誼を結んだ者との歓談の場でのことだったのだ。
親しい人が相手であれば、過剰な警戒は隔意を招く。気まずくなってしまわないように気を遣い、礼儀として手土産を口にする、その構図は国王陛下でさえも同じなのか。モードウェンも目上の訪問客に気を遣って、苦手な食べ物――客の地元の名産品――を頑張って口にしたことはあるが、国王という立場の人であっても同じような状況に置かれることはあるのか。素直に驚いてしまう。親近感を覚えてしまうが、和んでいる場合ではない。
「まあ、陛下がそこまで気を遣われる相手はごく少数だ。その親しさを逆手に取られて隙を利用されたわけだが」
「……難しいですよね。でも、そうしたことが起こる可能性は低かったはずです。誰かからの手土産を口にして陛下が具合を悪くされれば、その『誰か』がすぐに特定されてしまうはずですから」
「本来なら、そのはずだった。だが、その日は折悪しく……複数人と歓談の機会があった。誰が持ち込んだものに毒が仕込まれていたのか、分からなくなった」
「なるほど……」
陛下に毒を盛った犯人の候補が数人に絞られたのは、そういうわけだったのだ。
「もちろんそれぞれの者を調査したが、徹底できてはいない。国王陛下でさえ一歩を譲るような権力を持つ者たちだから、迂闊に事を運べない。大っぴらに疑って敵に回すことは避けたいという事情もある」
「なんというか、大変ですね……」
大人の事情というか、貴族の事情というか。疑いがあるから隅々まで調べて解決して終わり、というわけにはいかないらしい。
「大変だ。なにしろ疑いがかかっているのが、アーガイル公爵ご本人に、ボネア公爵の弟、それに加えてネアーン伯爵だからな」
「…………えっ、っと……?」
王宮の事情や貴族の家名や血縁関係に疎いモードウェンだが、そのモードウェンですら聞いたことがある名前ばかりだ。有名だからとかではなくて……
「……その三つのお名前、なんだか最近聞いたことがあるような……」
おそるおそるモードウェンが言うと、カイウスが意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「さて、どこで聞いたんだったかな?」
「…………」
思い出したくない。だが、他の貴族に関心のないモードウェンだってさすがにまだ忘れない。何せ昨日の今日だ。
昨日のお茶会に出席していたカリン、彼女はアーガイル公爵夫人だった。
ボネア公爵もその弟とやらも知らないが、マイペースな印象を受けたエルシーは、ボネア公爵の妹だった。
そして、この名前は忘れない。ネアーン伯爵というのは、幽霊になったキースの父親のはずだ。
ぱくぱくと口を動かしたモードウェンの表情で、疑わしい三人の近親をそれぞれ想像したことを察したらしい。カイウスは頷き、ついでのように言った。
「昨日のお茶会のことだが、本当は秋の席に参加予定だったのは私の姉だ。国王陛下の一件があったから辞退しようとしていたのを、私が話を引き取って君を誘ったんだ」
「そうだったのですね……」
お茶会に男性が呼ばれているのはおかしいと思っていたが、そういうわけだったのか。もともと参加予定だったのはプレシダだったらしい。
「君は知らなさそうだから教えておくが、アーガイル公爵は姉の婚約者の父だ。ボネア公爵の弟は私の兄の側近だ。さらに言えば、ネアーン伯爵は私の陣営の者だ。キースを私に付けてくれたのもそのためだ」
「……えっと……」
姉の父の弟の兄の側近のとなにがなんだか分からなくなりそうだ。そもそもプレシダに婚約者がいたことも初耳だ。モードウェンは考えをまとめて口に出した。
「要するに、アーガイル公爵は第一王女殿下の、ボネア公爵の弟は第一王子殿下の、ネアーン伯爵は第二王子殿下の手の者というわけですね?」
「その理解で間違っていない」
「うわあ……」
モードウェンは思わず呻いた。国王陛下を毒で害した犯人の候補者三人が、それぞれ三人の王子王女に近しい者なのだ。これはもしかしなくても、関わると危ない。巻き込まれたらろくなことにならない。
たらりと冷や汗を流しながらカイウスを見ると、例によって胡散臭い笑顔で言葉を封じられた。モードウェンを逃がすつもりはないと表情が語っている。
(……ここまで知ってしまったんだもの、逃げられるわけはないか……)
交換条件の嘆願の件もあるし、毒を食らわば皿まで――今の状況で言うと洒落にならないが――の心境だ。しかし、本当に大丈夫なのだろうか。
(やめてよ、犯人はネアーン伯爵で、本当の黒幕は第二王子でした、なんてことは。犯人を捜したいのではなく、犯罪の痕跡を有耶無耶にしたいから私を巻き込んだ、なんてことは……)
ない、はずだ。
そう思いたいが、カイウスのきらきらした笑みは本心をまったくモードウェンに悟らせなかった。




