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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
第一章 幽玄の幕開け
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第九話 その結果生まれたのが横にいる怪物だ

 

 知る人ぞ知る隠れた名店『海猫亭』。狭いながらも小料理屋の中は活気に溢れ、常連さんと店主兼看板娘の掛け合いはもはや名物と言っていい。

 しかし事件はその地下室で起きていた。

 明るく賑やかな地上階に比べ、何やら薄暗い雰囲気を漂わせる地下室。決してここの照明が暗いわけでは無い。けどなんだろうな、この拭えない陰の雰囲気。

 堪らず俺が口を開く。


「……えーっと、マイロさんだっけか」


 そう言って薄幸そうな少女に目をやると、彼女は返事の代わりに薄く微笑み頷いた。


「マイロって呼び捨てにしていいですよ」

「お、おう…じゃあ……ま、マイロ」


 本人と顔を合わせながら、女性の下の名前を呼び捨てにするのは少しむず痒いな……こういうことをサラッと言える男になりたいものだ。


「マヤ君、何を意識しているのかしら。気持ち悪いからその口を閉じなさい。……私のことはいつも普通に呼び捨てるのに……」


 お前は一度自分の言動を(かえり)みろ。むしろお前をさん付けし始めたらそれこそ気持ち悪いだろうが。


「いや、俺は気持ち悪くたってしゃべり続けるね。何故なら黙った俺は“気持ち悪い”を超えて“気味が悪い”からだ!」

「自信満々で言ってもそれが自虐には変わりないのよね……確かに一理あるけれど」


 自虐って自分で言っておきながら同意されるとちょっと悲しい気持ちになるよな……


「お二方……楽しそうですね」


 マイロがくすくすと笑いながらこちらを見ている。

 えっ、今の楽しそうだった?どう見ても弱いものいじめだろ、サバンナの捕食シーンと比べても大差ないぞ。


「別に……何も楽しくなんかないわ。楽しさというのはあくまで主観であって、あなたがそれを楽しそうと感じても私が否定すればそれは違うということになるの」


 お前は屁理屈世界チャンピオンかよ…… 別にそんな御託(ごたく)を並べなくてもお前が楽しくないことくらいわかってるよ……

 リタからの冷たい視線を向けられたマイロは慌てた様子で首を振る。


「い、いえ……何と言うか、思ったよりも喋る方なんだなって驚いてしまって……その、噂を聞く限りではもっと冷たい印象だったので」

「まぁ、俺には十分冷たいけどな」


 その冷たさはもはや氷点下。そのうち雑菌も死滅するのではないだろうか。


「マヤさんに限っては噂すらも起こらないですしねー」

「えっ、なんで急に君も牙向いたの?ここに俺の味方はいないの?」


 鈴のなるような声でマイロはくすくすと笑っている。可愛いので思わず許しそうになるが、その結果生まれたのが横にいる怪物(モンスター)だ……見た目に騙されないようにしなければいけない。

 すると、怪物(モンスター)がマイロに一つ質問をする。


「私達とパーティーを組みたいと言っていたけれど、その理由を聞かせてもらえないかしら?」


 確かに、それは俺も気になるところだ。

 リタと組みたいというのならまだしも、俺の所に来たのは何故なのだろうか。


「私……見ちゃったんです、マヤさんとリタさんが黒い甲冑を来た謎の人物と戦っているのを」

「……なるほどな。ってことは俺の特殊魔法も知っているわけか」


 秘密を知ってしまった者は消えてもらおう、なんてお決まりの台詞を言えるほど俺の魔法も大したものじゃない。


「確かに、俺は色持ち(カラード)と呼ばれる類の人間だ。でも、迷宮の最前線で戦ってるような大層な者でもない。もし俺の魔法が目当てで来たのなら、残念だが諦めてくれ」

「違います!……私は、リタさんを一人逃がして戦うマヤさんの姿がかっこいいと思って……お願いです!私も一緒に戦わせてください!」


 ほう、まさか俺の人生の五本指には入る名場面を見ていた者がいたとは。俺の蛮勇も報われたというものである。

 それに女の子にかっこいいって初めて言われちゃったよ。これも人生の五本指には入る名場面、永久保存版だな。そして他の三本指はまだ特にない。……俺の人生は実質まだ始まったばかりである。


