110 じゃあ後は兄ぃ、お願いします!
ベイシ村からスカイシップ・アニー号に乗り、移動中の僕たち。
移動を開始して10分程度でバイリンシティと思われる街並みを眺めることができた。
その数分後、バリン伯爵領に差し掛かるといったところで、右側の窓から眼下の森の近くで何やら揉めている光景が見えた。
「緊急伝令!当機、アニー号は緊急着陸します!安全には配慮しますが、乗客の皆さまは衝撃に備えてください!」
突然ユリアがそう叫び、下降する際の物と思える何とも言えない感覚を感じながら椅子にしがみついていた。ユリアにはシートベルトの意味は?と問いたい。せめて着席する余裕が欲しかった。
ほどなく地面へと降りたアニー号。
ゴンドラの扉が開き、ユリアが一番に飛び出して行った。
それを追うように追いかけるが、目の前には伯爵領の兵士であろう武装した男たちが5名。それに対峙しているのは冒険者が5名、そしてその間に女性の身を守るように身構えている男性2人…獣人族の男性2名に女性1名だった。
獣人族の女性の方はまだ僕たちと同世代の子供に見えた。
だが、僕たちが降りてきたせいだろう。
全員がアニー号を眺めていた。
「な……お前たちは何者だ!」
やっと1人の兵士が口を開く。
「それはこっちのセリフよ!寄ってたかって女性を虐めるなんて極悪人の所業!事と次第によっては、お天道様が許しても兄ぃが許してちゃーおかないよ!」
そう言って僕の方を向き片目をパチリと閉じてくるユリア。よく分からないけど少しだけときめいた。
いや、僕を巻き込まないでほしいけど…ユリアの言う通りならあの小さなモフ耳の少女を虐めてるってことかな?
それなら僕も"許しちゃーおかない"よね。
「部外者が口をはさむな!」
「そうだ!こっちはこっちで事情があるんだ!」
先ほどの兵士と冒険者の1人がそう答える。
「じゃあその事情ってーやつをを聴こうじゃないか!」
「ユリア?その話し方はそろそろやめよー?お兄ちゃん色々気になっちゃって。話が全然入ってこなくなりそうで…」
「そう?分かった。じゃあ後は兄ぃ、お願いします!」
「えっ?」
こうしてユリアに投げ渡されたトラブルを解決すべく、兵士たちに事情を聞いた。
冒険者側は帝国の冒険者だと言う。兵士は予想通り伯爵領の兵士だった。
そして問題の獣人族の3人は冒険者たちのパーティの所持する奴隷だと言う。
それら8人のパーティで『最果ての森』で狩りをしていたが、奴隷3人が王国側に逃げたため、仕方なしにこちら側に来て兵士と対峙していたところだったようだ。
その話を聞いた兵士側も、それならとっとと帝国側に帰れと言い出した。
だが獣人族の3人は戻ることを拒否。それならこの場で首輪を起動して殺すと脅していたが、「やれるもんならやってみろ!」と怒鳴り返すと、冒険者たちは悔しそうに唸っていた。
「良いのか!本当に殺すぞ!そのメスガキ、お前たちの姫だろ!」
「だからお前たちは躊躇してるんだろ!」
「お、俺は!やると言ったらやる男だ!本当にいいんだな!」
「姫様が殺されれば!他の獣人族の民も黙っていない!生死をかけてお前たちに噛み付いてやる!」
どうやら冒険者側もその首輪で殺せはするが、それは最終手段のようだ。
『ユリア、首輪とかどう言うのか分かる?』
『隷属の首輪ね。主人に設定されている者に危害を加えたり、意に反した場合には激痛が加えられるみたい。あと、主人が死ぬと首輪をされた全員が死んじゃう。外すのは主人の命令がないと無理ってところかな?』
なるほど。それなら首輪を外してしまえばどうとでも…
『でも姫?あの女性を殺すのは不味いって状況みたいだね。ユリアならあの首輪、外せそう?』
