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世の中、くせものぞろい




「この子が魔術でフィーゼルムンドを呼んだんじゃないの?」


突如現れた謎の軍人が、謎の美少女ソフィを示してそう言った。

謎の軍人……まだ名前もわからない彼女は、ホワイトブロンドのポニーテールを土砂降りに濡らし、ピンクから水色まで溶かした紫陽花の色水みたいな瞳をしている。

桜色の制服に黄色のスカーフを巻き、胸元には八重桜の紋章をはじめとしたいくつかのマーク、不思議な瓶のような何か、羽のペン、そしておそろしい威圧感を携えていた。


「……言われてみたら確かにその可能性も……」


ポニーテールの言葉に心の底から納得したかは謎だが、紺の制服に身を包む兵士4人は気圧されたようにそう呟いた。

いかにも頭脳枠、といった様子のポニーテールは、場の弁論を完全に統制するにとどまらず、もはや反論さえ許さない支配力を備えている。

何が起こっているのかも、何をすればいいのかもわからない無能な俺は、雨が凍りつくような空気感に呆然と立ち尽くしていた。


「事情は大体分かったわ。2人の身柄は私たちが引き継ぐから、庁舎の方でもう一度同じ供述をしなさい」


赤っぽい茶色の髪を団子にまとめている小柄な女性が歩み出た。

4人の兵士たちはポニーテールの威嚇から解放されて感謝するように「はっ」と敬礼をして、すぐに去って行った。


……どうしよう。

俺はこれからどうなるんだ……。

ちらりとソフィを見ると、麗しい地球の瞳と目が合った。


「次はアナタたちね」


飛んできた声の主が金髪ポニーテールの少女だったか、赤髪のお団子の女性だったか判別できなかった。

ビビりすぎて意識が散漫になっていたからだ。


どうしよう。怖い。

一般人でも敬礼とかした方がいいのかな。


などと考えていたら、ソフィが一歩、歩み出た。

背筋から指の先までまっすぐに伸びたバレリーナのような物腰は、彼女が得体の知れない軍人2人に全く怯んでいないことを仄めかしていた。


「私、流氷の遣いじゃないわ」


ソフィははっきりとそう言う。

ブレない子だ。

一言でも「私は神鳥の遣いです」といえば、周りの対応が和らぐこと間違いなし、なのに。


「氷柱を止めようとしていただけで、あれが現れたのはたまたまなの。あと子供を怪我させたのも違うわ。氷柱が頭に刺さった子がいたから、それを治そうとしていたらその子のお母さんに誤解されちゃって」


なんでも真実を曝け出す彼女を愚直だとは思う。

だが俺はもう、ソフィがさっきまでの兵士同士の会話に口を挟まなかっただけで偉かったよなぁ、とか思っていた。

目の前で腕を組んだポニーテールが弁論強者であることと、名画から出てきたような美少女が馬鹿正直者であることは、彼女たちの人となりをよく知らない俺でも十二分に理解している。


桜色の軍人たちの淡い色の視線は鋭い。


「聞いていないことを言うなんて随分とお利口ね」


ポニーテールの女の子は組んでいた腕をほどいて、ガラスでできたみたいな鹿のほうへ振り返る。鹿は雨が嫌いなのか不満そうに鼻を鳴らしていた。

「ありがとう」

ソフィは女神のような微笑でポニーテールの皮肉を受け止めた。怒りも怯えもしないソフィという少女に流石に違和感を覚えたのか、ポニーテールの女の子はアメジストの視線をソフィに向ける。


「ユリア。要人も待ってる。それなりの時間で庁舎に連れていくよ。異常事態のための私たちなんだから」

「作戦とか口裏合わせをされると困るので、先に聞いておきたいことがあるんです。もう少し待ってください」

「30分以内ね」

「分かりました」


赤髪の、小柄なほうの女性に声をかけられて、ユリアと呼ばれたポニーテールが返事をする。

この桜色の制服の兵士たちは、どういう階級の者なのだろう。2人とも自分より背が低いからか、戦闘面で秀でていそうには見えない。


「アナタたち、こっちに来て」

氷の角を持つ透明で不気味な鹿のそばで手招きしてくるユリアの後ろで、小柄な女性が鹿の背中をぱかりと開けた。


「!?」


バイクのサドルからヘルメットを取り出すときのように、鹿の背中がぱかんと開いている。

本当に、開いている。音を奏でる箱型のオルゴールみたいに。


鹿が死んじゃうのでは!?

