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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
第一章 幽玄の幕開け
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第十五話 タイトルロゴを出して誤魔化せばいい

 

「――つまるところ、ここはあの『極氷竜』の巣だった、ってわけだ」


 俺がそう言うと、マイロは目を丸くしながら信じられない、といった様子で目を向けてくる。


「あくまで仮説だけどな。一つの可能性に過ぎない」

「……どうして、その考えに至ったんですか?」


 彼女が興味津々に聞いてくる。なるほど、名探偵というのは種明かしの時にこんな気分を味わっていたのだな。そりゃ無駄にもったいぶるし、ドヤ顔にもなるか。


「ふふん、よく聞いてくれたねワトソン君」

「あ、そういうのいいんで早く説明してください」


 少しは乗ってくれよワトソン君……どうでもいいけど、ワトソンとワトスンってどっちが正しいんだろうね。これ本当にどうでもいいな。


「こういうのは雰囲気が大事なんだけど……まぁ、まず初めにこれを見てくれ」


 そう言って俺が取り出したのは楕円状のガラスの板だ。表面はぼんやりと光を放ち、その光沢には只者ではない風格が漂っている。


「これは俺の見立てによると、恐らく『極氷竜』の鱗だ」

「確かに、こんな色をしてたような……後の方は記憶に残って無いですけど……」

「それどころじゃなかったからな」


 俺が軽く笑いながら茶化すと、彼女はいじけたように口を尖らせる。


「はいはい……助けて貰ってありがとうございました、これでいいですか」

「悪い悪い、まぁ無事でよかったさ」


 彼女を弄るのは結構楽しい。普段はあまり表情の少ない彼女だが、本当に嬉しいときや予想外な時はとびきりの反応を見せてくれるのだ。


「そう、それでここに『極氷竜』の鱗があるってことは、奴がここにいたという何よりの証拠だ」

「……それは分かりますけど、どうしてそれが外に出れることに繋がるんですか?」

「それはもう一つの鍵となる、『氷月花』が説明してくれるよ」


 マイロはふむふむと頷き、俺の話を真剣に聞いてくれている。なんだか茶化したい気分になってくるが、数少ない友人には嫌われたくないのでここは我慢をしよう。

 彼女は自分の鞄から『氷月花』を取り出し、どこに秘密が隠されているのかと眺めている。


「まず第一に、ここに花が咲くこと自体がおかしいんだよ。ここはクレバスの最底辺、ここまで下がってくると光も僅かな量しか入ってこない」

「……確かに、それもそうですね。では何故この花達はこんなに綺麗に咲いているのでしょう、それもここだけに」


 首を傾げるマイロ。俺は彼女が右手に持った『氷月花』に氷竜の鱗を近づける。


「それは恐らく、この花が『極氷竜』の魔力を養分として育っているからだ。証拠に、この二つが放つ光は色が一緒だろ?」


 マイロは並べられた二つに目を向ける。こうして見ると、魔力による光の波長がとても似ていることがわかった。


「本当だ……つまりこの花が咲いていることは『極氷竜』が長くここにいたことの証明で、だからここが巣であると」

「ご明察。その通りだよ」

「……もしかして、外に出る方法って言うのは……」


 彼女は察しがいいな、それとも危険アンテナが反応したのだろうか。


「あぁ、俺達は『極氷竜』に乗ってここを出るのさ」


 俺はそう言いながら上空を指差す。マイロはこの完璧な推理に打ち震えているようで、空いた口が塞がっていない。


「どうだい俺の推理と作戦は、バッチリだったろ」

「……そ、そうでしたね、バッチリです……だって」


 彼女がただならぬ様子でそう言いかけると、俺と同じように空を指さす。気になってふと上を見上げた。


 遥か上空、空の彼方。曖昧なシルエットは徐々にその形を表していく。大きく広がる翼をはためかせ、長い尾を引きながら空を悠々(ゆうゆう)と飛び回る姿はまさに『空の王』。

