11.忘却魔法
終わったのか。
一度ぼやけていた意識が鮮明になっていく。
つまり、俺は今、魔法に関する記憶が……。
そこまで考えた涼太は、思慮をめぐらす。
おかしい。
もし俺が記憶を消されたのであれば、魔法に関する記憶を消されたという事実自体忘れているはずだ。
そもそも、目の前の彼女が「処理班」の人だということすら覚えていないのではないだろうか。
だが、今の俺には彼女らの記憶はもとより、森の中で襲われた魔物のことも、そのあと魔物を倒した雪のこともしっかりと記憶として残っている。
「大丈夫か!?」
男の処理班のものと思われるその声ではたと我に返る。
いや、大丈夫かって、お前らが腕を掴んでいたのに……。
そう思いながらも、返事をしようと口を開いた涼太だったが、目の前の女性の元へと駆け寄る男の処理班2人の姿を見てその口をつぐんだ。
「ええ。なんとか……。」
そう言っている彼女の右手は、やけどをした時のように赤く腫れていた。
魔法のことなど何も知らない俺でも分かる。
彼女は俺の記憶を消そうとして失敗したのだ。
そして、手にけがを負った。
「君、何か彼女にしたのか。」
やせ型の男が涼太の方へと向き直りそう尋ねた。
無表情な顔とは裏腹に、その声音には困惑の色が見て取れた。
「いや、特段何も……。」
俺自身もなぜこんなことになったのか分からないんだ。
そんな俺の思いをくみ取ったのかそうではないのか、男はそれ以上追及することなく、そうか、とつぶやいた。
「彼女は記憶を消す忘却魔法の使い手だ。処理班や退魔師も忘却魔法は使えるが、忘却魔法を専門にしている魔法使いはそういない。美鈴はその数少ない魔法使いの1人だ。」
美鈴というのは、涼太の記憶を消そうとして手を負傷した処理班の女性のことだろう。
忘却魔法の使い手だという彼女が涼太の記憶を消せなかった。
もしかして、俺の記憶は消すことができないのではないか。
わずかな希望が胸にともる。
しかし、そんな彼の希望を、男の声が打ち砕いた。
「ただ、彼女の魔法は相手に触れて記憶を消すという方法をとるから、単純に君との相性が悪かった可能性もあるんだ。うちの事務所には他の方法で記憶を消すことができる魔法使いもいるから、もし、彼女と同じ方法で記憶を消す俺たちでも君の記憶を消せなかったら、一緒に事務所に来てもらうよ。」