仰天して立ち尽くしていたが、小柄な女性は鹿の背中から何かの布と板を取り出すと、グランドピアノの蓋を閉めるようにカタンとガラスの背中を閉めた。

水玉模様のある透明な背中は人の手が撫でると元通りになる。鹿はどこか満足げに鼻を鳴らした。


この鹿、生き物じゃなくて機械なのか?!


一瞬にして鹿の後ろにソリのようなものが組み立てられ、バルーンのような不思議なドームが出来上がるのを唖然として見つめた。不確かな思考で、昔社会の授業で習ったモンゴルのゲルってやつを思い出す。

耳慣れた日本語と、身分が上の人に怒られて竦む男たちを見ていたせいで忘れかけていたけど、ここ、意味不明な場所なんだった。


2頭の鹿が、幌つきのソリみたいな変な車におとなしく繋がれる。

今からこの変な乗り物で運ばれるのか……。

……いや、でかい鳥に乗って空を飛んだ身だ。どんな移動手段に襲われてももう驚かないぞ。


「水晶鹿に見惚れてるところ悪いけど、今からあなたたちを中央区に輸送する。だけどその前に確認のため、私から質問させてもらうわ」


この偶蹄類、水晶鹿って言うのか。

ユリアと呼ばれていたポニーテールに視線を移した。

改めて、その容姿を確認する。

桜色の軍服、血色の透けた白い肌、ホワイトブロンドのポニーテール、紫の瞳。しっかり通った鼻筋に大人っぽさがあるが、猫みたいに大きな目は少しのあどけなさを纏っている。兵士として働いているといっても、俺と同じくらいの年齢だと思う。

身長は160cmないくらいだろうか。ソフィより若干小さい気がする。


これって本当にゲームの中なのだろうか。

なんでこんな、見たことない色合いの目や髪の人間ばっかり出てくるんだ。

日本語話してるのに。


「とりあえず雨が鬱陶しいから、幌に入って」


小柄な女性が声をかけてきた。ソフィが言われるがままバルーンの方へ歩いていく。


……信用していいのかな。


信用以前に自分の取れる選択がひとつしかないことは悟っていたが、疑念が湧いてしまい、手をこまねく女性のほうへ歩き出すことができなかった。ポニーテールの女の子がこちらを見上げてくる。


