表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
第一章 幽玄の幕開け
14/16

第十四話 こちとらハリウッド映画じゃないんだ

 

 ――どれくらいの間こうしていたのだろう。

 音は俺たちの呼吸音だけ。遥か高くそびえ立つ氷の双璧に挟まれながら、俺はただ呆然と上を眺めていた。数十メートルはあるだろうか、とても登れるような高さではないし掴む所もない。


 俺達はあんな高い所から落ちてきたのか……思い出すだけで身震いする。幸いなことに、地面に雪が積もっていたおかげで大した怪我にはならなかった。しかし、終わりの見えない暗黒を落ちるという体験はとてつもない恐怖だったな……もう味わいたくないものだ。

 よくアニメのOPでキャラクターが空から落ちていく描写があるが……もしこの小説がアニメ化したら俺は全力で止めるぞ。こちとらハリウッド映画じゃないんだ、そんなことにいちいち体張ってられるか。


 とまぁ、することも無いのでありもしない妄想に身を委ねてみた。先程の戦闘で削られた魔力も段々と回復してきたことだし、そろそろ行動を起こしてみるか。


「あー、マイロ。……ずっと手を握られると流石に恥ずかしくなってくるんだが」


 そう言うと、俺に肩を寄せていた薄藍色髪の少女、マイロは少し頬を赤らめて伏し目がちに小さく呟いた。


「……もう少し、このままじゃダメ……ですか?」


 彼女は不安そうな顔をしながら、懇願するような眼差しを上目遣いで向けてくる。うっ、可愛い……こんな風に頼まれてしまったら、迷宮都市きっての硬派である俺もあえなく陥落(かんらく)だ。


「……しょうがない。いいぞ、あと少しだけな」

「やったー、人間湯たんぽゲットー」

「よし行こう、今すぐにでも行こうか」


 そう言って俺が早々に立ち上がると、マイロは口を尖らせてケチ、と呟く。全く、俺の純情を返して欲しいものだ。……実はあれが初めての女子との手繋ぎだったこと、バレてないよな? 運のいいことに、この突き刺すような氷の世界は俺の手汗を防いでくれたらしい。クレバスに落ちててよかったぁ。いや全くもってよくないんだけどね。


 でも、マイロが元気になってくれたなら何よりだ。体の震えも止まったようだし、パニック状態から気を持ち直したようだ。むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見える。今はそんな彼女の存在もありがたい、きっと一人なら暗闇に押し潰されていただろうから。


 さくさく、という子気味(こぎみ)のいい足音を立てながら、俺達はクレバスの奥へ進むことにする。今は何としても脱出の手口を探らねばならない。どこか登りやすそうな場所はないだろうか、もしくは壁の間が狭まっているところでもいい。隙間が少ないような場所なら、多少きついかもしれないが両手足をそれぞれ壁につけて登ることもできそうだ。


『念力』で自分達を飛ばすことも考えたが、せいぜい俺一人が限界だろう。こう地上との距離が遠くては、底にいるマイロまで魔法が届けられない。


 うーん、どうしたものか。頭を(ひね)るもいい考えは浮かんでこない。まぁ焦って考えても仕方ないか、ここは横の少女と二人きりの会話でも楽しむとしよう。


「なぁ、随分とうなされてたみたいだけど、一旦どんな夢見てたんだ? あ、言う前に俺が予想してみせようか。ズバリ、『もうこれ以上たべきれないよぉ』みたいなやつだろ……って、マイロさん? 目が怖いよ?」


 肌寒いこの空間を少しでも温めようと、ウィットに富んだジョークを言ったつもりだったのだが……彼女の視線がすごく冷たい、どのくらい冷たいかっていうと冬場のトイレの便座くらい冷たい。


