第四話 いくらでもI'll be backだ
迷宮第五層最深部にて、辺りは張り詰めた空気に包まれている。
眼前に立ち塞がるは黒の甲冑を見に纏った謎の騎士。相手から発されるこの世のものでは無いような不気味さに言い様のない恐怖感を煽られる。
「リタ、立てるか」
「え、えぇ……ありがとう」
「別に、礼を言われるほどのことじゃないわ」
「あなた、前にまた私の真似事をするようなことがあれば斬るって言ったわよね?」
「結構似てると思うんだけどな」
「あなたね……」
まだ会うのは二回目だというのに、こんなやりとりも懐かしく感じてしまう。しかし今はこんな状況である。ふざけてでもいないと重圧に押し潰されてしまいそうだ。
基本的に自分はぼっち冒険者であったため、リスクを背負うような戦いは全て回避してきたのだが……どうやらここでそのツケが回ってきたらしいな。
まるで予想外のクレカの請求が来た時の気分だ……あれってなんなんだろうな。一つ一つの買い物は記憶に残っているのに、それを合計した途端に脳の許容範囲を越えるんだよな。
「……しかしお前、どんだけ人に恨まれてんだよ。大人気じゃねーか」
「その口振りからすると男2人組の時から見ていたのね。あの人達は心当たりがあるけれど、あの黒騎士に関してはさっぱりよ」
「心当たりあるのかよ……それで、お前もまだ戦えるよな?流石に一人であれを相手にするのはちと辛い」
「ええ、むしろあなたが心配なくらいよ。あの時あんな幼稚な罠にかかっていたんじゃ、鶏程度の脳味噌しかなさそうね」
「あれは油断しててだな……それに鶏を馬鹿にすんな、鶏は卵を生むだけ俺より生産性が高い」
それに対して俺が生み出すものといえば後悔、禍根、わだかまりくらいか。
生きる価値を見いだせない。
「……あなたと話すと頭痛がしてくるわ。それで、あなたのさっきの魔法を教えて頂戴。一緒に戦うなら情報を共有したいわ」
「あぁ……今のは念動力、簡単に言えば運動エネルギーを生み出して物を動かす魔法だ。応用で援護射撃程度の攻撃ならできる」
「その特殊魔法、やっぱりあなた色持ちだったのね。はぁ……あの時わざわざ助けなくてもよかったんじゃない。取り敢えず、あなたは後方で援護しつつ、戦いに隙間ができたら割り込んで一撃位は食らわせて」
中々に俺への信用度が低い。
確かに、即席で息の合ったコンビネーションなど俺はできないからこれが最適解なのだろう。
「じゃあ、行くわ」
リタは勢いよく走り出し、黒騎士へと急接近する。
『…………』
黒騎士は喋る様子もなく、ただ剣を構えてそこに立っているだけ。
その余裕さが逆に恐ろしい。どこにも隙などないのではないかという気分にさせられてしまうのだ。
リタと黒騎士の剣が交差し、またしても洞窟に響く金属音。しかし先程俺が受け止めた時よりも軽快で、息付く間もなく次の音が鳴る。
間違いなく、リタは強い。
どこか上品さを思わせる流麗な剣技に、相手を圧倒するような速度と手数。きっと並の相手ならば手も足も出ないのだろう。
対して黒騎士の動きはやや荒削りで、一撃の威力で狙いに行く戦法だ。それでもリタの剣を全て抑え込んでいる様子は相手がかなりの手練であることを知れる。
いや、抑え込めていること自体がおかしいのだろう。
リタは探索者のオーソドックスな最低限の軽装を見に纏い、剣も細身で速度重視だ。しかし黒騎士は肌の見える隙間も無いほどに甲冑をしっかりと装備している。それにも関わらず、両者の斬り合いは拮抗しているとなると……もはやこの状態は拮抗とは言わないだろう。
リタの攻撃がやっと届いたとしても、手数重視の攻撃は甲冑に阻まれてほぼダメージが入らない。それに対して黒騎士の一撃はそれだけで戦況を変えうるのだ。
最早時間の問題と言っていいだろう。
リタもそれを認識しているようで、険しい顔をしながら激しい戦いに身を投じている。
「援護射撃……か。援護とか、協力とかそういうの苦手なんだよな」
右手を前に構え、黒騎士に狙いを定める。
先程使ったのは物を動かす念動力の基本的な技、『念力』だ。しかしこの魔法はそれだけが能じゃない。
念動力の元となる運動エネルギーを右手の一点に集中してみせる。
攻撃に使用するならば物全体に運動エネルギーをかける必要はないのだ。ただ一箇所のみにその力を収束させればいい。
―――そうして集束した力は、岩をも砕く。
「『念撃』」
右手から射出された高密度の運動エネルギーが、純粋な暴力として黒騎士に襲いかかる。
それに気付いた黒騎士は身体を低く構え、剣を横に持って防御の体勢を取る。だがその威力を完全に抑えきることは出来ず、後ろに大きく吹っ飛ばされてしまう。
黒騎士は洞窟の壁にそのまま叩きつけられ、大きな砂煙が舞った。
「凄い……これが特殊魔法……」
リタが唖然とした顔でそう呟く。
「別にお前が抑え込んでる所を横から邪魔しただけだ、それにそんなに効いちゃいないさ」
砂煙の中をまるで攻撃など無かったように歩く黒騎士。よく見れば甲冑に多少の打撲痕は見られるものの、中の本体に損傷が無ければ意味が無い。
「化け物かあいつは……溶鉱炉にでも落とさない限りいくらでもI'll be backだ」
