17
王族が住まう銀楢宮の一室で行われたお茶会は、小規模とはいえ豪華な趣向が凝らされたものだった。
季節は冬の初めであり、屋外でくつろげるような気温ではない。アールランドは特に寒冷でも温暖でもないが、四季がはっきりしている。常夏の場所のようにはいかない。
それでも、水妖の庭のように屋内にしつらえられた庭もある。単に今回はそういった場所での開催ではないというだけだ。
お茶会の場となる部屋には多種多様な自然の絵が飾られていた。花を描いたものもあるが静物画ではなく、どれも風景画だ。四方の壁を埋め尽くすようにとりどりに飾られた絵が、春から冬までの一巡を表していた。
部屋の真ん中に据えられた円卓には、これまた春から冬までの季節それぞれをモチーフにした茶器や菓子や軽食などが並べられている。春の領域には淡い色のクリームに苺が飾られたカップケーキが並べられている、などといった塩梅だ。
モードウェンがカイウスに先導されて着いた席は、秋の領域に用意されていた。すぐ目の前には栗や胡桃やざらめが飾られた焼き菓子が並んでいる。栗鼠が喜びそうな一品だ。その隣には葡萄のムースケーキ、奥には柿のタルトなど、秋らしい趣向のお茶菓子が用意されていた。
モードウェンには全く知らされていなかったのだが、このお茶菓子はすべて出席者がアイデアを出したものなのだという。ということは秋の席については全てカイウスが考えたのだろうか、それともお抱えの料理人などに丸投げしたのかもしれない。
出席者の挨拶や会話からそのことは察したのだが、そうなるとさらに察することに、このお茶会は前々から計画されたものだっただろうということだ。思い付きのような雰囲気でモードウェンを駆り出しておきながら、どこまでが彼の予定通りだったのだろうか。
「お嬢さん、こちらのゼリーも美味しいわよ。いかがかしら」
「ありがとうございます。ぜひ頂きます」
モードウェンにそう勧めたのは、モードウェンの母親くらいの年齢の貴婦人、アーガイル公爵の妻カリンだ。食用の花を果実とともに閉じ込めたゼリーを勧めてにこやかに微笑んでいる。
お茶会は出入り自由の気楽な形式で、モードウェンたちを除くと三つの家から出席者があった。
春の席にはアーガイル公爵家。数代前に王家から分かれ、現王家とは遠すぎず近すぎずといった関係にある家だ。現当主の妻カリンが席についており、今は一人だが、先ほどまではカリンの義母すなわち現当主の母親にあたる高齢の婦人も出席していた。年齢ゆえ長時間の参加はできないと途中で席を辞したが、そうして途中で抜けたり、逆に途中から加わったり、そういうことも自由なお茶会だということだった。
夏の席につくのはボネア公爵の妹エルシー。結婚せず公爵家を支え続けている彼女も、カリンと同年代くらいのようだ。やや厳格な印象を受けるが、こういった場に不慣れなモードウェンに冷たい目を向けることもなく、淡々とお菓子に舌鼓を打っている。
冬の席に座るのは、ラーヴィル女伯爵ティルダ。伯爵家と家格は他の二者に劣るものの、本人が当主として采配を振っている。おっとりした穏やかそうな女性だが、辣腕だということだ。
招待状はこの三者に出されており、近しい者を誘うのも自由、ただし暗黙のうちに男子禁制のようだった。お茶会というものは基本的に女性の場で、当然のように混ざっているカイウスがおかしいのだが、王族であるということと、顔がいいということと、馴染みすぎているということで許されているのだろう。理不尽だ。
テーブルがゆっくりと回り出した。あまり力を入れる必要もなくスムーズに回る仕組みになっており、そのおかげで四季の趣向が生きる。他の出席者に、自分のアイデアでできたお菓子を届けることができるのだ。少人数だから回すときは了承を得ればいいし、食べかけや飲みかけの食器は少し持ち上げればそれで済む。
モードウェンの手元に春のゼリーが届いた。カリンおすすめのそれを手に取って見ると、硝子の器を透かしてゼリーの層が見える。グラデーションの中に花やベリーやカットフルーツが浮かんでいるのが美しく、匙を入れると上品な甘さと爽やかな食感が美味しかった。
「美味しいです」
「よかったわ」
言葉の飾り方がよく分からず正直に述べたモードウェンだが、それが本心であることは伝わったようだった。カリンが微笑む。
「美味しいものってお話をするときにいいわよね。気持ちもほぐれるし。甘いものなんて特にそう。恋バナも捗るってものよね」
モードウェンを見てそんなことを言うものだから、危うくゼリーを喉に詰まらせそうになった。モードウェンは一応、第二王子の恋人ということになっている。
「そろそろ教えてくださらない? お二人はどこで出会ったの?」
話の主導権を握るのはカリンだ。エルシーは黙ってお菓子を食べているし、ティルダはお茶を飲みながら微笑んで聞いている。
カイウスがお世話になっている三人ということだが、この三人の仲もよさそうだった。カリンは話好き、エルシーはマイペース、ティルダは掴みどころがない感じだが、ちぐはぐなようでいて、だからこそぶつからないのだろうと思えた。それともモードウェンが読み切れないだけで、本当はぎすぎすしているのかも知れないが、知らぬが花というものだ。
「それが、彼女から私に会いたいと言ってくれたんですよ。熱烈に」
「…………お嬢さんがすごい顔をしているのだけど」
にこやかにのたまうカイウスに、モードウェンがお菓子を食べた後とは思えないような表情をしてしまい、それをエルシーが指摘する。
「照れ隠しですよ」
「…………そう」
(そう、じゃないです! そんなわけないでしょう!)
心の中でだけ反論し、モードウェンは引き攣った笑顔を浮かべた。
カイウスがどうしてこの三人にモードウェンを引き合わせたのか分からないが、ともかくもモードウェンの立場はカイウスの協力者だ。恋人というには無理がありすぎるが、そんなことはカイウスも分かっているだろう。
分かっているのはカイウスだけではなかった。
「それで、お嬢さんはどうして殿下のお目に留まったの?」
小首を傾げたのはティルダだ。おっとりしながらも冷静に見極めようとする視線に窮する。
「面白そうだったから、かな」
「殿下はそう仰るけど、その子から直接、もっと具体的に知りたいわ。だって殿下、たくさん恋人をお作りになるのに、こうやって私たちに紹介するようなことをしたのは初めてじゃない?」
「……そうなんですか?」
カイウスがたくさん恋人を作っていたらしいことはリーザから聞いている。そのほとんどが王宮を去ったということも。そうした仮初の恋人たちと自分とでは一体何が違うのだろうか。ともかくも、恋心を抱く同士でないことは彼女たちも分かっているようだった。
カイウスは困ったように微笑んだ。
「ところでラーヴィル女伯、最近あまり具合がよろしくないと聞いているのですが……」
「……ええ。まだ、ちょっとね……」
「無理もないわよ。まだ一か月でしょう?」
ティルダが溜息をつき、カリンが慰めるように言う。
カイウスがモードウェンを試すような目で、さりげなく説明した。
「女伯は一か月前、父君を亡くされている。気が塞いで当然だろう」
(……そういうことね)