「よろしい!君、採用!」

「――待ちなさい、まだ認められないわ」


 すかさずリタが口を挟んでくる。おいやめろ、俺のことを褒めてくれる女子なんてもはや絶滅危惧種だぞ。俺達の手で厳重に保護すべきだ。それに今なら毎晩肩もみのサービスまで付けよう。


「あなたも目撃したならわかるでしょうけど、あの黒騎士はかなり強いわ。そして私達は次いつ奴に襲われるかわからないの。あなたが自分の身を守るだけの力があるかどうか、それを見させてもらうわ」


 確かにその言い分はもっともだろう。今の俺達の実力では彼女を守りきれる自信はない。彼女も探索者ではあるらしいが、どの程度戦えるのか見ておかなければならないだろう。

 リタにそう言われたマイロは、了解の返事と共に気丈にも微笑んでみせた。しかしその微笑みは今まで彼女が見せた優しげなものではなく、どこか不敵の笑みとでも言えるような、そんな表情に見えたのだった。






 ――場所は変わって、俺達が剣の稽古をしていた迷宮都市外の平原へとやって来た。

 既に日は傾いており、空は徐々に夕焼け模様に染まりつつある。


「遠慮はいらないわ、全力でかかって来なさい」


 リタはそう言うと剣を抜き、構えをとった。彼女の堂々とした立ち姿には思わず見惚れてしまう。流石戦乙女(ワルキューレ)、名は伊達じゃないな。

 ちなみに彼女はこの二つ名をあまり気に入っていないようで、ふざけ半分でこの名を呼ぶと恥ずかしがっている姿を見れてとても嬉しい。でもやりすぎると殴られるのでとても痛い。


「わかりました、本気でやらせてもらいますね」


 リタの堂々とした構えに対し、マイロはとても自然だった。なんてことのない、ただそこに立つだけの構えだ。右手には彼女の短剣が握られている。柄の末端の部分には紺碧の宝石がはめ込まれており、(きら)びやかな存在感を放つ。


「よーし、お前ら準備はいいな。ルールは相手に怪我をさせちゃダメだ。攻撃は全て寸止め、一撃が入ったと俺が判断した時点でそいつの勝ちだ。いいな、リタ。攻撃は寸止めだぞ」

「流石にその辺の分別はついてるわよ……いい加減なことを言うと斬るわよ?」


 いや、そこは寸止めしろよ……


「とにかく、二人とも気をつけながら戦ってくれってことだ。じゃあいくぞ。――試合開始!」


 俺の宣言の直後、間髪入れず斬りかかっていったのはマイロだった。リタはまだ彼女の実力を知らない。だからこそ情報を集められる前に試合を決めに行こうとしているのだろう。

 きっとその判断は間違っていない。間違っているとしたら、それはリタの反応速度だ。速攻を選択するだけあってマイロの斬り込みも素早かった。しかしリタはそれを上回る天才的な反応で彼女の短剣を正面から抑え込んだ。

 両者鍔迫り合いの拮抗状態、それを崩したのはマイロだった。彼女の武器は短剣なので、超近距離戦においては多少のアドバンテージがある。相手の懐に踏み込み、短剣を逆手に持ち替えた。


「はあっ!」


 そしてマイロはリタの心臓めがけて突きを放つ。至近距離からの突きの一撃、これを回避するすべは恐らく無い。

 これは勝負ありか、と思った途端、リタが予想外の反撃に出る。

 彼女は剣を順手で握ったまま、剣の柄でマイロの突きを横から弾いてみせたのだ。彼女の天才的な戦闘センスのなせる技にマイロも驚きの表情を浮かべた。

 両者は一度距離を取り、息を整える。


「マイロさん、あなた結構やるじゃない」

「リタさんも流石、新人探索者希望の星と言われるだけあります」


 何やら剣を交えたことで絆が深まっているらしい、お前らは河原の番長か。

 それにしても、マイロがかなり強いことがわかった。同世代の中ではすでに頭一つ抜きん出ている彼女に充分食らいつけている。これだけの実力者、なぜ今まで注目されることがなかったのだろうか。それに見た目も可愛いとくれば、他のパーティから引く手数多だろうに。

 ……ひょっとすると、俺はとてつもないパーティを組んでしまったのではないだろうか。紛れもなく同世代の中ではトップクラスの腕と容姿をもった二人だ、これからは夜道に気をつけないといけないな……


