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物語には大体、ピンチの時に助けてくれる頭脳派がいる




「ま、待ってください!」


美少女が連行されるのを止めたくて、紺色の制服に身を包んだ兵士たちにそう叫んだ。

俺に集まる淡い視線は警戒心を隠さない。

言葉や振る舞いを、間違えないようにしなければ。


大粒の雨が、背中の冷や汗を流してくれる。

ピリつく舌を雨水で湿らせながら、ソフィという少女をこの場に留めるための言い訳を絞り出した。


「……その子も俺の連れです。俺が遅れて着いて、その……フィーゼルムンドが後から俺を連れてきて、ご、合流させてくれたところなんです」


つっかえながら、しどろもどろに、けど相手に聞き取れるように、声だけは大きくして伝える。

自分にこんな度胸があるとは思っていなかった。気の小さい俺だが、後先考えずにでまかせを言ってでも、眼前の少女が大人に連れて行かれるのを防ぎたいという焦燥に駆られていたのだ。


兵士たちは、こわばっている俺の顔とソフィの顔を交互に見つめている。俺の言葉を前向きに検討してくれるかもしれない。希望が湧いてきた。

これでソフィが話を合わせてくれれば、この少女が前科者になるなんて事態は、とりあえず避けられる……

……と、思ったのだが。


「え、違いますよ。私、お兄さんの名前も知らないし」


「お、おい!」

助け船を出したつもりだったのに!

俺と兵士たちの気まずい沈黙は、あっさりとぶち破られた。

あっけらかんと俺の言葉を否定する女の子に頭を抱える。


そうだ、この子の愚直さを頭に入れて発言しないといけなかったんだ。


咄嗟についた嘘にしては、わりと完成度高かったと思うんだけど。この状況から、どうやって話を軌道修正しろって言うんだよ。

これ以上、兵士を欺くような言い訳を連ねたくないんだけど。


このソフィという人間離れした美貌の少女が、緊迫した兵士たちに囲まれているなかで呑気に自己紹介してきた理由が分かったかもしれない。


多分、状況を理解していないんだ。

いや理解しているのかもしれないが、事態を切り抜けようという意思がない。絶対ない。


現状を全く理解できていない俺だが、とりあえず自分にはこのソフィという子よりも空気を読んで場を進める力がある、と思う……。

「……どうする、ジュンノ」

ジュンノ、と呼ばれた太眉の男前がうーんと唸った。彼がこの4人のなかで一番階級が高いのだろうか。茶色い髪にうすめたメープルシロップの瞳をした背の高い男は、あとの3人の紅茶色の目を順番に見つめている。

判断に困るその様子は、死線をくぐる兵士というよりは気の優しいお巡りさんみたいだった。


その様子を見ていたソフィという少女が、雲のない地球の瞳で男たちをひとりひとり見つめた。

そして、


「お兄さんたち、私が怖いの?」


と無垢な声で言い放った。

おい!君はもう変なこと言うな!

さっきの数倍に増えた冷や汗を雨のせいにしながら、心の中で叫ぶ。

彼女が俺と旧知の仲であったら、飛び出してその口を塞いでいたと思う。初対面だからできなかったけど。


この子、何なんだ?

火に油を注ぐようなことしか言えないのか?!