『多分外すのは大丈夫。そして助け出すのは決定事項だよ兄ぃ!』
ユリアの中では決定事項だったようだ。
『分かった。[甘い香り]で良さそう?』
『さすが兄ぃ!私たちは多少は耐性あるからね。でも後でいっぱい甘えさせてね。じゃないと変な気分が治まらないから!』
その後、[絆の心]で他の女性陣からも『私も』コールが聞こえてきたが、やることはやっておこう。
まずは[甘い香り]を連発しておく。
[隠蔽]を使い、全員が惚けている間に獣人達を助け出す。
惚けた後に僕に抱き着き落ち着きを取り戻したユリアが、獣人たちの首の周りに[結界]を作り出す。そしてユリアの指示で、首に当たらないように注意しながら魔短剣で首の横ギリギリ目掛けて[突く]を放つ。
無事砕け散った首輪を確認した後、他の女性陣を抱きしめ平常心に戻してゆく。ヘパイトスさん達は…暫く放置しておこう。
冒険者たちを僕とリーゼ、セシリで運び『最果ての森』に放り出しておいた。[甘い香り]を重ね掛けしてきたので、暫くは大丈夫だろう。
さっきの場所へと戻ると、兵士たちがきょろきょろと周りを見渡していた。
「大丈夫ですか?」
「あっ!ん?帝国の冒険者たちは何処へ行った!」
ユリアの呼びかけに兵士たちが意識を取り戻す。[甘い香り]は対人で無敵かもしれない…まあLv4だからと言うのもあるが…
すでに獣人族も平常心を取り戻していたが、クラウの元に集まっているので状況を説明しているのだろう。
「冒険者たちなら、わたくしが説得して奴隷たちを解放して帰って行きましてよ!」
カロナが機転を利かせ胸を張り答えていた。
「貴女は?」
「わたくしはカロリーナ・レイッヒ!ナパーズ・レイッヒ公爵の娘、と言った方が良いかしら?」
途端に兵士たちが動揺した表情を見せる。
「知らぬこととは言え、非礼をお許しください!」
兵士の5人が膝をつく。
「かまわなくてよ!伯爵にはよろしく伝えて欲しいわ!」
「これはお嬢様からの心付け。全ては他言無用…分った?」
そう言ってサリアが兵士の1人に何やら手渡していた。
「えっ、他言無用?伯爵様には?私たちはどうしたら…」
「た、他言無用でよろしくてよ……」
そうだったと思い出したのか、兵士に口止めを伝えるカロナ。
その顔を真っ赤にしてこちらに歩いてくるので、しっかりと抱きしめておく。恥ずかしがるカロナ可愛い。そしてうまい事やったと鼻息を荒くして近くまで寄ってきたサリアも撫でておく。
サリアは僕に好意はないだろうが、褒めてほしかったのだろう。
「それじゃそろそろ、あ…ギン様!行きましょう!」
ユリアが僕を急かすようにしてアニー号へと背中を押す。つい兄ぃと言いそうになって訂正したんだろうけど、すでに何度か言っちゃってるからね?
「あれが公爵家の御令嬢。公爵家ともなると凄いものに乗ってるんだな…」
「カロリーナ様!お気をつけて!」
「お付きの方たちも、お気をつけてー!」
そんな声を聴きながら、アニー号に乗り込んだ。獣人族の3人も無言で乗り込んでゆく。
さて、まだやることはあるが…
上昇してゆくアニー号の中。
股間の不快感を感じながら、今後の事を思いユリアと打ち合わせを始めた。
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隷属の首輪
主人に設定されている者に危害を加えたり、意に反した場合には激痛が加えられ、主人が許さなければやがて死に至る拘束用魔道具。主人が死ぬと首輪をされた全員が死に、解放するためには主人の命令で外すしかない。王国では使用禁止となっているが、帝国では一般的に使われている。
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