 本当にここは奴の巣だったようだ。俺は慌ててマイロに指示を出す。


「あの岩の陰に隠れるぞ!」


 俺達はすぐさま退避し、頭だけ覗かせて巨竜の行動を見張る。このタイミングを逃したら次いつ帰ってくるかわからない、早々に行動したいものだ。


『極氷竜』は風を巻き起こしながら地面にそっと着地する。その荘厳で勇ましい姿は俺の心を震えさせると共に、畏怖の感情を刻み込んだ。……もし迷宮の奥底であいつが敵として現れた時、人類は勝てるのだろうか。底の知れない世界の広さがそこにはあった。


 すると、マイロは俺に顔を寄せてそっと耳打ちした。


「本当にあれに乗れるんですか、ここで襲われたら逃げ場もないですよ」

「……あぁ、それは大丈夫だと信じる他無いな」


 俺がそんな無責任な返事をすると、彼女はごくりと生唾を飲み込む。どうやら彼女はあの氷竜が本当にトラウマらしい。


「そう心配しなくてもいい。幻獣種は普通、人を襲わないんだ。だから賭けてみる価値はある」

「そうは言っても、さっき私達は襲われたんですよ? マヤさんの腑抜けた顔がよほど(しゃく)に障ったんじゃないですかね」

「幻獣種の器小さすぎるだろ……」


 知らぬ間に度量が狭い認定をされた『極氷竜』はそんなこと知る由もなく、翼を折り畳んで優雅に花々の上に座り込む。その姿はまるでひとつの絵画のようで、氷竜の魔力を浴びた『氷月花』はより一層その輝きを増した。

 そのお陰で多少周りが明るくなり、俺はあることに気づく。


「首元に、傷……?」


 人智の遥か及ばない存在、幻獣種。その首元には確かに斬撃を受けたような傷跡が残っていた。ただその斬撃は鱗を傷つけたのみで、直接的なダメージは与えられていないことが(うかが)える。


 まさか、“あれ”に挑もうとした命知らずがいたのだろうか。そんなことをする探索者がいるとは到底考えられないが、これで俺達が襲われたことに説明がつく。何者かの攻撃を受けた『極氷竜』は気が立っており、それに俺達は運悪く巻き込まれてしまったのだろう。決して俺の表情のせいではない……はず。

 顔を強ばらせながら竜を見つめるマイロに、俺はそっと小声で話しかける。


「今は落ち着いている様子だが、いつ飛んで行ってしまうかわからない。俺が合図をしたら走り出すぞ、狙いは相手の首が届かない尾の付け根だ」


 マイロは神妙にこくりと頷き、いつでも走り出せるように体勢を整えた。


 巨大な氷竜は一度辺りを見回すと、脚を畳んで地面に座り込む。俺達を襲った時とは随分異なる穏やかな表情だ。そして俺達の反対側に氷竜が目を向けた瞬間、合図を出して走り出した。


「今だっ!」


 俺とマイロは極力足音を立てず、『極氷竜』の足元へと走り出す。幸いなことに巨竜は俺たちに全く気づいていないようで、俺とマイロは同時に尾の根元を掴んだ。


 ――途端、竜は驚いたように甲高い鳴き声をあげる。こんなクレバスの底に人がいるとは思ってもみなかったようだ。

 そして『極氷竜』はその輝く氷の翼をに広げ、遥か上を目指して一気に飛び上がる。その勢いは凄まじく、とても呼吸なんてできなかった。


「っ……!」


 瞬く間に空を駆け上がっていく。氷竜がその翼で空を扇ぐ度に俺達の体は大きく揺れた。そこには他人の心配などする余裕はなく、ただひたすら無心にしがみつくしかない。とてもじゃないが首は動かせないため、風を切る音に負けないよう大声でマイロへ叫ぶ。


「マイロっ! 大丈夫か!」

「っ……はいっ!」


 悲鳴とも取れるような叫びでマイロは返事をした。氷の絶壁を駆け上がるごとに視界は明るくなっていき、忘れかけていた地上の明るさを思い出す。くぐもったような暴風吹き荒れる轟音は、ある一点を境に静まった。


 風に耐えかねて閉じていた(まぶた)に光を感じる。そして目を見開くと、俺達は一面の銀世界を上空から見渡していた。暗がりから一気に飛び出たせいか、光を反射して輝く雪景色はとても眩しい。しかし人生で一度しか味わえないであろうこの感動を無駄にしないよう、俺はこの記憶を強く脳裏に刻み込んだ。


