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教会を破壊したミハイルの運命

作者: 栗色マロン

「進撃を開始せよ!繰り返す、進撃を開始せよ! 」


司令部からの最終通達が届く。いよいよ戦争の始まりだ。

ミハイルは自分の部隊に向かって進撃命令を下す。

戦車を先頭に装甲車、兵員輸送車からなる数十台の車列が一斉に動き出す。


侵攻計画には総勢20万の兵力が動員されていた。

本隊は千台を超す戦闘車両に数万の兵士を載せて、幹線道路を真っ直ぐ進撃する。

目標は敵首都。大統領の追放か殺害が最終目的だ。


ミハイルの部隊はその側面支援が任務。

幹線道路に並行する古い街道を通りながら周辺の町村を制圧し、首都の手前で本隊と合流するのだ。


----------------------------------

国境を越えてからの数時間、進軍は順調だった。

通過した村々はどこも住民が退避した後で、人の気配すら無い。

異変が起こったのは、大きな草原に差し掛かった時だ。


「街道沿いの建物に、人影が見られます。」


副官が報告する。ミハイルが建物を双眼鏡で確認すると頂部には錆びついた十字架、壁には天使や神々の絵が描かれている。古い教会のようだ。窓はスリガラスで、中はよく見えない。


「あの建物は街道から近すぎます。」


副官が言う。確かにあそこを拠点に攻撃を仕掛けられたら、一列で進軍する車列は恰好の標的となる。見過ごすことはできなかった。


「建物を包囲しろ。完了次第、戦車の砲撃で破壊してしまえ!」


命令を受け、武装した兵士達が教会へ駆けていく。

その数分後、建物は戦車からの集中砲火を受けて崩壊する。。


ーーーーーーーーーーーーーーー

ミハイルの部隊は進軍を再開した。

未だに敵の反撃もなく、行軍は順調そのものだ。


あとはイズマールだな。ミハイルはつぶやく。

イズマールはこの街道沿いで最も大きな町であり、美しい街並みでも知られている。


だが歴史的な経緯からミハイルの国に対して強い敵対意識を持っており、小数ながら守備兵もいる。

幹線道路に向かうには避けては通れず、抵抗された場合には力づくで占領するしかない。

彼の大統領は、作戦の遅れと失敗を絶対に許さない男なのだから。


「敵は町の門を固く閉ざし、武装兵が周囲を固めています。」


偵察部隊からの連絡が入る。やはりイズマールは徹底抗戦するつもりのようだ。

強行突破しかないか? 覚悟を決めかけた時である。副官が地図を持ってやってくる。


「現在地を北上したポイントから森に入り、数キロ進んだ後に西転すればイズマールの東側に出られます。守備隊は街道側に集結しているので、防御の裏をかくことが可能です。」


それは好都合だ。こちらの損害を抑えることができる。


「よし、この辺りの地形に詳しい住民を見つけて道案内させろ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

程なくして、一人の老人が連れて来られた。

粗末な服装のその老人は、無表情で口を真一文字に結んでいる。


「いいか爺さん、我々はあの森を抜けてイズマールの町まで行きたい。道案内を頼めるか?」


老人は無表情のまま首を横に振る。口元は真一文字のままで、強い敵意を感じさせる。

少々痛めつけて無理やり案内させるか。そう思った時である。副官が一人の少女を連れてくる。


まだ5、6才くらいだろうか?

色白の丸顔に薄紅色の頬。あどけない表情が可愛らしい。


案内役には幼すぎるな。そう思った時、先程の老人から微かな動揺を感じ取る。

知り合いか? 孫娘なのか? ミハエルは直観する。

であれば老人を協力させるのは簡単なことだ。


「もう一度聞くが、イズマールへの道案内を頼みたい。断るなら、この子の身の安全は保証できない。」


老人の顔色が変わるのを見てミハエルは確信した。案内役は確保できたようだ。


「イズマールへの近道なら知ってるよ!市場がある日は、いつもお父さんと一緒に野菜を売りに行くんだ。」


少女が突然話し出す。ミハイルは驚きの表情を浮かべたが、お構いなしだ。


「森の中を真っ直ぐ歩いて、シロツメクサのお花畑を左に曲がればいいんだよ。」


副官が頷く。先程の地図情報とも相違はない。ミハイルは優しく少女に話し掛ける。


「それではお嬢ちゃん、道案内を頼めるかな。おじさん達はイズマールに大事な用があるんだ。」


ミハエルは少女を隣に座らせる。老人は後ろの席だ。

彼の車を先頭にして、長い車列は森の中へ入っていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その森は想像したよりも、ずっと深くて薄暗かった。                           

