12
「…………と、そういうわけなの……」
モードウェンは項垂れながら話を終えた。
這う這うの体で水妖の庭から逃げ帰り、自室に帰り着いてしばし放心し、一通りの現実逃避を終えて、とりあえずお茶でも飲んで、状況の整理をしながらナフィとリーザに話をして、今に至る。
「…………恋人、ですか……!? 第二王子殿下の!?」
話を呑み込めない様子でリーザが聞き返す。呑み込めないのはモードウェンも同じだ。呑み込みたくないとも言う。
「…………名目だけね。色めいたことは全く、本当に一切、なんにもないのだもの」
「そうですか…………」
リーザが瞬き、何事かを言おうか言うまいか迷っている様子を見せる。モードウェンはその様子を見て取って首を傾げた。
「もしかしてリーザ、第二王子殿下に憧れているとか? だったら複雑な気持ちになるわよね。でも大丈夫、互いの都合でこうなっただけなのだから、遠からず解消するはず」
そうなってもらわなければ困る。
リーザは社交的な性格で、王宮に来てからというもの、主に使用人たちと積極的に情報交換をしている。十四歳という年齢が幼すぎず大人すぎず人の懐に入り込むのにちょうどいいのだろうか、それとも素朴な外見と飾らない性格のおかげだろうか、すでに王宮のことについてモードウェンとは比較にならないくらい詳しい。
王宮に憧れていた彼女だから、情報収集にも精が出るというものだろう。モードウェンは自分がそういった方面の適性がまるで無いことを自覚しているので、リーザのそうした在り方がありがたい。立場が逆だったら、と何度思ったか分からないことを思う。
逆といえば、ナフィでもいい。可憐な外見の彼女であれば、容姿が武器にもなるだろう。モードウェンの武器はといえば霊感くらいで、これが厄介事を引き寄せてしまったのが今の状況なのだが。
リーザはなおも言いあぐねている。モードウェンは話の続きを待ちつつ、考えを巡らせた。
リーザは恋の話が好きだ。モードウェン自身にとってはまるで縁のないことだから話の種を提供することができないが、他人のそうした噂話を仕入れてくる。高位貴族の誰それと誰それが付き合い始めたようだ、などという情報をいち早く伝えてくれる。問題はそう言われても誰のことなのかモードウェンにはさっぱり分からないということなのだが。
ともかく、そうしたリーザであるから、たとえ名目だけとはいえモードウェンと第二王子がどうこう、という話には食いつくだろうと予想していた。そのうえで追及をどう躱せばいいだろうかと思案していたのだが、そもそもリーザの反応がよくない。これは本当に、第二王子カイウスに憧れているとかなのだろうか。
「……リーザ、逆に考えて。私は彼とお近づきになってしまったのだから、あなたのことも紹介する機会があるかも知れないわ。そうした機会は逃さないようにするし、あなたが彼を慕っているなら応援するから、案じなくていいの。伝手ができたと思えばいいわ」
「えっ……!? お嬢様、何を仰っているんです!?」
リーザが声を筒抜かせた。
「私が、第二王子殿下を!? いえ、そもそもお顔を拝見したことすらありませんよ!? そりゃあ姿絵くらいは見たことがありますし、ものすごい美形だという噂も知っていますが、だからといってそんな! 畏れ多すぎますし、そこまで惚れっぽくないです!」
(それもそうか……。私だって、舞踏会の場で見たきりだったのだし。この部屋は王宮の中でも外れのほうだし、第二王子殿下と偶然出くわすなんて可能性は限りなく低そうだものね)
モードウェンは納得して頷いた。
「話は分かったけれど、じゃあどうして、そんなに浮かない顔をしているの?」
モードウェンは問いかけた。黙って二人のやり取りを聞いていたナフィも気になるようで、リーザの言葉を待っている。
「それは……」
ためらいつつリーザは口に出した。
「第二王子殿下が誰かと噂になるのは珍しいことではなくて、実際に行動を共にした人もたくさんいたとか。恋多き人と言うべきでしょうね。でも……そのほとんどが、王宮を出ることになってしまったのだとか。領地に帰ったというのはいい方で、王宮を追放されて二度と戻れなくなった人もいるとか……」
「……なるほど?」
「お嬢様……? あまり驚いておられませんね。悲観もされていらっしゃらないみたいですが……?」
頷いたモードウェンに、不思議そうな表情でリーザが首を傾げる。モードウェンは答えた。
「たしかにそんな話はしにくいわよね。でも、伝えてもらえてよかったわ。第二王子殿下に問題がありそうなことは最初から分かっていたし、あの性格で誰かと長続きなんてしなさそうだものね」
正直に王子を腐すモードウェンに、リーザとナフィが揃って変な顔をした。
「それに、私がその例に漏れないとなったところで、別にどうでもいいもの。王宮に長居するつもりはないし、追放されたところで痛くも痒くもない。むしろ願ったりだわ、さっさと帰りたい」
さらっと本音を零して話を呑み込んだモードウェンに、ナフィが溜息をつき、リーザがますます変な顔になった。
「せっかく王宮にいらしたのに……?」
「リーザ、諦めて。こういう人だから」
「……まあ、リーザにしてみれば勿体ないと思うかもね。王宮に憧れて来たのだし。もしここの流儀になじめるようなら、私が帰ったあとも王宮に残る? 王宮の使用人の採用基準は良く分からないけれど、伝手をうまく作れれば有利になるかもしれないし、リーザには向いていそう」
「それは……」
心を動かされつつ、モードウェンの使用人としての立場を蔑ろにすることもできないといったところだろう。リーザは瞳を揺らした。少し思案し、はっと我に返ったように言う。
「それはともかく、今はお嬢様のことです! 噂を聞いていると不安になってしまいますが、実際はいい人かもしれませんしね。せっかくの機会ですし、お嬢様がそれでいいのなら、応援しますよ!」
「…………いい人ではないし、応援もいらないけど……一応ありがとうと言っておくわ……」
モードウェンは悄然としてお礼を述べた。ありがとうと言っているとはとても思えない表情だが、リーザは悪くない。悪いのはすべて、あの腹黒王子だ。
恋人関係にと言ってくれたのはモードウェンのためでもある。それは分かっている。だが、あんなに持って回った言い方をしなくてもよかったではないか。人を遊び道具だとでも思っているのか。
「お嬢様の顔芸もとい百面相、見ていて面白いですからね……。王子もそう思ったのかも」
ナフィが何やら言っているが、聞き流す。
リーザが少し首を傾げた。
「それにしても、第二王子ってけっこう気軽に恋人をお作りになるんですね。お嬢様、さる貴族から王子宛ての伝言を預かって、それを伝えただけということなのに。きっかけとしては弱いように思ってしまいますが、意外とそんなものかもしれないですね」
「……そうかもね」
思念や幽霊が見えるということは、リーザには話していない。知っているのはナフィくらいだ。……いや、第二王子にも言う羽目になってしまったが。
ともかく、あまり言いふらすようなことではないので、リーザにはそのあたりをぼかして伝えてある。確かにそこを知らなければ第二王子の行動が少し納得しにくくなるが、彼がリーザからどう思われようが知ったことではないので、そのまま流した。
そうして三人で話をしているときだった。
ベルの音が来客を知らせた。