「私の剣の威力じゃまずダメージすら与えられないし……詰みと言っていいかしらねこれは」
「涼しい顔で死亡宣告するな。ちなみに、俺に一ついい作戦があるんだが……これなら少なく見積っても50%の確率で生き延びることができる」
俺がそう言うとリタは胡散臭そうな視線をこっちに向けた。
失礼な、折角生き延びる方法を考えてやったのに。
「信じろ。本当だ」
「にわかには信じ難いわね……いいわ、ひとまず聞かせてみなさい」
話の内容を黒騎士に聞かれないように俺はリタの傍に寄る。
そしてリタは俺から一歩距離を取る。
「おい、俺に近付かれるのが嫌なのはよく分かった。だけど今くらい我慢してくれ、泣くぞ」
はぁ、しょうがないわね、といった口ぶりで嫌々俺の方に身を寄せる。
お前、キャンプファイヤーで『別に、手繋がなくていいよね』とか言ってエアーマイムマイム踊るタイプだろ、知ってるぞ。
ただそんな事を言ってる余裕は無いので、手短に作戦の内容を伝える。全くもってシンプルが故にすぐ理解したようだ。
「……あなたにしては名案だわ。そしてこれは私とあなたじゃないとできない作戦ね」
「まぁな、お互いの“信頼関係”がなせる技だ」
「ふふ、じゃあ私がまた切り込んで相手の隙を作るわ。そこにあなたはさっきの魔法をもう一度打ち込みなさい」
「あぁ、そこから作戦開始だ」
そして始まる第2ラウンド。
寡黙にただ剣を構える黒騎士にリタが目にも止まらぬ懺悔機の雨を降らせる。そしてそれを難なく防ぎ切る黒騎士。
お互いがお互いの剣筋に慣れてきているようで、先程よりも両者受けるダメージは少ないようだ。
俺も右手を構え、魔力を運動エネルギーに錬成。それをただ一点に集中させる。
先程は防がれてしまったので、少しこれに手心を加えておこうか。
球体として整えられた念撃の弾に、念力で自転する力を加えていく。その自転は徐々に早まり、球体は光を増す。
その間も激しい剣技の応酬は続いている。
リタが渾身の突きを放てば、黒騎士はそれが分かってきたかのように身を捩って寸前で回避する。その回避した重心の動きに任せて黒騎士が横薙ぎに剣を振れば、リタは即座に屈んでその攻撃をかわす。
戦況が動いたのはその直後だった。
下に屈んだリタはその後、その傾いた重心を掬うように足払いを決めた。すると黒騎士は思わず体勢を崩し、そこに隙が生まれる。
流石女戦士、体術までお手の物だな。
「今!打ちなさい!」
「わーっとりますよっと」
すかさず放たれる回転を加えた『念撃』。
「これは即興の技なんだけどな。そうだな……『ジャイロ念撃』でも名付けようか」
黒騎士は体勢を崩しながらも先程と同じく剣を横に構えて防御に徹する。
そして打ち出された運動エネルギーの塊が剣に接触すると――その回転力で相手の防御を弾き飛ばす。
「残念、ストーリー的にも戦いで同じ技は二度使わないようにしてるのさ」
ジャイロ念撃は相手の腹部に直撃、一回目よりも確かな手応えを感じ、相手を洞窟の壁に叩きつけた。
岩壁は崩れ、瓦礫が黒騎士に覆い被さる。そしてそれを合図に叫んだ。
「作戦開始!」
この言葉が出たら俺たちの取る行動は一つ。
――退散だ。
「後ろは振り返るな!全力で走れ!」
2人が同時に違う方向へと走って逃げる。これが作戦の全ての内容。
片方が追いかけられても、もう片方は逃げ切ることができるだろう。これが50%の確率で生存できるということだ。
「ははっ、まさしく俺達の“信頼関係の無さ”がなせる技ってことだな」
さぁ、後は運試しだな。
崩れた瓦礫の中から這い出る黒騎士。先程よりも損傷の激しい甲冑を動かし、岩の瓦礫をまるで紙のように扱って退けていく。
ここまでの攻撃を受けながら迷いなく歩く姿はまるで幽霊のようで、甲冑に込められた魂の底知れない怨念を感じさせる。
黒騎士は二手に分かれた道の岐路に立ち、逃げ出した標的を追おうと道の先を見つめた。
――それはリタが逃げた方の道だった。
表情の見えない黒騎士は今どのような感情を抱いているのだろう。
相手が逃げを選択したことに対する呆れか、怒りか。それとも一人ずつになったことで確実に仕留められる喜びか。
誰にもそれを観測する術は無い。
そして黒騎士は重厚な金属に包まれた右足を前に出し、進もうとする。
――が、その足はそれ以上動こうとはしない。
これは黒騎士の意思ではなかった。
何かが、何者かがあの孤高の女剣士を追おうとする凶刃の歩みを押さえつけていた。
「行かせるわけねーだろうが」
マヤは逃げなかった。
念動力で相手を押さえつけながらそう言い放ち、明らかな敵意の目を黒騎士に向ける。
「生憎、もう仲間がやられるのは懲り懲りでね。暫く人と関わらないようにしてきたが、それでも守りたいものができちまった」
あの少女はこの歪んだ世界に生きるには正しく、優しすぎる。だからこそ彼女はあれだけ強くなった、いや強く在らねばならなかったのではないか。
別に彼女に情が移ったとか、個人的な感情を抱いてる訳では無いが、見過ごせるほど知らない存在でもない。
それに同じように理不尽に消された者の存在を知っている。そんなのをまた見させられるのは御免だな。
「さぁ、続きを始めようか」
やっぱり俺は、一人が好きだ。