「おーい。マイロの実力もわかったことだし、模擬戦闘はもう終わりでいいんじゃないか」

「リタ君は黙ってて」

「リタさんは静かにしていてください」


「……へい」


 全く、恐ろしい女達だ……これは夜道だけじゃなくて常に気をつける必要がありそうだな、主にパーティメンバーからの攻撃に。


「悪いけど、ここからは一気に決めさせてもらうわ」


 リタがそう言うとマイロが真剣な顔つきになり、短剣を構え直す。


「ええ、望むところです」


 彼女だって大人しく負けるとは限らない。一撃辺りの火力が低く決定打の無い短剣、その弱点を上手くカバーすれば勝つ可能性は十分にあるだろう。


 先に動いたのはリタの方だった。

 彼女は剣を一旦鞘に収め、柄に手を添えた状態で走り出す。


「……居合切りか」


 どうやら本当にリタは一気に、いや一撃でこの勝負を決めにかかるらしい。戦略としてもこれは良い選択だろう。手数で相手を翻弄する短剣にとって、一撃で勝負を決められる居合切りは天敵といっても過言ではない。

 あいつ……本気で勝ちに行くじゃん。もはやマイロの力量を測ることなど完全に忘れているな。

 ただ、今の彼女の表情はとても活き活きしていた。ここまで本気を出し、互角にやり会える相手に出会えて嬉しいのだろう。

 マイロも覚悟を決め、リタに向かって走り出す。果たして彼女はあの居合切りをどう捌くつもりなのだろうか。

 俺も思わず生唾を飲み込んだ。……お前らちゃんと寸止めしろよ?

 この戦いの行く末を一抹の不安を抱えながら見守る。


 キン、と鞘から刀身を僅かに覗かせるリタの剣。夕焼けに照らされて輝く刀身は、今か今かと放たれる瞬間を待ち望んでいるように見える。

 そして、その剣の望みはすぐに果たされることとなる。


「――水仙流剣術、『水鉄斬(すいてつざん)』」


 リタの剣術は我流だと思っていたが、まさか流派があったとは。確かに、我流の剣術ではあそこまで洗練された動きは出せないか。彼女は一体どこでこの強力な剣術を学んだのか、気になるところだ。


 彼女が技名を呟くと、剣はより一層輝きを増していった。そしてその輝きが頂点に達した一瞬、剣は鞘から解き放たれる。

 それはまるで鉄をも斬る圧縮された水の力。居合切りという一撃のみに力を圧縮し、一気に放つ斬撃はとてつもないスピードでマイロの喉元へと迫った。

 マイロも負けじと短剣をリタの喉元へと突き出しているものの、如何せんリーチが足りていない。


 ふむ、これは勝負あったな。


「よし、この勝負リタの――」

「ちょっと待ってください!」


 突如、マイロが異議を申し立てる。


「ちょっと待てと言われても、これは流石に勝負ついたんじゃないか?」


 俺がそう言うと何故かマイロは得意気に鼻を鳴らし、マイロの喉元へと向けた短剣に魔力を込め始めた。すると短剣の柄にはめ込まれていた紺碧の宝石が光を放つ。

 すると目を疑うような光景が目の前で起きた。マイロの持つ短剣の刀身が徐々に伸びていくのだ。やがてその短剣、いや、最早短剣と呼べるような長さではなくなった“それ”はリタの喉元に触れる直前で止まる。


「あなたのそれ、魔剣だったのね……」

「はい、刀身は私の魔力の続く限り永遠に伸び続けます。……ですから、今回は引き分けということでどうでしょう?」

「そうね、今日の所はこれくらいにしておきましょう。決着はいつかの楽しみに取っておくとするわ」


 リタは剣を下ろし、マイロは魔剣の長さを元に戻す。そうして暫く二人はやり切ったような顔で見つめ合うと、固い握手を交わした。


「私達のパーティへようこそ、マイロさん」

「はい、これからよろしくお願いします!」


 本気で剣を交え、育まれた絆。

 日の暮れそうな空の下。太陽の最後の輝きに照らされた二人は、何よりも眩しかった。






 ……あの、すごくいい話なんだけどさ。


 (主人公)のこと忘れてない?



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