18
カイウスがモードウェンをこの場に連れてきた理由が明白になった。モードウェンの霊感を確かめたいのだ。
だが、カイウスは知らない。彼の存在自体が幽霊だろうが思念だろうが善いものだろうが悪いものだろうがお構いなしに払いのけてしまっていることを。
モードウェンは口を開いた。
「ラーヴィル女伯、少し伺いたいのですが……不調はもしかして、今この場ではあまり感じておられないのでは?」
「ええ、そうね。美味しいお茶とお菓子のおかげかしら。私も現金ね」
ティルダは頬に手を当て、おっとりと頷いた。
「たしかにお茶やお菓子や、親しいご友人たちとのご歓談はお心をほぐすものですが……今回に関しては、第二王子殿下がいらっしゃるからかもしれません」
「……は?」
モードウェンの言葉に、カイウスが怪訝そうな声を上げた。ティルダも首を傾げる。
「人が亡くなると、それが善いものであれ悪いものであれ、近しい方に思いを残してしまうことがままあります。目には見えずとも、気配として察して気疲れするなど、心身に影響が出ることもあります。ですが、殿下はそうしたものを全く寄せ付けない体質のようですので」
「…………」
「……まあ」
カイウスが微妙な顔をし、ティルダが声を上げる。カリンが興味深そうに身を乗り出した。
「お嬢さん、もしかして霊能者か何かなのかしら。占いとか、まじないとか、そういうことができるの?」
モードウェンは少し身を引いた。
「……いえ、占いもまじないもできません。私にできるのは、そうした思念がぼんやりと見えるだけです」
幽霊が見えるし話もできる、というところまでは言わないでおく。
モードウェンの言葉に反応したのはエルシーだった。肩の上あたりで短めに切り揃えた黒髪を揺らし、小首を傾げてモードウェンを見る。
「……その話が本当なら、面白いし興味深い。ティルダに父君の思念が憑いているのかどうか、王子がいないところでなら確かめられるのだろうか?」
「そう思います」
「…………」
モードウェンが頷くと、エルシーがカイウスに視線を向けた。言葉にはしないが、出ていけということだろう。カイウスがその視線を受けて渋面になる。彼にしてみればモードウェンの能力をその目で確かめたいのだろうが、無理なのだから仕方ない。
モードウェンの立場から言えば、もしもティルダに父親の思念が憑いているなら、そのせいで体調不良を起こしているなら、解決してあげたいと思う。このお茶会に出席した女性たちはみなモードウェンに優しかったから、そのお返しができれば嬉しい。公爵夫人だの公爵の妹だの女伯爵だのといった雲の上の方々が、一介の男爵家の娘と同じテーブルを囲んでいることがそもそもおかしいのだ。
おかしいといえば、女性たちのお茶会に第二王子殿下がしれっと混ざっていることからしておかしい。モードウェンは推測しているのだが、そもそもこのお茶会はカイウス抜きで、親しい女性たちが、近親を亡くしたティルダを慰めるために企画されたものなのではないか。そこにカイウスが後から割り込み、無理矢理にモードウェンをも突っ込んだのだと思うのだが、違うだろうか。
カイウスは苦笑して立ち上がった。
「少し散歩がしたくなった。私は少し出ていようと思う。もともと貴婦人方のお茶会に無粋に割り込むような真似をしてしまったのだから、女性同士で話をしたいこともあるだろう」
(やっぱり……)
モードウェンは心の中で納得の声を上げた。そんなところだろうと思った。
「まあそんな、無粋なんて。お若くお美しい殿下に加わっていただけて楽しゅうございましたわ。すぐお戻りになってね」
そう声をかけたのはカリンだ。すぐ戻ってほしいというのは方便だろうが、本音なのかもしれないと思わせるにこやかな笑顔と口調だ。本心を悟らせない話術はたぶん、高位貴族には必須なのだろう。
(貴族こわい……)
末端貴族のモードウェンは心の中で震えた。そして、はたと気付いた。カイウスはあれで一応、モードウェンの盾のようなものだった。ひとり場違いなお茶会の席に取り残されて、モードウェンはいいおもちゃだ。煮るなり焼くなり好きにできるだろう。
彼を蚊帳の外にしたことをさっそく後悔したモードウェンだが、とにかく、すべきことはしなければならない。
「…………っ」
カイウスが出て行ってからほどなく、ティルダがわずかに表情を歪めた。注意していなければ見逃しそうなくらい小さな変化ではあったが、モードウェンには分かった。ティルダの肩の上に、白い靄がまとわりついている。
ティルダのわずかな変化と、モードウェンが彼女を注視していることに、カリンとエルシーも気付いた。
「……どう? 何か、分かる?」
不安そうに聞いたのはティルダだ。ほとんど初対面の末端貴族かつ親子ほども年齢の離れたモードウェンだが、自分の体調に関わるとなれば意見を求めたくもなるだろう。まして彼女はこの一か月、気を張って頑張ってきたはずなのだ。
モードウェンは安心させるように表情を緩めた。……うまく笑えている自信は欠片もなかったが。
「白い靄が見えます。善いものなので問題ない……と言いたいのですが、不調を感じておられるのですよね?」
「……ええ。葬儀と継承とで忙しくしていたから、そのせいだと思っていたのだけど……。落ち着いてからも治らないし、体が重いの」
父親を亡くし、自身が伯爵位を継いでから、ということだ。やはり原因は、父親の思念で間違いないだろう。
白い思念は害意のないものだが、ティルダは不調を訴えている。ということは、二人の間に何かしら齟齬があるのだろう。
「御父君について、少し伺っても?」
モードウェンが聞くと、ティルダは頷いてぽつぽつと話し始めた。
厳格な父だったこと。貴族の教養や実務についての教育を娘に施し、ティルダがそれに応えて成果を示してもあまり表情を和らげなかったこと。
途中からカリンとエルシーも話に加わり、二人からの視点で補足したり、ティルダ本人があまり意識していなかったことを聞き出したり、これこそがお茶会といったように話に花が咲いた。
モードウェンはひたすら聞き役に徹しながら、ひそかに感心していた。一対一で根掘り葉掘り聞くようなやり方では、とてもこうはいかなかっただろう。ティルダはリラックスしたような様子で、ときおり笑ったり、涙ぐんだりしながら話をしている。
厳格な父だったが、愛して尊敬していたこと。息子として生まれてあげられなくて申し訳なく思っていたこと。それから……後継者として、認めてほしかったこと。
そうした心境を聞き出し、彼女の中で感情に整理がついていくのを感じる。
あとは、それを届けるだけだ。
「ラーヴィル伯爵。いえ、ラーヴィル前伯爵。伯の娘御はこんなに立派に伯爵として立っておられます。後を継ぎ、領地の繁栄を維持し、王宮での立場も固めておられる。もう、心配なさらなくてもよろしいのでは?」
白い靄に向かって、モードウェンは語りかけた。手を伸ばし、靄に触れる。
厳格な父という評価とは裏腹な、娘を深く心配する気持ちが手を通して伝わってきた。すべてを背負わせてしまって申し訳ないという思い、普通の令嬢のように嫁ぎ先で誰かの夫人として家の中を差配する方が幸せだったのではないかという疑い。
そうした気持ちが凝り、ティルダの肩にのしかかっている。
ティルダが涙を零した。




