7,隣国へ出発
「イェレナ、やっぱり行ってしまうの?」
私を隣国との関所まで見送りに来てくれたマリーが、引き留めるように私の袖を掴む。
「えぇ、これはもう決めたことだから……」
予定より少し早く、あのお茶会の翌月には旅立つことにした。
本当なら2,3ヶ月待とうかとも思っていたが、マリーと第二王子が無事この間の舞踏会でくっついたので、それならもう出発しても良いだろうと思ったのだ。
「そんなに悲しそうな顔をしないで。ちゃんと帰ってくるから」
これは本当だ。
もし仮に向こうで結婚が決まったとしても、1度この国には帰ってくる予定でいる。
「今は付き合いたてホヤホヤな時期なんだから……彼と仲良くしていれば、私なんてすぐに帰ってくるわ」
「ちょ、ちょっと、そんな言い方をされると恥ずかしいわ」
「いいじゃない。マリーも王子もお互いのこと大好きなんでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
3日前の舞踏会でようやく想いが通じあった2人だもの。
今だって王子は、見送りに行ったマリーの帰りを、仕事をしながら今か今かと待っているに違いない。
「じゃあ、私行ってくるわ」
「えぇ、行ってらっしゃい……あと、最後に」
「何?」
マリーはそれまで照れていた顔を引き締めて、真面目な声で言う。
「後悔だけはしないようにね」
その含みのある言い方はきっと、私の恋愛に対しての忠告なのだろう。
彼女からの言葉が深く胸に刺さる。
「……そうするわ」
「ならいいの。気をつけてね」
馬車に乗り込み、マリーがこちらに振る手が見えなくなるまで、私も手を振り続ける。
こうして私は隣国へと旅立ったのだった。
◇◇◇
「今日は街に買い物に行っても良いかしら? この国の文化と直に触れ合ってみたいの」
「良いと思いますよ。一応旦那様に確認を取ってきますね」
あの後私は無事に隣国に到着し、そこでの生活を満喫していた。
まだ着いてから3日しか経っていないとはいえ、自国には無い少し開放的で自由な雰囲気が新鮮で面白い。
私を家に泊めてくれているのは、私の遠い親戚のご夫婦で、奥さんは妊娠している。
そのせいもあって家はとても和やかな雰囲気だ。
「ただいま伺って参りました。夜遅くでなければ問題ないとのことです」
「ありがとう。それなら今から支度して出かけても良いかしら?」
「えぇ、構いませんよ。では身支度の準備をお手伝い致します」
服やヘアメイクを見ても、やはり文化の違いは感じる。
それが街に出たとなったらどれほど違うのだろうか?
私がワクワクしているうちに、支度は整った。
「それじゃあ行ってきます!」
地元なら道が分かるから1人でも平気だが、流石に他国の……それに来てから3日しか経っていない街を1人で歩くのは無理なので、支度を手伝ってくれた侍女と一緒に行くことにした。
「あのスイーツは何と言う名前なの?」
「あれはマラサダです。もちもちとした食感で、お腹にたまりやすいですがとても美味しいんですよ」
「食べてみたいわ。でも、ほかの所も回ってみてから決めた方がいいわよね……あら? あの建物の中では何をやっているの?」
「あれはフラですよ」
「素敵な格好に見たことないダンス……少し外から覗いても大丈夫かしら?」
「えぇ、大丈夫だと思います。行きたいところは全て行きましょう!」
窓から見えるダンスは、全く見たことがない振り付けとステップだ。
きっとマリーだったら、「これが本で読んだスイーツね」だとか、「このダンスは伝統的な……」とか言って目を輝かせるに違いない。
もしニックだったら……
「あ……」
「どうしました?」
「な、なんでもないわ、」
侍女は少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は聞いてこなかった。
私ったら、ニックを忘れるためにここへ来たというのに、何馬鹿なことを考えているのだろう。
このままでは気分が沈んでしまいそうだったので、とりあえず色々なものを見て気分を誤魔化すことにした。
「ねぇ、次はあのアクセサリーのお店に行きましょう」
「フラはもういいんですか?」
「えぇ! 今日中に色々見て回りたいもの!」
振り回してしまうことに罪悪感を覚えつつ、私は侍女の手を引っ張って斜向かいにあるアクセサリーショップへ入った。
「いらっしゃいませ」
そう言って私達を迎えた店員は綺麗なお辞儀をする。
店内にいるお客さんも皆、優雅な雰囲気を纏っている人ばかりだ。
「ここは……周りのお店と雰囲気が違うわね」
そっと侍女に囁くと、彼女もまた私の耳元で囁き返す。
「この店は庶民向けに設定してあるものの、高級店なんですよ。ジュエリーの品質も良いことから貴族の方もいらっしゃるので、このような雰囲気なのだと思います」
確かに見渡してみれば、貴族と思わしき人もいる。
いくら自由で開放的な雰囲気の国と言えど、こういう部分もあるみたいだ。
「なるほどね。それなら私もその雰囲気に合わせないと」
「お嬢様は十分ですよ」
なんて話していたら、突然横から声をかけられる。
「すみません、あの……少し相談に乗ってくれませんか?」
そう言ってやけに困り顔をした男性が私に話しかけてきた。
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