桜は殺せない
前回を先にお読みください。今回で最終回です。
青春とは、それを構成する成分が起こすものであって、実際人々の身の回りで起こる青春というものはこの成分がなければ始まりません。
では、それはどこにあるのでしょう?
それは誰にもわからないのです。どこからともなく湧いてくるもの、それが青春を構成する成分でした。
青春は誰でも起こすことのできるものです。奇跡とでも言ったほうがいいかもしれません。
T君は奇跡を起こそうとしていました。彼とRさんには、春を殺すくらい容易にできるほど、青春を構成する成分があったのです。
RさんはT君の自由なところを気に入っていました。彼はよく旅をしていました。自転車で日本中を駆け巡り、時にはバックパッカーとして海外を歩いていました。彼女はそんな彼の、なにかに縛られることない態度や笑顔がとても好きでした。彼のように、自由を求めて歩いてみたい。旅の話を聞くたびにそう思うのでした。
全校集会はひどく退屈でした。自分がこの固い体育館の床に縛り付けられていることがとても不愉快でした。ついには耐えきれなくなって、トイレに行くと嘘を言ってその女の子は体育館を抜け出しました。特にいくあてもなかったので、教室に戻ろうと決めました。
教室に入ると、同じクラスのT君が座って勉強をしていました。ああ、確かうちのクラスで一人だけ進路が決まっていないって誰かが言ってた、彼なのか。彼女は少し気まずくなりました。かといって他に行く場所もありません。困っていると、彼から声をかけてきました。
「全校集会、いいの?行かなくて」
話したことのないクラスメイトからの問いかけに、少し戸惑いました。
「うん、だって退屈なんだもん」
「そっか」
彼は少し笑いました。その笑顔で、緊張が少しやわらいだので、次に彼女から問いかけました。
「T君こそ、全校集会行かないの?」
「いやあ、僕も退屈だから行かない」
「そうだよね」
「うん。それに、受験も近いし」
「大学受けるの?」
「受ける」
「就職とか、専門学校には行かないの?」
「それも考えたんだけど、やっぱり大学の四年間で、いろんなこと知りたいかなあって」
「そうなんだ」
「大学に行っておけば、人生の幅が広がるし、自分の生きたいようになるから」
彼女は大学について詳しくありませんでしたから、彼の言う大学に行くと人生の幅が広がる、ということの意味がわかりませんでした。でも、彼は自分の意志を力強く自由に向けているのだと感じました。
「すごいね。四年間もあれば、いろんなことができそう」
「できるかもね。そうでなくても時間はたっぷりある。なにか困ったら、旅でもして自分を見つめなおす時間もできる」
「いいなー、旅。私も旅してみたい」
「たとえば?」
彼女はなんとも答えられませんでした。ただ漠然と、旅をしたいことへの共感だったので、具体的にどこへ行きたいわけでもありませんでした。
「まあ、僕もどこへ行きたいとかはないけど。どこかへ行けばなにか変わるさ」
そうして彼は教室の窓へ行き、「ちょっと空気の入れ替えをしてもいいかね?」と聞きました。
Rさんが「うん」と答えると、彼は窓を開けました。
風は教室にいる二人に冬の寒さを教えました。なにかに縛られたような寒さでした。
こうして、彼女は寒さに目を覚ましました。部屋の窓から外を眺めると、春とは思えないほど吹雪が吹いています。
彼女は身支度を始めました。そして、その顔はひどく切なく、苦しい顔でした。
T君は約束の時間になっても現れないRさんを心配していました。雪はどんどん重くなり、彼の頭に降り注いでいます。
あまりにも遅いので、彼は彼女の家に向かいました。途中には彼らが通っていた高校もありましたが、吹雪のせいで視界がほとんど白く、気づきませんでした。
彼女の住むアパートの前に到着し、携帯を確認するも、彼女からの返信はありません。日付は3月25日となっています。
彼は彼女の部屋のインターホンを鳴らしましたが、反応がありません。なんとか中の様子をうかがおうとドアに手をつけましたが、そこで暖かいものを感じました。彼女は中にいるのです。
彼はインターホンを鳴らし、名前を叫びました。もちろん返事はありません。彼はまた一つ奇跡を起こしました。そうして、ドアは開きました。
のぞくと、そこは桜の森の満開の下でした。春が一面に広がっています。彼は桜の下までやってきました。辺りを見渡しても、彼女の姿は見当たりません。そのかわり、暖かで陽気な自由の風が吹いてきます。
彼女は春へ向かったのです。あるいは、ウェストバージニアかもしれません。
桜の森の下には、たくさんの春が咲いていました。タンポポや菜の花、ネモフィラなどが草と一緒に生い茂っています。上を見上げれば満開の桜が、そしてひばりが鳴いています。
T君は怖ろしくなって春を飛び出しました。吹雪はますます強くなっています。彼は自由を求めて走りだしました。もはや前も見えません。そうして、彼は白い闇のなかで雪になって消えてしまいました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
自分の中に生まれた小さなアイデアをなんとか形にしようとした結果、このような作品が出来上がりました。
断片的なアイデアというのは日ごろから貯めていますが、いざそれを形にしようとするととても難しいものです。
実際に新人賞に応募するためにつくる長編小説なんかは一年ほどかけて作るのですが、それでもまだ未完成だなあとか思っています。
今回のような短編だったら形になるだろう、と思って作り始めた今回の作品ですが、きっと読み返すたびに、ああ未完成だなあとか思ってしまうと思うので、自分の中でケジメをつけて、ここで終わりにしたいと思います。
この作品のアイデア自体は結構気に入っているので、この短編をもとにした長編でまた新人賞に挑戦しようかなあとか考えていますが、読んでくれた人の意見を参考にしてから考えたほうがいいかしらねえ。。。