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あの満開の下  作者: ヴィーナスは実は男根
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春を殺す

 はじめまして。二年ぶりの投稿なので、緊張しています。

まだ創作活動歴が短いので、至らない点が多くあると思うので、その辺は大目にみてください。

「殺す」という表現はどうも好きじゃないのですが、今回はどうしても一度使ってみたかったので、使いました。不快に感じたらすいません。

本当は三編になる予定でしたが、おそらく二編になると思います。次の作品が最終回です。(もともと短編として書いていましたが、うまく作れないと判断したので前後編にわけました)


 啓蟄から春分の頃というのはどうも落ち着きがありません。人の成長がそうさせるのでしょうか?そうであれば納得です。心の体積が増えた人々が身軽になった自分に浮かれるのは悪いことではありませんから、この頃の街では地に足をつけて歩く人間が少ないように感じます。おかげで季節全体がふわふわしているようです。


 当然ながら、今年の高崎駅前も地に足をつけて歩く人間は見当たりませんでしたが、一人だけ地に足をつけてすたすたと歩く男がいました。T君という男です。T君は今、大学の卒業式を終えて足早に駅に向かっているようでした。少しでも強く地を蹴るととたんに体が浮かび上がってしまうので、それを抑えながら進んでいきました。

 そうしてT君は駅の中にある小さな書店へ入りました。電車がもう少しで出発する時間でしたので、彼は店内に入り目の前に積まれていた一冊のビジネス書を購入し、書店を後にしました。彼はその本を買ったことによって体が浮かび上がらなくなっていたので、少しだけ早く歩くことができるのでした。

 停車していた電車に乗り込むと、一気に重力を感じました。電車だけは平等に季節を運びます。T君は一息ついてからシートに座り、携帯でメッセージを送りました。相手はRさんという同級生の女の子でした。RさんはT君と同じ高校を卒業し、その後金融機関に勤めていました。実はこの金融機関というのは、来月からT君が働く場所でもあるのです。

 電車が動き出してからしばらくして、Rさんから返信がありました。この二人のやりとりに特別な意味はありませんでしたが、T君は大変喜びました。二人はこの先で待ち合わせをしていました。

Rさんが近づくのを感じ、T君は嬉しい気持ちになりました。その時、車窓には群馬県庁が流れていきました。


 T君は渋川駅で降りました。30分ほど電車に揺られていたので少し体を伸ばしますが、やはり気を抜くと体が浮かんでしまいます。彼は注意しながら通りを抜け、小さな青い屋根のレストランに着きました。店内に入り、あたりを見わたすと、Rさんが手を振ってT君を呼んでいました。

T君が席に着き、二人は「やあ」と軽く挨拶をしました。

「卒業おめでとう」とRさんは笑顔で言いました。

「いやあ、ついに卒業できた」とT君は腕を伸ばして言いました。

「卒業式はどうだった?」

「たいしたことないね、おもしろいことなんてなにもない」

 T君はネクタイを緩めながら答えます。

「なんで、せっかく最後なのに」

「どうせ四年間も友達はできなかったから、今更思い出なんてないからね」

「そうやってさみしいことを言う」Rさんはメニュー表を渡しながら言いました。その表情は慰めのような、慈しみのような笑顔でした。T君はその笑顔からRさんの香りを感じ、また体が浮きそうになりました。彼はその浮上を止めるかのように言いました。

「それに、この時期はどうも嫌いだ。春が近いのか、もう春なのか、憂鬱な気分になる」

 そして、T君はため息をつきました。

「わかる。私もまたウザイ上司と一緒かあって思うと、とても嫌な気分」

「前にも言ってた、すぐ怒るあの人か。嫌だなあ、俺も怒られるのかなあ」

「T君は大丈夫だよ、仕事できそうだもん」

 Rさんは、今度は明るい笑顔で言いました。

「そうだといいんだけどねえ」

「一緒にがんばろうよ。ほら、卒業祝いにおごってあげるからさ」と言ってRさんはメニューをT君に渡しました。

「そうだね、頑張るか」

 T君はメニューを受け取り「ありがとう」と言うのでした。

 彼らの間には、青春を構成する成分が溢れていました。


 T君にとってはRさんとの時間が全てでした。彼の現実の一切は彼女のためにあったのです。彼はとうとう、青春を一つも生み出さずに大学生活を終えました。T君の持つ青春を構成する成分はRさんの存在によるものでしたので、あとに残ったのは、膨大な青春を構成する成分だけです。Rさんもまた、青春を生み出すことなく、この四年間を過ごしてきました。彼女の勤勉な働きは魅力でした。


 食事を終えた二人は駅前の通りを歩いていました。特に言葉は交わしていませんでしたが、電車の通る音が響いてくると、Rさんは歌いだしました。それは英語の歌詞でした。T君は頑張って聞き取ろうとしましたが、よくわからないようでした。それでも、ウェストバージニアだとか、カントリーロードという言葉はわかりました。

「それ、カントリーロードだっけ?」

 Rさんは「そう」と答え、また続きを歌い始めました。

 T君はそれ以上言わず、彼女の歌を聴いていました。

 彼女の足は少しも浮かず、地面を力強く蹴って進んでいます。そうして綺麗な、可愛らしい歌声でT君を魅了しています。

 信号で止まると、彼女はようやく歌うのをやめ、T君を意識の中にいれました。

「いい歌だよね、カントリーロード」

「そうだね」

「歌詞も素敵。ウェストバージニアってどんな場所なんだろう」

「確かに、素敵な歌詞だ。きっと雄大な場所なんだろうね」

 T君は少し嘘をつきました。彼は歌詞の意味が分かりませんでした。

「いつか行ってみたいけど、仕事があるうちは無理なんだろうなあ」

 T君はなにも答えませんでした。


 そうして二人は駅で分かれました。Rさんは仕事の昼休憩の間に来ていたので、会社に戻らなければなりませんでした。

 Rさんが会社に到着し、自分の席で一息ついていると、T君からメッセージが来ていました。それは、若者らしい活力にあふれた、大胆な、春を殺してしまおうという計画の文でした。春は変化の季節です。人は新しい自分へと移行します。同時に、生活も変化しますが、不愉快なものだけはいつまでもつきまといます。そんな春を、彼は消してしまおうというのです。彼の一文一文はみなぎるような青春を帯びており、実現の可能性でいえば、彼女も納得するほどのものでした。これが実現できれば、あの雄大なウェストバージニアに行けるかもしれない。彼女はとても嬉しい気持ちになりましたが、なにかが引っ掛かるのです。それは彼女にも分かりません。

 そうして彼女は悲しい顔をするのでした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次で最終回です。構想はもうあるのですが、少し時間がかかるかもしれません。。。

必ず完結はさせるので、ぜひお楽しみに。

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