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もの言いたげなモードウェンの視線の意味を察したのだろう、カイウスはまったく動じずに胡散臭いきらきらした笑みを返した。
「……表情で伝わったと思うけれど、言葉にもしておきますね。どの口で言っておられるのでしょうか?」
額に青筋を立てながらも笑顔で応酬する。モードウェンの霊感をまるきり信じたわけではなかったにしろ、霊感を、というかモードウェンを利用しようとしたのは王宮でカイウスが最初だ。
だが、カイウスは悪びれない。
「隙を見せた君が悪い。私よりも、もっとたちの悪い人に捕まらなくてよかったと思うが」
「もっとたちの悪い人……?」
「そんな人なんているのか、みたいな顔でこちらを見るのはやめてほしいんだが?」
第二王子という立場、言葉による脅迫と厚遇による懐柔、ついでに言えば眩しすぎる容姿や性質も、モードウェンにとってはこの上なくたちが悪い。極悪人でなさそうなのは救いだが、だから何だというのか。
「さて」
例によって断りもなく部屋の椅子に腰を沈め、カイウスはモードウェンの向かいの椅子を示した。話をするから座れ、ということだろう。逆らって突っ立っているのも馬鹿らしいので、モードウェンは大人しく椅子に腰を下ろした。丁重なエスコートや礼節にかなった態度などはもはや期待していない。使用人が彼の指示に従ってお茶を運んでくる流れまでもが昨日と同じだが、もはや突っ込む気力すら無い。
「改めて君に頼みたいのだが、私に協力して動いてほしい」
「…………? そのお言葉は前にもお聞きしたと思いますが……」
最初に会ったときと同じことを重ねて言われ、モードウェンは首を傾げた。
断れるなら断りたい。だが、第二王子殿下としがない男爵令嬢に接点ができてしまった以上、モードウェンがこの王宮で無事に過ごしていくためには彼の協力者という立ち位置が必要だ。何もなしに庇護してもらえるわけもないし、そうだとしても気が引ける。彼に迫る危機を伝えたことは貸しになったかもしれないが、まだ何が解決したわけでもないのだ。
「だから、改めて、だ。私の恋人として、しばらく行動を共にしてほしい。調べたいことがあるんだ。ちゃんと謝礼も出す」
「えっ……」
謝礼、と言ったのか。こんなに豪華な待遇を整えて、その上さらに金銭も出すと。
「……ものすごく危険なことをさせるおつもりだとか……?」
「私の立場が高い以上、近くにいる君にも命の危険が及ぶ可能性は排除できない。君の警告によると私は命を狙われているらしいからな。だが、明確な危険が想定されているわけではない」
「そうですか……」
鵜呑みにすることはできないが、誠実な答えのように聞こえた。モードウェンはお茶を口に運び、少し口を湿らせた。
「……その見返りについて、金銭ではないものを要求しても?」
「……要求による。聞いてからでないと答えられない」
モードウェンの言葉に、カイウスは用心深く答えた。
なにも物をねだろうという話ではない。官位や利権が欲しいという話でもない。
モードウェンの要求はただ一つだ。
「この先、ゼランド家が王家に対して何らかの嘆願をすることがあったら、それをお聞き届けいただきたいのです。もちろん道理に反したお願いをするようなことがあったら反故にして構いませんが、そうでないのなら、殿下のお力で可能な限り、応じていただきたいのです」
「………………。……君は――」
カイウスは沈黙し、モードウェンを見て何事かを言いかけた。しかし言葉が見つからないらしく、途切れる。
モードウェンはカイウスを真っ向から見返した。視線がぶつかり、カイウスの瞳によぎった色を見て確信する。
(彼は――知っている)
あのことを。知っていて当然ではあるのだが、知っておいてくれただけでほんの少し救われた気持ちになる。
ややあってカイウスは短く同意した。
「……分かった。君の働き次第ではあるが、それに応じてこちらも対応を厚くすることを約束する。嘆願をすべて聞き入れることはできないかもしれないが、努力する」
「言質、取りましたからね!」
モードウェンは雄叫びのような宣言とともに拳を突き上げた。カイウスがぎょっとする。
「……。……気持ちは分からないでもないが……もう少し、何とかならないか……?」
「ご心配いりません。こんなにありがたいことはそうそう無いので、私がこんなふうに喜ぶこともそうそう無いはずです」
「……そうか」
カイウスは顎と身を引いた。気を取り直すようにお茶のカップを口に運ぶ。
モードウェンは逆に、身を乗り出すようにした。お茶のセットが載った長卓の向こうに座るカイウスに、ひたと目を据える。
「そうと決まれば、なんでも仰ってください。私の力の及ぶ限り、努めさせていただきます」
「急にやる気を出したな。金銭や待遇よりも、形のない未来の権利の方が大切か。嘆願をすると決まったわけでもあるまいに」
「その権利を使うほど切羽詰まった状況に陥ることのないように、私も心から願っています。でも、保険があるのとないのとでは安心感が天と地ほども変わってきますから」
モードウェンは実感を込め、拳を握って力説した。この場にはいないが、ナフィが聞いていたら同意してくれたはずだ。
「そうか……」
カイウスは言葉にしがたい表情をし、お茶を口に含んだ。お茶菓子には手を伸ばさず、お茶の苦みと渋みを感じるようにゆっくりと飲みくだす。
「ところで、再度の協力要請についてですが……私の霊感を信じてくださったということですか? 殿下に危機が迫っていることを信じてくださると?」
「あー……それについては、まだ保留だ。自分の目で確かめたわけでもないし、何とも言えない。だが、君の警告はありがたく受け取った」
「それならそれでいいです。私は警告をお伝えしたかっただけなので。私自身の力については、別に信じていただかなくても」
「……君はそれでいいのか? 特異な能力であれ、学識や技芸であれ、相応に認められることを望む者が多いと思っていたが」
「私は別に。確かめにくいですしね」
モードウェンは肩をすくめ、あっさりと流した。他人に認めてもらおうと思って磨いてきた力ではない。迷っている幽霊を導いたりできればそれでいい。昨日のように、困っている人を助けられることもあるのだから、それ以上の何を望むというのだろう。
カイウスが沈黙し、眩しいものを見るかのように目を細めた。硝子の長卓に光が反射でもしたのだろうか。
「信じる信じないはどうでもいいのですが……ならば何故、話を深めることになさったのか不思議なのですが」
「知りたいか?」
カイウスがにっこりと笑う。
強烈に嫌な予感がして、モードウェンは頬を強張らせた。