焦りと恐怖に頭を抱えたが、少女の愚直な言動は止まらない。

「私は誰かを傷つけたりはしないわ。だから安心して、事情聴取に連れて行ってほしい」

華奢な両手首を突き出す少女は、また手錠を嵌めさせようとしているらしかった。素直すぎる彼女の行動は兵士を小馬鹿にしているようにも取れる。


この子、もうそろそろ……乱暴に取り押さえられるか、胸ぐらを掴まれるんじゃないだろうか。

焦ったが、素直な態度だけは崩さない少女に、ジュンノという男がため息を吐いて頭を抱えた。


「ソフィだったか。お嬢ちゃんが悪い子じゃないのは何となく分かるさ……でもなぁ……」

「はぁ……」


土砂降りの爆音でも消えないため息が聞こえる。4人の男に、暗い空が疲弊の影を落としていた。

その様子に、なんとなく、親近感が湧いた。思っていたよりこの兵士(兵士よりお巡りさんに近いのか?)たちは自分と近しいものかもしれない。

勇気が出て立ち上がると、ジュンノがこちらを睨んで一瞬、身構える。怖かったけれど、何もされなかった。

「何に困っているの?私に手伝えることがあるなら手伝うわ」

少女の視線はあまりにまっすぐだ。4人が困ったように顔を見合わせた。

ジュンノが少し屈んで、ソフィに話しかける。


「お嬢ちゃんはまず、魔術徽章を借りるところからだ」

「それをしたら誰か助かる?」

「お嬢ちゃん、魔術徽章を落とすとどうなるか知らないのか?」

「知らないわ」

「……学校で習うだろう?」

「学校は行っていないの」

「え。……そうか……」


ソフィとの会話を諦めるように、ジュンノが肩を落とした。190cmを超えていそうな身体だが、小さく見える。

……急に兵士たちの味方をしたい気持ちになってきた。

このソフィという子、何に対しても「なんで」という幼い子のような、純粋ゆえの面倒くささみたいなものがあるぞ。


どうしようか考えあぐねていたら、キィン、とガラスを打ちつけるような高音が雨の向こうから聞こえた。


「騎兵?どうして……」

ジュンノの隣に立っていた髭のある男がちいさく呟くのが聞こえる。


次の瞬間、土砂降りのカーテンが切り裂かれてぱっくり割れた。

そして、見たことのない四足歩行の生き物に跨った4人の人間が現れる。


その四足歩行の生命体に、まず目を奪われた。

中に水を入れたガラス細工で作った鹿のような、透明で奇妙な見た目。

滑らかな筋肉を持つ無色透明な容器に8割くらい水を満たした鹿、と表現するのが一番近いだろうか。とにかく異様な風貌なのだ。

その胸の部分には加工前のエメラルドのような塊がぷかぷか浮いて、目だけ黒くくりくりしている。口の中は哺乳類の口と同じように不気味に赤黒い。


生き物、なのだろうか。


観光地のガラス細工店にある置物みたいな4匹の生命体のなかには、発火した炭のような赤色の角を持つものが一体、氷で彫ったように霜のついた透明な角を持つのが二体、そして角のないのが一体いた。


「防衛軍、桜花(さくら)部隊よ。状況説明を」


凛とした声が耳を貫いた。

鹿の乗り主たちに目をやる。男1人、女3人の4人組。すぐ隣に棒立ちになっている男たちと比べて明らかな威圧感を放っていた。


いま、防衛軍、って言ったよな。

この高級オモチャみたいな鹿に乗ってる彼らは……軍人、なのか。

緊張で瞬きもできないが、彼らの制服が可愛らしい色であるおかげでほんの少しだけ畏怖が和らいでいた。

4人は桜色の軍服に身を包み、花粉みたいな黄色のスカーフを巻いている。

ずいぶん可愛い制服の、可愛い人たちだ。アニメみたい。


……そんなふうに思えたのは一瞬だけだった。


氷の角を持つ鹿の歩を進めて一歩前に出たホワイトブロンドのポニーテールの女の子が、睨むように冷たい視線をこちらに向けた。

紫陽花を搾ったような不思議な色の目。ヒュッと肩が縮む。


紺色の制服に身を包む4人の兵士たちはみな茶色系統の瞳をしていたのだが、桜花部隊と名乗った兵士たちはそれ以上に色相鮮やかな瞳の持ち主だった。

脳の皺の数まで見透かしてくるような、キツいアメジストの視線がこちらを刺している。思わず後退りした。


「そこの君たちには、庁舎へ来てもらう」


猫みたいな目の女の子が、有無を言わせない、勢いの強い言葉をぶん投げてくる。

横目で見ると、紺色の制服の兵士たちは背筋を正し敬礼のポーズを取って固まっていた。

軍の階級とか何も知らないけれど、この桜色の制服に身を包む桜花部隊とかいうのが偉いことはわかる。


「カコ、アレン。周囲の兵士を先に事情聴取へ連れて行って。氷害の対応は他の部隊に任せてあると伝えてね」

「はい」

ポニーテールの女の子の後ろにいた赤毛の小柄な女性が、さらにその後ろで鹿に乗っている男女に声をかける。精巧なガラス細工の背に乗った淡い茶髪の男と黒髪の女2人が、この一帯を囲う兵士たちの方へ向かっていった。

その場に残ったのは、氷の角を持つ鹿に乗った兵士2人。


ホワイトブロンドの女の子が鹿の背から降りる。降りるときに鹿の首をさりげなく数往復撫でる仕草に、彼女がいい人である希望を抱いた。

「状況を説明して」

ポニーテールの子は、俺とさほど歳が変わらないように見えた。


桜色の兵士が木材を四角く切り出してスライスしたような薄茶の皮の束を胸元のポケットから取り出し、ブローチのように左胸の紋章に並んでいた羽を制服から外して右手で持った。どうやらメモとペンみたいだ。