「はぁ、こんな人に気の利いたことを求める私が間違ってたのか……」


 どうやら彼女の中で著しく俺の株が下がったらしい。これみよがしに深くため息をつかれては、こちらも黙っていられないぞ。


「じゃあ本当はどんな夢だったんだよ」

「……ただの故郷が燃やされる夢ですよ、夢じゃなくて本当にあった出来事ですけど」


 重い……想像以上に重かった。そりゃあんな冗談言われたら溜め息の一つでもつきたくなるよな。


「そ、それは……なんかごめんな」

「そんなあからさまに戸惑わないでくださいよ……いいですよ、もうマヤさんには慰めてもらいましたし」


 そう言ってこちらを見る少女の顔は、ただひたすらに綺麗だった。彼女はどこまでも健気で、強くあろうとしている。彼女の表情にはその生き様が現れていた。


「そう言われてもな、俺にそんな記憶はないんだけど……」

「いいんですよ、私が覚えていれば」

「そうは言ってもな、当の本人が……」

「マヤさん! あれ見てくださいよ、あれ!」


 クレバスの底は静寂に包まれているというのに、どうやら俺の声は聞こえてないらしい。諦めてマイロの指差す方向を見ると、俺も思わず感嘆の声が盛れてしまう。


「おおっ……これは凄いな!」


 そこに広がっていたのはまさに圧倒的な光景だった。辺り一面が無数の『氷月花』で覆い尽くされていたのだ。氷のように透き通った花弁はぼんやりと白い光を放ち、その姿はまさしく『氷の月』のようだった。


「夜みたいに薄暗いクレバスの底でこそ、月は輝けるってわけか。……にしても、こんなとこにあったんじゃ見つからないのも無理ないな」


『氷月花』の輝きの上ではしゃぐマイロ、その姿はまるで絵画に描かれた雪の妖精のようだった。彼女の透き通るような肌と薄藍色の髪は、そう思わせる程に似合っていて幻想的だ。


「本当に、凄く綺麗ですね……さぁマヤさん、これ全部根こそぎ持ってきましょうか」


 訂正しよう、こいつはただの疫病神だ。こんなに綺麗な花をぶち抜いていく妖精がいてたまるか。


「それはダメだ、この綺麗な景観は俺達の心の中に書き留めておく方がいいんだよ。……それに、確か花言葉は『一掴みの幸福』だったか? そんなを大量にむしってちゃ風情も何もありゃしない」


 宝の山を前にしてお預けを食らったマイロは残念そうな顔をしていた。しかし、最後には諦めてくれたようで持ち帰るための一輪を真剣に選んでいる。どうやら少しでも得をしようと、できる限り大きく育ったものを探しているらしい。……まぁそのくらいはいいか。


「さて、俺も選ばせてもらおうかな、幸福とやらを」


 こんなもので幸福になるのならもう少し俺の人生は楽なはずだが……こういったものは本人の気の持ちようだ。今が幸せだと思えば、それは幸せなのだ。


 所狭しと育っている『氷月花』をかき分け、なるべく形の良いものを探していると、俺の手がなにか硬いものに触れた感触がした。


「ん……? これは、何だ?」


 俺が見つけたのは、楕円形の白いガラス板のようなものだった。これも『氷月花』と似たようにほんのりと輝きを放っている。


「んーと。これ、どっかで見た気がするんだよなぁ」


 どこで見たんだっけな、すごく最近のような気がするんだが……



「……あっ、『極氷竜』だ」

「えっ! 『極氷竜』はどこ、どこにいるんですかっ!」


 俺がそう言うとマイロは慌てて辺りを見渡す。どうやらすっかりトラウマになっているらしい。


「あははっ。ごめんごめん、そういう意味じゃないよ。ただちょっと考えごとをしててさ」

「マヤさん……次変なこと言ったら怒りますよ?」


 そう言った彼女の顔は笑顔だった、それはもうとびきりの冷たい笑顔……時々彼女は本気で怖いと思う。


 そして俺は顎に手を当て、再び考えを巡らせる。今、散らばったパズルのピースがひとつに重なろうとしているのを感じるのだ。


「『極氷竜』と『氷月花』、それら二つの似たような輝きに、落ちていたウロコ……そして花言葉、『一掴みの幸福』か……」


 マイロは遠目で俺の独り言を怪しげな目で見ているが、それは気にしない。むしろ俺のことだから怪しげな目で見られる方がデフォルトまである。珍獣か俺は。


「……そうか、そういうことか」


 そして俺は、一つの仮説に辿り着く。それにしても『一掴みの幸福』とはよく言ったものだ。こうなることまで予測して花言葉がつけられていたとはな。


「もしかしたら俺達、外に出られるかもしれないぞ」

「それは……本当ですか?」


 マイロは信じられない、と言った顔でこちらを見てくるが勿論嘘じゃない。それを高々と証明してみせるように、俺はこう言い放った。




「――あぁ本当さ。じっちゃんの名にかけてな!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