目印になるようなものは皆無で、道案内なしには正しく進むことは困難だったろう。

少女は良くできた案内役で、そしてお喋りだった。


「今日の朝パトラッシュがすごく吠えるから、見に行ったら大きなアライグマがいたの。うちにはジャックもいたんだけど、ジャックはおじいちゃんだから寝てばかりいて気付かなかったんだよ。」


お喋りが鬱陶しくなった頃であろうか。薄暗い森の前方に光が見えてきた。               


「森の出口です。車のエンジン音や人の話し声も聞こえます。」


偵察部隊からの報告が入る。イズマールに到着したようだ。

ミハイルはすぐさま命令を下す。


「戦車を先頭にして進撃を開始しろ!町に侵入後、大きな建物は砲撃で破壊。抵抗する住民は撃ち殺せ!」


命令を受け、戦車と装甲車が次々に進撃していく。

敵の意表をついた分、この戦いは楽なものになるだろう。ミハイルは、ほくそ笑んだ。

だが攻撃部隊からの報告は意外なものだった。


「前方にいるのは我が軍の本隊です。我々はいつの間にかイズマールを通り越し、幹線道路まで来てしまったようです!」


どういうことだ? 森の中にいたのは、せいぜい小一時間。とてもそんな距離は進んでいないはずだ。ミハイルは混乱する。


その時、上空を何かが横切ったかと思うと、ドバーン!という大きな爆発音がする。

本隊がいる方角を見ると、真っ赤な火柱が上がり、黒い煙が立ち込めてくる。


煙が少し収まると火柱を背景に巨大な人影が見えた。あの老人だった。

老人が空に向かって手招きをすると、いくつもの光の玉が本隊の車列に吸い込まれていく。


ドバーン、ズドーン!再び爆発音がする。

先程とは比較にならない激しい衝撃音と火柱。

燃え上がる炎は周囲の車両を巻き込みながら、さらに大きくなっていく。


――――――――――――――――――――――――

本隊を攻撃したのは、敵ドローンだった。

防空レーダーの検知ギリギリ高度から侵入し、戦車やロケット砲を破壊。

最後は予備の弾薬にも誘爆し、被害が拡大したのだ。


少女と老人は、いつの間にか姿を消していた。

ミハイルには、彼らがどこに消えたかは分からなかった。だがどこから来たのかは知っている。


それに気付いたのは、偵察部隊が撮影したあの教会の写真を見た時だった。

壊れた壁には天使と神の絵が描かれていた。色白の顔に薄紅色の頬をした少女と、口を真一文字に結んだ老人の絵が。


あの教会は破壊してはいけなかったのだ。何かを目覚めさせてしまったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「定刻通りの命令遂行ご苦労。貴君の部隊は本隊には合流せず、指示があるまでは森の中で待機せよ。」


本隊からの命令は至極簡潔だった。                                   

本隊は燃料不足に悩まされており、幹線道路から動けなくなっていた。

その車列は数十キロにも及び、首都への侵攻計画も頓挫したままだ。


だが食料だけは十分な量を支給してもらえた。

ミハエルは部下に、森での待機と食事の指示を出す。 


見ると、副官がピロシキとボルシチを配っている。

若い兵士たちは歓声を上げて、それを口にほうばる。


副官はよく働く男だ。機転も利くしこの国の地理にも詳しい。

だがミハイルは、ある事実に気づき凍り付く。

彼に副官はいないのだ。副官が付くのは大隊長以上であり、中隊長の彼にその資格はない。この男は誰なんだ?


今思えば、教会の破壊を進言したのも、少女と老人を連れてきたのもこの男だった。


だがミハイルは詮索をやめにした。

命令通りに本隊へ合流できたのは、彼のおかげなのだから。

どのみちミハイルには手が届かない存在なのだろうから。


森の中から兵士たちの笑い声が聞こえる。

ミハイルは森でのピクニックを楽しむことにする。

なんせ、この森には天使が住んでいるんだから。           

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