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 その翌日、さっそくお茶会の場がカイウスによって設けられた。カイウスやモードウェンよりも一回りくらい年上の貴婦人たちを数人集めただけの小規模な会で、カイウスいわくお世話になっている人を呼んだのだという。

 モードウェンの手持ちのドレスでは当然のごとく場にそぐわないということで、これまたカイウスから遣わされた侍女によって身なりを整えられているところだ。

 部屋のついでとばかりドレスも贈られたので、侍女はその中から選ぶ形だ。この数日のうちに採寸やら好みの聞き取りやらが行われ――好みは暗い色だと正直に伝えたのだが、丁重に頷かれつつやんわりと軌道修正された――、すでに数着が手元に届いている。

 その中から、侍女は光沢のある深い橙色のドレスを選んだ。他の出席者と被らないように、昼の気軽な集まりにふさわしいように、年齢や立場も踏まえて、もちろん本人の顔色などを引き立てるものを……等々、選びながらモードウェンに教えてくれたが、さっぱり真似できる気がしない。ナフィもリーザも興味深そうに様子を見守っているが、飾り立てられようとしているモードウェン自身の心境はといえば、きれいに盛り付けられて提供されるごちそうになった気分だ。楽しむどころではない。

「落ち着いた穏やかな色合いが冬の昼にふさわしいですし、御髪の艶を引き立てますわ。瞳の色が紫でいらっしゃるので、アクセサリーは葡萄をモチーフにしたものにしましょうか。宝石ではなく貴石で、大振りで存在感がありながらもどぎつくならないものがあったはずですわ。髪飾りもセットになっていたはずで……」

 等々、モードウェンに説明しながら手際よく準備を進めていってくれるのだが、正直さっぱり頭に入ってこない。ナフィとリーザが一緒に聞いてくれているのが幸いだ。せっかくの説明が無駄にならずに済む。

 風呂で体を洗われることだけは断固として拒否したが、その後の肌のお手入れとやらはしぶしぶながら受け入れた。必要だと言い張られたからだ。何やらべたべたしたものやらいい香りのするものやらを塗りたくられ、血行がよくなっている間に皮膚になじませてどうのこうのという説明をうつらうつらと聞き流し、髪の手入れも任せていたら伸び放題の髪に鋏が入れられている音がし、何がどうなっているのか分からないでいるうちに着付けと化粧までが終えられており、鏡を見るようにと促されたモードウェンは虚ろな目を開いた。

「…………驚きました」

 何が、と聞き返さなかったのは疲れていたからだ。お茶会が始まる前にすでに疲労困憊している。侍女が何に驚いたのか知らないが、知る気力もない。

 ぼんやりと鏡を眺めるが、間違って絵画作品の方に目を向けていたらしい。椅子に腰かけてこちらを向く女性の肖像画だ。楚々としてすらりとしたたたずまいの、黒髪の女性だ。

(こんな絵、部屋に飾ってあったっけ……?)

 ぼんやりと首を傾げると、絵の中の女性も首を傾げた。

「!?」

 驚いて意識が覚醒する。絵ではなく、幽霊だったのだろうか。まじまじと見つめると、なんだか相手もこちらをまじまじと見つめているような……

「……。…………。…………私?」

「……化けるものね。私には、こうはしてあげられないわ」

「お嬢様、お綺麗です!」

 ナフィとリーザが口々に言う。

 驚いたことに、誰かの肖像画だろうと思っていたものは、鏡の中の自分だった。磨き上げられて、飾り立てられて、別人になった自分だ。客観的に言って、美しいとさえ評価できるだろう。

 橙色のドレスは、すらりとした体形をすっきりと見せる上半身に対して、下半身のスカート部分はたっぷりと豊かに取られていた。そのおかげでバランスがよく見える。けぶる紫の瞳は憂いをたたえているようで、その実態が単に疲労困憊しているだけだと知っているモードウェン本人ですら騙されそうだ。豊かな黒髪も品よくまとめられて一部を肩に流され、大振りの髪飾りも相俟ってこなれた感じが出ている。

「……これが私……? 嘘でしょう……? 王宮の侍女こわい…………」

 まぎれもなく美女に見える自分に、これはもはや詐欺ではないかと思ってしまう。

「誉め言葉として頂きますわ」

 侍女は胸を張った。

「元々があまりにもあまりだったので私も驚きましたが、素顔を拝見したときからこれは化けると思っておりましたわ。前髪やベールで顔を隠したり、時代遅れの服装を選ばれたり、そういうことをなさらなければよろしいのです。すらりとした体形は賞賛されるものですし、着こなせるドレスの幅も広がります。肌が白くていらっしゃるのも、睫毛が長くていらっしゃるのも、化粧品には出せない自然さが加わりますね」

「嘘でしょう…………?」

「あっ! 頬をつねる手を止めてください! 今すぐ! 赤くなったり腫れたりしたら台無しですわ! ……髪をいじるのも止めてください!」

 色々と信じられなくて、手持ち無沙汰にあちこちを確かめるように手がさまよってしまう。

 まだぼんやりとしているモードウェンの耳に、もはや聴きなれた声が届いた。

「化けたな」

 まるで化けて出たかのようなカイウスの唐突な登場に、モードウェンの頬が引き攣った。ぼうっとしていてノックなどを聞き落していたのだろうが、それでも心臓に悪い。

「……これは、『光輝の君』、ご機嫌麗しゅう。人々の模範となるべき第二王子殿下がその言いぐさってどうなんでしょうね?」

「ちゃんと褒めているぞ? 君を相手にすると言葉を飾る必要がなくて楽なんだが、きちんと美辞麗句を連ねようか。私は歯が浮きそうになるだろうし、君は耳が爛れるとか言いそうだが」

「……遠慮しておきます」

 耳や頭を掻きむしりたくなる未来が見える。

 改めてカイウスを見ると、軍服めいた装いの各所に橙色がアクセントとして取り入れられている。肩や腕のライン、上着のスリットのあたりなどだ。どんな色であっても颯爽と品よく着こなしてしまえるのにはもはや驚かない。今日も今日とて無駄に爽やかで、無駄に嫌味だ。

「さて、そろそろお茶会の部屋に向かおうか。思ったよりも君の支度に時間がかかったから……ああいや、君のせいじゃない。彼女を美しく装ってくれて感謝しているよ。……そろそろ出発してもいい頃合いだ」

 途中で侍女へのフォローを挟み、カイウスがモードウェンに手を差し出す。

 白い手袋が嵌められた王子の手に、同じく薄い手袋を嵌めた自分の手を重ねる。乙女ならば誰もが憧れるだろう場面だが、そう考えると気が遠くなりそうだった。

「……確かに貴婦人方は気を失うことで儚さを演出したりするが、君までそんなことをする必要はないぞ。わざとらしいからな」

(わざとなわけないでしょう……!)

 気が遠くなりそうだった頭が、怒りで今度は熱くなる。そして少し冷静になってみると、その言葉が気付け薬のように作用したと悟った。カイウスは多分、わざとだ。

「…………その性格、誤解を招きそうだけど」

「君の外見ほどじゃないと思うが」

 その物言いも、どこまでがわざとでどこまでが素なのか。単に性格が悪いだけで済むならこちらも気が楽なのだが、性格が悪いばかりではなさそうなところが厄介だ。

 キースの主は、極悪人ではなさそうだが――極めつけに、たちが悪そうな人ではあった。

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