5,諦観
友人マリーと第二王子フレドリック様は仲良くやっているようだ。
月に2回ほど2人でデートしているらしい。
最もマリーは、デートじゃなくて遊びに行っているだけだと主張していたが、話を聞いてみればデートそのものである。
突然マリーに近づいてきたフレドリック様を、私は最初警戒していたけれど、マリーからの話を聞くにつれて、段々と同情心の方が強くなってきた。
だってマリーったら、鈍感すぎるんだもの!
王子が成り上がりの子爵令嬢と月に2回も遊びに行く理由なんて、「好き」以外にないじゃないか!!
そろそろ半年も経つから、マリーが「好き」という気持ちを理解できるように、私の方からも誘導してみようかな、なんて最近は考えている。
……私は相変わらず手紙でニックに告白し続けて、振られ記録を更新しているけどね!
それにあの窃盗事件の日から4ヶ月。
最近は直接会った時もなんだか冷たい。
……いい加減迷惑なのかな。
なんて、現実逃避の為にマリーと私の恋愛事情について考えを巡らせるも、現実は容赦なく私を思考の海から引き戻してきた。
「ねぇ、どう責任を取ってくれるのよ!」
「そうよ! あなたのせいで、私達酷い目にあったのよ」
「これじゃあもうルイ様とお近付きになれないじゃない!」
沢山の令嬢に囲まれて虐めに近いようなことをされているこの現実からは、目を背けてもどうにもならないらしい。
事の発端は、とある男爵令嬢が、性格がきついことで有名な侯爵令嬢に虐められているのを目撃してしまったことから始まる。
どうやら侯爵令嬢は、その男爵令嬢と自分の憧れの侯爵令息が、いい雰囲気なのが気に入らないらしい。
そしてその令息にはファンがたくさんいたことで、男爵令嬢は一気に嫉妬の対象となってしまったわけだ。
相変わらず勇気のない私はその場では何も出来なかったが、後の舞踏会で例の侯爵令息にそっと、「男爵令嬢が虐められているから、力になってあげて欲しい」と伝えた。
そこでめでたしハッピーエンドで終わるかと思いきや、私の一連の行動が侯爵令嬢の仲間の1人に見られていたらしく、今日のお茶会で裏庭へ呼び出されてしまったのだ。
「ねぇ、何か言いなさいよ!」
「……」
今まで考え事をして意識を逸らしてきたからあまり感じていなかったが、やっぱり私は怖いらしい。
ジリジリと私の方へ令嬢達が詰め寄ってくるにつれて、心臓はバクバクと嫌な音を立て、背中からは汗が吹き出し、手も震え始める。
言葉1つ返せずにいる私にらとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、真ん中に陣取っていた侯爵令嬢が、手に持った紅茶のカップを私の方へ投げようとした……が、すんでのところで横槍が入った。
「何をしているんだい?」
明らかな軽蔑の表情を浮かべたその人は、すっと私と令嬢たちの間に割り込んでくる。
声の主の顔を確認した令嬢達は顔を引きつらせている。
「そもそも君たちがいじめなんてしなければ、侯爵令息に嫌われることもなかったんじゃないか?」
「……ニコラス様、私たちは決していじめなどしておりません!」
「まだ言うのか。仮に例の男爵令嬢のことはいじめていなかったとしても、俺は現に君たちがイェレナに詰め寄っているところも見ているんだけど」
「……」
ニックの反論に令嬢たちは黙り込んでしまった。
彼はそっと、そして優しく私の頭をなでながらも、視線は鋭く令嬢たちの方へ向けている。
私はその手の暖かさのおかげで、段々と恐怖が薄まっていく。
「謝罪くらいしたらどうだ?」
「……すみませんでした!」
それだけ言い残すと、彼女らは逃げるようにお茶会の会場の方面へと行ってしまった。
残ったのは私とニックの二人だけ。
それも……距離がとても近いままで。
しかし、しばらく無言の時間が続いた後、彼はサッと私のそばを離れた。
そしてそのまま帰っていこうとするので、まだお礼すら言えていない私は、慌てて引き留める。
「ま、待って! その、助けてくれてありがとう」
「……別に、たまたま見かけただけだから」
さっき頭をなでてくれたりしていたから、てっきり今日は冷たい態度ではないのかもしれないと思ったけれど……違ったようだ。
そんなことを考えていると、帰ろうとしていたニックが私の方を振り返って口を開いた。
「……最近は言わないんだな」
「何を?」
「いつものやつだよ」
「……もしかして、えっと、告白のこと?」
「あぁ」
理由はただ一つ、嫌われたくないからだ。
直接言うと、彼が不機嫌になってしまうことは昔から知ってはいたが、ここ最近は特にそれが顕著だった。
それにしても、何故そんなことを聞くのだろう?
私が言ったら言ったで冷たくするくせに……もしかして私のことが好きなの? 告白してほしいの?
よくわからない彼の態度に、何だか少し腹が立った私は、わざとぶっきらぼうな言い方をした。
「そんなの私の自由でしょう? 気にしないで頂戴」
言った瞬間なぜか彼は少し傷ついたような顔をするから、私の心には罪悪感が広がる。
でも……彼がもし私のことが好きならば、きっとここは最大の告白チャンスだ。
しかしそれでも、彼は、
「そうか……そうなのか」
とブツブツ呟いてどこかへ行ってしまった。
ということは、やっぱりただの私の片思いなのだ。
少しの罪悪感と、失望と、困惑と、そして怒りと……それらの気持ちは私をある一つの結論へと導いた。
『ニックのことはもう諦めよう』と。
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