「……綺麗」


 後ろからマイロの呟く声が聞こえる。彼女はこの圧倒的な風景にただ呆然としていた。


「あぁ……綺麗だな」


 俺は彼女に聞こえないくらいの声でそう返答した。彼女が空を飛んだこの数秒間、その思い出を邪魔したくないと思ったからだった。

 そして俺の目線に彼女は気づき、こちらに笑いかける。柄じゃないが、俺も優しく笑みを返した。


「マヤさん! 私達、冒険してますっ!」

「……あぁ、そうだな!」


 俺はそう返事をして、彼女へと右手を差し出した。彼女は何のことか分からず一瞬考えるも、取り敢えず俺の右手を掴んでみる。すると思わず俺の口角が上がるのを感じる、きっと俺はそこそこに悪い笑みを浮かべていたのだろう。マイロも少し遅れて察したようで、まさか、と驚きの表情を浮かべた。


 ――さぁ、冒険を始めよう。


 俺は氷竜から手を離し、その勢いで彼女も竜の尾から引き離す。そしてここからは自由落下あるのみだ。身体を包み込む不快な浮遊感、俺達は急速に落下を続ける。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 涙を滲ませながら叫ぶマイロ。きっともう見れないであろう彼女の表情に笑ってやりたくなるが、俺にもそんなに余裕はない。表情を強ばらせながら浮遊感に耐える。


 あぁ、結局アニメのOPあるあるを実践してしまったな……キャラクターが意味もなく空から落ちてくるあのシーン、あれあの後どうなってるのか気になるよな。タイトルロゴを出して誤魔化せばいいってもんじゃない。


 そして勿論のこと頭上にタイトルロゴが出るわけでもなく、俺達は雪の積もった地面に急接近する。マイロは覚悟を決めて目を(つむ)ってしまった。


「――『念力』」


 俺の『念力』が二人の体を包み、落下速度を徐々に和らげる。マイロもそれに気づいたようで、そっと目を開ける頃には滞空するに等しい速度で空を浮遊していた。


「……そういうことできるなら早めに言ってくださいよ」

「魔力節約のためだ、途中で切れたら大変だろ」


 二人同時に飛ばすことは初めてだったので発動のタイミングはぎりぎりだ。彼女はそのせいで要らぬ心配をしてしまったようで、恨みがましい視線を俺に向けてくる。


 そして、俺達は実に数時間ぶりに地上へと降り立った。

 遥か頭上の巨大な氷竜は、何度か旋回をするとまたどこかへ飛んで行ったようだ。あいつも災難だったな、訳の分からない探索者に斬られたり、巣に戻れば人間がいたり。どうか今夜はゆっくり休んで欲しいものだ。

 そして俺はマイロの方に向き直ってこう言った。


「マイロ、『氷月花』のことは二人の秘密だ。もし乱獲しようとする者が現れればあの風景は壊されてしまうだろう。それに、『極氷竜』だって自分の住処が荒らされることになるからな」


 彼女は優しい微笑みを浮かべ、こくりと頷く。


「そうですね、一儲けできなかったのは残念ですが……その代わりもっといいものが見れました」


 そう、あそこは無闇に人が立ち入っていい場所では無いのだ。そこに咲いた花の花言葉は『一掴みの幸福』。多くを求めるものは両手いっぱいに花を摘み取るが、手が塞がって竜に掴まることはとてもできない。


 そんなありふれたような教えも、常に心に留めておきたいものだな。彼女もそんなことを考えていたのか、自然と目が合う。


 俺達は思わずそれに笑ってしまい、外に出れたことの安堵も合わさってなんだか止まらなくなった。


 辺り一面の雪景色に、笑い合う小さな人影が二人。俺達はそんなちっぽけな存在でも、確かにこの世界を空から見下ろしたのだ。

 そうしてひとしきり笑い倒すと、マイロがこちらを見て言った。


「――じゃあ、帰りましょうか」


 俺もそれに答える。


「うん、帰ろう」


 そう言って俺達はゆっくりと歩き出した。その歩みは遅くとも、後には二人の足跡が確かに続いていた。



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