表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/46

11

「……脅しですか?」

「まさか。単なる事実だよ」

 言質さえ取らせてくれない。しかめっ面がどんどんひどくなっていくことをモードウェンは自覚した。

「……いちおう、厚意での忠告のつもりだったのですが。逆手に取って私を利用しようとなさるのはあんまりでは?」

 厚意をひけらかすような真似はしたくなかったが、訳の分からない状況から逃げ出すためには何でも使う。モードウェンは言ってみたが、カイウスは予想外の返しをした。

「君の親切心は分かっている。だからそこに付け込ませてもらう」

「…………!」

 モードウェンは拳を震わせた。殴り掛からなかったのを誰か褒めてほしい。

 カイウスは察したのか、宥めるように手を挙げた。

「いちおう言い訳させてもらうと、君と私が逢引のような状況にあったことを、私は誰にも言うつもりはない。だが、こうした情報はどこからでも漏れるものだ。君は知らないかもしれないが、広大な王宮には想像以上の人目がある。隠し事は難しいし、秘密を保つにも技術が要る。君は身を隠すことなく水妖の庭まで来たのだろう? 私がここに滞在した時間が君のそれと重なっていることなんて、すぐに明らかになる。ろくな後ろ盾のない男爵令嬢が私と噂になって、姉上とも面識を得て、それなのに誰の庇護もないなんてことになったら、絶対ろくでもないことになる」

「………………」

 ぐうの音も出ない。言われてみればその通りだ。自分が考えなしだった。

 第二王子に会うことが難題すぎて、それを果たせて満足して、その後のことに考えが及んでいなかった。

 それでも、会ってすぐに王宮を去れるような状況であれば問題はなかった。――現在のように、国王がお出ましになることなくお披露目がお預けされている状況でなければ。

「…………その、デビュタントのお披露目の機会がいつになるか、分かりませんか……?」

「残念ながら、分からない。陛下はまだ起き上がれない。もちろんこのせいでお披露目すべき期間を過ぎたデビュタントにお咎めがあるわけではないし急かされることもないが、よほどの用がある者でなければ王宮に留まって次のお披露目の機会を待つだろう。ゼランド男爵の領地は遠いのを知っているが、君はいったん王宮を出て領地に戻るのか?」

「……それは……」

 冬にさしかかろうという時期だから、気候がよくない。北部は雪の季節だから吹雪いて足止めされることもあるだろうし、馬の借り賃も宿代もその分だけ嵩んでいく。王宮に部屋を借りているとはいえ、移動にかかる費用よりもずっと安上がりだ。移動には時間がかかるから、国王が回復して代わりの機会が設けられるとなったときに、すぐ行くこともできない。下手すれば機会を逃す。そして、そこまでして領地に戻ったところで、お披露目の義務がいつ降りかかってくるか分からない中では行動も制限されるだろう。

 結論、戻ってもいいことがない。

 さらに言ってしまえば、滞在してもろくなことにならない。

「…………陛下、どうかお早いご回復を……。お祈り申し上げます……」

「切実だな」

 天を仰いで祈りを捧げるモードウェンを、元凶たるカイウスが他人事のように眺める。

(本当にもう、どうしてこんなことになったの……)

 デビュタントとして、舞踏会には出なければならなかった。舞踏会の人込みで――正確には、彼ら彼女らに憑く思念のせいで――気分が悪くなったのも不可抗力だ。庭を歩くしかなく、キースと出会うしかなく、話を聞いたら引き受けるしかなかった。

 肩を落としたモードウェンに、カイウスが言った。

「どうやら君は王宮に滞在するしかないようだし、それなら私の庇護が必要だろう。恋人にと言った意味が分かったか?」

「…………だからと言って」

 モードウェンは胡乱な目を向けた。

「どうしてそこで恋人にと仰るんですか。友人でもいいでしょう」

「男女の友人? それでもいいが、庇いきれない部分が多いぞ。それに、一緒に行動するなら恋人が手っ取り早い」

 あっさりと言うカイウスに、彼の感覚が自分のそれとかけ離れすぎていることに絶望する。田舎では、恋人といえば結婚相手候補だ。とっかえひっかえするのは眉を顰められるし、軽々しく扱えるものではない。

 だが、王宮では事情がまったく異なるようだ。

「……もうやだ……王宮こわい……」

「怖いところなのは確かだ。だが、それでも大勢が王宮に集うのは、魅力があるからだ。権力、陰謀、色恋、友情、その他もろもろ。人の集まりは誘因力となって、さらに人を集めるものだ」

 そう語るカイウスの顔は、そうした混沌を飲み込んで上に立つ王子らしい表情をしていた。近寄りがたく、自然と頭を垂れてしまいそうになるような。

「怖さはある、危険はある。だが、そのぶん見返りも大きいぞ。せっかく貴族として王宮に滞在するなら、なにがしかの野心を持って、欲しいものを貪欲に狙いに行った方が楽しいぞ?」

 笑ってそう言えるカイウスは、根っから光の存在なのだと思う。貴族社会から外れかけているようなモードウェンには眩しすぎて、近寄りがたい。

 だが、今の口説き文句には心を動かされた。相手を褒め、恋心を切々と訴えるような口説き文句とは真逆で、それはむしろ共犯者にならないかという誘いだった。自分と一緒に、欲しいものを掴み取ろうと。

(…………絶対絶対、お近づきになりたくない)

 近くにいたらどんなことになるのか、考えたくもない。モードウェンの心は動いたが、当然のごとく否定的な方向に寄った。

 モードウェンは、ひっそりと過ごしたいのだ。最低限の義務だけを果たして、さっさと王宮を出たい。心は明確だ。

 だが、すでに状況がそれを許さない。

「……私が恋人として殿下の近くにいることで、私は身の安全を得やすくなる。殿下は私の話の真偽を確かめやすくなる。協力をお求めになったのは、陛下と殿下を狙う者を探るなかで、私の霊感を利用できるかもしれないから。そういうことですね?」

 カイウスは感心したように頷いた。

「そういうことだ。王宮に来て日が浅いのに私と二人きりになったりして、混乱するような状況だと思うのだが、理解と適応が早いな」

「混乱の原因のひとつが、殿下のもってまわった言い方なのですが?」

 順を追ってきちんと話してくれれば無駄に精神を削られたりしなかったのに。恨みを込めて言ってみれば、カイウスは飄々と言ってのけた。

「君の反応が面白かったせいだ」

「…………!」

 この取り澄ました面を、いつか殴ってやる。

 モードウェンは心の中で決意を固めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