先端だけ雪のように白く、プラチナで編み込んだような綺麗な羽は、俺をここに連れてきたあの巨大な鳥を彷彿とさせる。

この土砂降りでメモが取れるって何事、と思ったが、俺以外の人にとっては別に何でもないことのようだった。


「こちらの男子ですが、神鳥の背に乗って現れました。あの氷柱のような霰がオーロラで収まって雨に変わった後に神鳥とともにここに着地し、神鳥は去りました」


ジュンノという男が、首を固めたまま目だけで俺の方をチラリと示す。それと同時に貴族の猫みたいな紫の視線が一瞬こちらを見た。

「そちらの少女は?」

ポニーテールの子に注目されて、少女ソフィがにこりと笑う。明らかに緊張感の欠けた様子に、紫陽花の瞳が動じるそぶりは全くない。

小柄な女性が氷の角を持つ鹿の背を降りて、ゆっくり歩み寄ってきた。ジュンノ以外の男3人がガチガチに直立姿勢を固めるのを見て、この人の方が偉いのか、とぼんやり思う。確かに、キツイオーラを放つポニーテールの後ろでソフィを眺めている女性は大人の落ち着きを携えていた。


あの人、怒らせると一番怖いタイプだ。何となくわかる。


そんな彼女の愛嬌のあるたれ目がこちらを見たので、慌てて目を逸らす。

まるっこいタレ目はまるで絵本のウサギみたいなピンク色をしていた。


「こちらの少女は魔術徽章の不携帯による容疑で身柄を確保したところです。市民から「子どもを怪我させられた」と通報があり捕捉したのですが、そちらはおそらく冤罪でして……」

「身柄の確保?彼女は自由なようだけど。麻酔銃も撃たず、拘束もせず棒立ちにさせているのはどういう了見?」

「え……っと、」


ジュンノが顔を引き攣らせている。

このポニーテールの子、怖いぞ……。

上官に詰め寄られている様子を直視できなくなって、ジュンノとポニーテールから少し視線を外した。


桜色の兵士2人の後ろで、中に水の入ったガラス細工みたいな鹿が、雨に不平を垂れるように鼻を鳴らしている。

目だけぬいぐるみから移植してきたクリスマスのオーナメントみたいな奇妙な見た目だが、ちゃんと生きているようだ。

轡をもごもごしている口の中が赤くぬめっているのが、この生命体のつくりの意味不明さに拍車をかける。

ずっと見ていたらつぶらな瞳がちょっと可愛く思えてきた。キモカワってやつだろうか。


ポニーテールの女の子が、メモをとりながら薄い紫色の瞳をキツく光らせる。

ジュンノ達が怯えたフクロウのように細くなったように見えて、可哀想になってきた。

自分より偉い人から詰められて萎縮しない人は少ないだろう。


「麻酔銃が効かず……拘束具も破壊し、困っていたところにあなた方が」

「氷柱の被害確認よりもこの子の拘束に人手を割いたのは何故?」


男前のジュンノが頭ひとつ以上小さな女の子とそれよりさらに小柄な女性に小さくなっている光景は、改めて見るとすこし滑稽だ。

「それは……彼女が氷柱を止めると言ってここまで逃げ、強力な魔術を使おうとしたためです。魔術の発動を止めようとしていたところオーロラとフィーゼルムンドが現れて、天候が雨に変わりまして……」


「じゃあ、この子も流氷の遣いってことね」


聞き取りやすいポニーテールのはっきりした声に、一同固まった。

今、なんて言った?

ソフィが流氷の遣い、って?

どうやってそう判断したんだ?


「え、いえ……」

「違うの?」

賢そうなポニーテールの紫の瞳がスッと細まって、睨むようにジュンノを見上げていた。

まるで子猫に後退りする臆病なライオンを見ている気分になる。


雨を貫く紫陽花の目が、検分するようにこちらを見た。

その視線にどこか怖くなるのは、彼女が何でも言いまかして、今まで生きてきた常識の土台を全てひっくり返してきそうな威勢があるからだろうか。

この数分間で、薄金のポニーテールが弁論に強いことを察していた。


「この子が魔術で流氷鳥を呼んだんじゃないの?」


その言葉に、4人の兵士が息を呑む。

その場にいた者はみなハッとした顔で、一斉にソフィを見つめた。




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