「アナタ、名前は?私は国防軍の桜花(さくら)部隊のユリア。そちらに敵対の意思がない限り、こちらから攻撃することはないよ」


はきはきと話す口調に押されて、えっと、とたじろぐ。

ガチガチに緊張していたら、バルーンの方へ歩いていたソフィが涼やかな声を飛ばしてきた。


「ソフィです」


明らかに俺に向けられた質問に横入りしてきたソフィに顔色ひとつ変えず、ユリアと名乗ったポニーテールはバルーンの方を向いた。


「苗字は?」

「ありません」

「そう。ソフィね。貴方は?」


メモをサクッと取ったユリアは俺を見上げてきた。


……今、カタカナでソフィって書いた。

文字まで俺の知ってるものと同じだ。


「す……薄野(すすきの)湊人(みなと)、です」

「姓がススキノ?」

「はい」

「ミナトね。分かった」


ススキノ ミナト。

俺の名前もカタカナでメモされた。漢字は聞かれないか。

だが、ちらりと見えたメモには漢字も混じった普通の日本語が書かれていた。とりあえず言葉が分かりそうなだけでホッとする自分がいる。


「私はユリア・カペー。よろしく」

「……は、はい……」

手を差し出されて、握手する。人と握手をするのはすごく久しぶりな気がした。


……苗字と名前の順番が俺とユリアで違うようだが、特に突っ込まれなかった。なんでだろう。


とりあえずこの桜色の制服を着た人たちに従うしかない。ユリアに案内されるままにバルーンの中に入った。

中は複数人用のテントくらいの大きさで、ソフィが座っていた隣、硬い長椅子に座らされた。

俺が座ると、ソフィがこちらに微笑みかけてくる。それが可愛すぎて、一瞬全てを忘れた。


「ミナトとソフィ。魔術徽章か身分の分かるものは持っている?健康保険証、学生なら学生証、持っていれば操鹿免許証か運転免許証、あるなら業務資格証でも構わない」


ユリアのハキハキした声に我に返る。


「持っていないわ」

「俺も……」

隣で聞いていた小柄な女性が顎に手を当てる。

ユリアは淡々と質問を重ねた。


「家に置いて来たとかじゃなく?」

「持ってないわ」

「魔術徽章なしで、どうやって生きてきたの?郊外か、森の方から来たんでしょう?」


魔術徽章って何ですか?と聞きたいのは俺だけなのだろうか。


「えっと……」

俺がソフィのように素直だったら、きっと、魔術徽章が何なのかも、ここがどこなのかも、聞けているのに。

頭の中でぐるぐる考えるだけで、口から言葉が全然出ていかない。


「こっちの彼は鳥に乗って空から来たので、郊外から来たわけじゃないわ」


困っている俺を見かねたのか、ソフィが柔らかな口調でそう言った。

ほんとうに綺麗な声だ。星の花を踏むときの音のような、太陽の光を掴むときの音のような。土砂降りから解放されたおかげで、その声の麗しさが余計に耳に染み込んできた。


「こっちの彼は見るからに魔術が使えない人でしょう。今は貴方に聞きたいの。ソフィ」

俺の解説をしたソフィに向かって、ユリアがそう言った。


見るからに魔術が使えない?

どう判断されてるんだ?

それに、俺が空から来たって聞いてユリアが訝しんでこないのはどうしてだ?


ほんの少し危機感と雨粒が遠ざかった分だけ、頭の中が疑問で埋め尽くされてくる。どんなに思考回路に余裕ができても、湧いてくる疑問はとどまるところを知らない。

ここ、どこなんだよ。


「私は……魔術徽章を模したものがあると世渡りしやすいって、偽物をもらってたんだけど……さっき落としちゃったの」


考えていたことが全部吹き飛ぶようなソフィの回答に、その整った横顔をまじまじと見つめた。


この子、素直すぎないか!?


「えっと……」

流石に予想外の答えだったのか、ユリアが考えている。

「要は、アナタは魔術徽章を必要としないってことね?」


ユリア、しっかりした子に見えるけど、実は俺より年下、ってことがあり得そうで怖い。凛と仕事をこなす歴戦の猛者の風格を持つ彼女を見ると、己の未熟さと無知さを思い知らされる。


「うん」


ソフィが図太くフランクに頷いた。

別々の方向に肝が据わっていそうな女子2人のやり取りに、肩幅を縮める。


「……うん。次。あなたたちの間柄は何?」

今のところ、ユリアはソフィの緊張感に欠けたペースに飲まれずに会話を続けている。それだけですごい気がしてくる。


「間柄ってなに?」

ソフィが無垢に首を傾げた。

わからないことをわからないと言うのが褒められない場面もあるが、それが必要な場面も存在する。今は彼女の素直さがありがたい。

「関係のこと。友達とか先輩とか。家族でないことは見れば分かるけど」


ユリアが俺とソフィを交互に見る。

……惨めな気分になるので、顔を見比べるのはやめて欲しい。


「初めて会ったわ。ついさっきね」

「ミナト。貴方の言い分は?」

紫陽花の視線がまっすぐこちらを捉える。

「初めて会いました。でも……」


……“流氷のフィーゼルムンド”は、俺をソフィの隣に降ろした。

それが偶然でないかどうかも分からず、その事実が何を示すか推察も証明もできない以上、ユリアにこれを言うのは無意味だろうか?

