3,手紙
『イェレナへ
今月も手紙をありがとう。そして、申し訳ないけれど告白を受け入れることは出来ない』
そこまで読んで私はやっぱりかとため息をつく。
恋をして、毎月手紙を送るようになってから7年。
手紙の上で振られるのは83回目だ。
前は、直接何度も告白をしていたのだが、手紙の方が幾分柔らかく振ってくれる為、最近は手紙だけにしている。
まぁ、この前は初めて会った日に戻れたような気がして、調子に乗ってしまい、直接告白したわけだけれど。
舞踏会で最後に別れる時、彼の冷たい態度に、はっきりと拒絶されてしまったのではないかと恐れていたが、どうやらそうでもないようだ。
……これだから、私はまだ彼のことが好きなままなのだ。
いっその事ずっと冷たくしてくれればいいのに……なんて。
実際にずっと冷たくされたら、立ち直れないくせに。
私は彼からの返事の手紙を読み進める。
『それは置いておいて、実は俺も、家に生えている金木犀の花を匂いと共に小瓶に詰めてみたんだ。手紙と一緒に送ったから、ぜひ使ってみて欲しい』
私は急いで横にある包みを開ける。
中からは可愛いデザインの金木犀の小瓶が出てきた。
コルクの蓋を開けると、心地よい甘い香りが辺りに広がる。
こんな感じで彼は、手紙の返事を送る度にプレゼントも一緒にくれるのだ。
『そういえば、イェレナ達が会場を出ていった後はかなり噂話が飛び交っていたよ。君の判断は間違っていなかったと思う。もしあのままマリー嬢がいたら、何かしらの良くない事が起こっていたよ。君の判断は正解だったね』
あの後帰り道でマリーに話を聞いてみたら、やはりというか、彼女は相手が第二王子だなんて全く知らなかったそうだ。
「不敬罪になったらどうしよう!」
なんて言っているから、思わず笑ってしまった。
だってどこからどう見ても、第二王子はマリーに気があるように見えたから。
「あーあ……私もニックに振り向いて貰えたらな」
あの舞踏会の帰り道では漏らさないようにしていた、マリーに対する羨望の気持ちが、今になって湧いてくる。
私はその気持ちに蓋をするように、金木犀の小瓶のコルクを閉め、残りは結びの挨拶のみだった手紙を机にしまう。
こんなことで落ち込んで私らしくない。
気晴らしに最近新しく出来たらしい、街のお菓子屋さんにでも行こう。
明日はマリーが家に来る予定だから、食べてみて美味しかったら明日の分も買おう。
マリーからの手紙で、舞踏会から数日後に第二王子が彼女の家までやってきたという話は聞いていたので、詳しく聞くために呼び出したのだ。
せっかく来てもらうんだから、美味しいものを用意しないと。
私はお気に入りの帽子を被って気分を上げ、バックを片手に家を飛び出した。
◇◇◇
いつもなら馬車で行こうか迷う距離を、今日は気分転換も兼ねて歩いていった。
街の喧騒、食堂や花屋からのいい香り、程よい日差し……
もうすぐお店に着くという頃には、私はすっかり元気を取り戻した。
商店街の一角に建っている目当ての店は、新しく出来た店だからかかなり繁盛しているようだ。
店の外にまで列が伸びており、様々な世代のお客さんが並んでいる。
おばあちゃんと子供、女の子2人組、仕事の休憩時間に来たであろう男性数人、若いカップル……
何となく列を眺めていたのだけれど、とある男の人の姿を見た瞬間、私は思わず小さく声を上げた。
「えっ」
見間違いかと思ってもう一度その男性を見てみたが、やはり間違いない。
嬉しさで踊る心を落ち着かせながら、私はその人の方へ近づく。
「ニック!!」
私の声を聞いた彼は、パッと私の方を振り返る。
そして目が合うと、わざわざ列を抜けて私の方まで来てくれた。
「イェレナ、偶然だな。何か用事か?」
いつも通りの優しい雰囲気の彼に安堵する。
「えぇ、丁度そこのお菓子屋さんに行こうと思って!」
「それなら列を抜けない方が良かったな」
「ニックもこのお店に?」
「あぁ。実を言えば、次にイェレナから手紙が来た時に、返事と一緒にここのお菓子を贈ろうと思っていたんだけれど、まさかここで会うなんて想定外だったよ……別の物にせざるを得ないな」
いいのやら悪いのやらといったような顔で笑う彼に対して、私は勢いよく返事をする。
「ニックがくれるものならなんでも嬉しいわよ!」
さすがの彼もこれには少し照れているようだ。
心なしか顔が赤く見える。
少し間が空いたあと、彼は明るい声で話し出した。
「なんでも嬉しいなら、今度は蛇の抜け殻でもプレゼントしようか」
「……ごめん、それだけは無理だわ」
想像するだけで身の毛がよだつ。
そんな私の様子を見て、彼は楽しそうに笑っていた。
「ははっ、冗談だよ」
そのまま私達は店の列の最後尾に並び、とりとめもない話をして盛り上がる。
そんな話の中でも、絶対に秘密にする約束で、第二王子がマリーに後日会いに来た話をしたら、彼は「やっぱり第二王子はマリー嬢のことを狙っているのか」なんて、興味深そうに頷いていた。
「一緒にいると居心地がいいのだそうよ。きっとお互い、内面を見ているんでしょうね」
手紙に書いてあった「一緒にいると居心地がいい」というマリーの言葉を思い出す。
「……内面、か」
私が何気なくはなった一言は、彼の何かを刺激したようだ。
ニックはそのまま黙り込んでしまった。
しかしものの数秒で、彼はいつも通りの状態に戻る。
「そろそろメニュー表が見えてきたな。どれにするか考えておこう」
「そうね……うーん、クッキーもいいし、マフィンもいいわね」
「ドーナツ、半分ずつ食べるか?」
「ふふっ、何だかそれって、ニックと初めて会った時みたいね」
「勿論、それを意識して言ったんだよ」
「ニックもまだあの時のこと覚えてるの? 意外だわ」
「あぁ、よく覚えているよ……本当に」
彼の口調に違和感を感じた私が、どうしてそんな言い方をするのか
聞こうとした次の瞬間、右手の八百屋から叫び声が聞こえてきた。
「ちょっと待ちなさい! 野菜を返して!!」
袋に沢山の野菜を詰めた男と、恐らく八百屋の店主であろう人が、私達が並ぶ列に向かって走ってきた。
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