考えていると、ユリアはふうん、と何か悟ったようにわざとらしく声を出した。


「無関係ではないのね」

「無関係よ。だって初めて会ったもの」

「……ソフィ。私の立場から言うことじゃないんだけどね」

ユリアがゆっくり、向かいの長椅子に腰掛けた。その所作は豹のように優雅だ。


「あなた、何歳?森で狼と暮らしたりでもしてた?人間には嘘が必要なこともあるんだって知っておいた方がいいよ」


ソフィがあまりに素直なのでそう言ったのだろうか。

人間関係の淀みも修羅場も知っていそうな、大人びた声色だった。

ユリアは肉体よりも言葉でお互いを欺いて戦うことに長けていて、実際にその力を買われて桜色の制服を着た兵士になっているのではないか。そう思えてきた。

同時に、ユリアはソフィが神鳥の遣いでないと判断しているのだろうなと何となく悟る。


おそらくユリアは俺のことも、神の遣いだとは思っていないだろう。


こういう類の人間には覚えがある。

俺の母親だ。

ひとの理屈と摂理を理解していながら、社会がその単純な理だけで成り立っているわけではないと悟っている人。

神なんてどこにもいなくて、自分の実力だけが頼りで。

正論を振りかざすように見えて、それを巧妙に武器として使うこともする。

いつも諭す側の人間であるように見える、狡い(かしこい)人。

俺と同じくらいの年齢に見えるユリアを見ていると、こういう人が世界を悟るのっていったい何歳での出来事なんだろうと疑問が湧いた。


「私は14……あ、昨日誕生日だったから、15歳。嘘はつかない人の方が好かれるって教わったわ」


考えている俺の横で、社会の淀みなんて何も知らなさそうなソフィが花のように笑う。

「そう。お誕生日おめでとう」

ユリアは本当にソフィの年齢が知りたくて聞いたわけではないのだろうが、律儀に彼女の誕生日に祝いの言葉を述べる。鋭い刃物のような人に見えるユリアだが、冷たいだけの人ではなさそうだ。

「ふふ。ありがとう」


咲きかけが最も美しい花の蕾の綻びのように笑うソフィに見惚れた。

その髪は数分前まで土砂降りに晒されていたはずなのにふわふわとしている。髪の短い俺よりも乾くのが早い……?

いや、そんなことより。

なんで形式的には尋問のはずなのに、尋問者から嘘つけって説教されて誕生日祝われてるんだ、この子。


「ユリア。この子たちそんなに聡くなさそうだから単刀直入に言った方がいいと思うけど」


赤髪のお団子の女性が、ピンク色の丸い目でこちらを見つめてくる。しれっと失礼なことを言われた気がするが、彼らの発言の裏なんて実際読めていないので、「そんなに聡くない」というのは妥当な表現と認めざるを得ない。

「そうみたいですね」


「……何の話ですか」

ソフィを見習うつもりで、おそるおそる、素直に尋ねてみた。


「口裏合わせをするなら手を貸すから今のうちに考えなさい、ってことよ」


わかる?と、小柄な女性がそう言った。


えっと。いや。

待て待て待て。

……この2人、国防軍って言ってなかったか?

明らかにおかしくて怪しい不法入国者に手を貸すのか?

それともこの発言にさらに裏があるのか?

何が何だかわからなくて口をぱくぱくさせた。


「計画して人に嘘をつくってこと?」


ソフィが怪訝そうな声を出した。

素直すぎて心配になるけど、その素直さが今唯一の癒しだ。

「そう。()()だけでも庁舎の官僚とか祈祷師とかよりも情報や力を持っているに見せないと、良いように使われるわよ。それこそ、生贄とかね」


話しながらユリアは羽を胸元にカチリと嵌め、メモをポケットに仕舞った。


祈祷師が何かわからないけど、とりあえずこの世界でも政治というものが一筋縄でいかない厄介ごとであるのは察した。

それに生贄とかいう原始的な脅し文句まで視野に入るというのか。


「さっき、口裏合わせをされると困るって言ってたじゃない」


ソフィが首を傾げている。ユリアは紫の瞳をゆっくり瞬くと、猫のように瞳孔を広げる。

そして、諭すように、言い聞かせるように、ゆっくり口を開いた。


「いい。人間はね、『されると困る』って言われたら『する』ものなのよ。見るなって言われた物があったら見るでしょ?」


……んなアホな。


思わず天を仰いだ。

仕事中にこんなことを言う人が軍に居ていいのかよ。


このユリアって子、頭は切れそうだけどその中でも最も厄介な部類の曲者なのでは。というか頭がいいがゆえに余計に面倒な類の人間では。

絶対敵に回したくない。

敵にならないためには、ひとまず何でも彼女の話を聞くしかない。

そう覚悟を決めた。




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