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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
第一章 幽玄の幕開け
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第十二話 大体の敵意と少しの仲間意識

 

「――『念撃』」


 魔力で錬成されたエネルギーの塊が、相手に真っ直ぐ構えた右手から射出される。素早い動きが特徴の白い狼の魔物、『ホワイトヴェルフ』に避けられそうになるも、『念力』との併用で弾道を調整して着弾。


「足元の雪が邪魔だな、これじゃ戦うのにも一苦労だ。……なぁ、こいつら倒したら休憩しようぜ?」


 俺はそうリタに呼びかけるも、彼女は二体のホワイトヴェルフに応戦中だった。

 彼女は軽い足取りで、地面に積もった雪などまるで気にしないように敵を切り伏せていく。獰猛な白銀の狼達も静かに雪の上に横たわり、魔力となって霧散していった。この魔力は迷宮へと還元され、また新しい魔物として生まれ変わる。


「あなたの動きには無駄が多いのよ。最小限の動きに抑えるか、もう二度とそこから歩かないことね」

「それ、二択のように見えて一択なんだよな……」

「あら、わかったわ。マイロさん、魔物ももう湧いてこないようだし二人で先へ進みましょう」

「おい、体良(ていよ)く仲間を捨てようとするな。流石にそっちを選ぶほど卑屈じゃないぞ俺は」


 マイロはそんなやり取りを横目で見て、俺の方に駆け寄ってくる。彼女の足取りも軽く、まるで雪の表面を歩いているようだ。……この戦闘お化け共が。

 すると彼女は俺の肩にポン、と手を置きこう言った。


「マヤさん、そんな訳ないじゃないですか」

「マイロ…!」


 お前、俺を慰めてくれるのか。このパーティに入ってくれたことに心から感謝しないとな……


「そんな訳ないです、マヤさんは充分卑屈ですよ」


 おい俺の感謝返せ。いい笑顔だけど何のフォローにもなってないぞそれ、いい笑顔だけど。

 最近はマイロもこのパーティに慣れてきたはいいが、それにつれて最近俺への毒が増えてきているのを感じる。これが反抗期というやつなのだろうか……お母さん悲しいわ……

 母性に満ちた目でマイロの方に目をやろうとするも、彼女は既にリタの元へ駆け寄っていた。


 やはりあの模擬戦闘以降、マイロはリタによく懐いている。リタもそれが満更でも無い様子で、時たま俺に勝ち誇るような目を向けてくるのだ。正直羨ましいです、はい。

 無論、パーティとして彼女達の仲が良くなるのはいいことだ。でも心の片隅でいいので俺のことは覚えていてくれ……


「それにしても凍えるな……身体も心も」


 かじかんだ手を擦り、身体の末端を温める。ほーっと指先に自分のぬるい息を吹きかけると、白いモヤとなり儚く散っていった。


 今俺達がいるのは迷宮第十四層だ。雪渓地帯が特徴で、辺りには雪が降り積もっている。一見すると美しい白銀の世界なのだが、この階層のみクレバスが出現する注意が必要である。クレバスとは雪渓や氷山にできる深い地面の割れ目のことだ。


 なぜ俺達がここにいるのかというと、先日新しくマイロがパーティに加入し、折角なので一度は迷宮に遠征に出かけようということになったからだ。目標は第十五層にいる階層主の討伐で、帰還ポータルの開放が目的とされている。


 俺としてもこの迷宮は早く攻略したいと思っていた。……ここはエリーの兄、ジャスターが死んだ場所でもある。この階層を突破しない限り、俺は永遠に彼の幻影に囚われたままなのではないか、そんな考えが頭をよぎる。


「……しかし、迷宮というのは馬鹿みたいに広いな。洞窟型の時はそれが分からなかったが、こうして見ると無限に広がってるんじゃないかと思わされるよ」


 俺がそう言うと、少し前を歩いていたリタが頷きながらこちらを向く。


「こんな一面銀世界じゃ、そんな気もしてくるわね。どこかの物好きな探索者が調べたところによると、一層につき迷宮都市丸々一つ分の大きさはあるらしいわ」

「うへぇ、そんなのが延々と地下に続いてるとは……誰が何のために迷宮なんてもの作ったんだか」

「それを解き明かすのも探索者のロマンとやらじゃない。男の子はそういうものに惹かれるんでしょう?」


 リタの口からロマンという言葉を聞くと違和感しか感じないな。どうやら悲しき殺戮マシーンにも探索を楽しむ心が残っているらしい。


「あぁそうだな、未知の冒険とハーレムは男達の永遠の夢だ!」

「後者の方は共感しかねるわ……第一にハーレムを志す時点で、その男は一人の女性すら愛する器量も持っていないのよ」

「ド正論が耳に痛い……ロマンは叶わないからロマンでいられるんだ、夢を見るだけなら自由だろ」

「まぁ、それもそうね」


 さくさくと真っ白な雪を踏みしめ、先駆者達の足跡を伝って俺達は前へと進んでいく。こんな他愛もない会話も、あるだけでだいぶ違うものだ。ひとりが好きだとはいっても、人間など所詮は社会的生物。そこに会話があるだけで随分と気が楽になるものだ。

 そんな俺達には珍しいほのぼのとした空間の中、マイロが無常にも一つの爆弾を投下する。


「――でも、今って三人の中で男性はマヤさんだけ。これもハーレムになるんじゃないですか?」


 おっとマイロ、それ以上はいけないよ。ピンポイントでリタの地雷を踏み抜くかのような発言に、ここら一体の温度が下がるのを感じる。ただでさえこの階層は雪渓地帯で寒いというのに……凍傷になるぞ。


「……それは聞き捨てならないわね。深く心外だわ」


 リタの冷たい視線を浴びたマイロは慌てて言葉を続ける。


「そ、そうですよねー、そんな訳ないですもんねー」


 薄い、弁明が薄いぞマイロ、俺の存在感より薄い。

 目を泳がせて何度も頷く姿は小動物のようでかわいい、などと本人の心情はお構い無しにそう思ってしまった。


「ハーレムは女性側が男性に好意を抱いてるのが前提じゃない。私がマヤ君に抱いてるのは大体の敵意と少しの仲間意識だから、当てはまらないわ。絶対に」


 いや敵意抱いてるやつとパーティ組むなよ……仮にも俺は命の恩人なんだけどなぁ。俺も彼女に少しはやり返そうと、いたずらに言葉を返す。


「そうだな、俺もリタには少なからず仲間意識は抱いてるぞ。友達少ないとことか、初対面の人間との接し方がわからないとことか」


 俺が冗談のつもりでそういうと、マイロは真面目な顔をしてうんうんと頷いた。


「確かにそうですね。私が初めて『海猫亭』に行った時も、リタさんあまり私と喋ってくれませんでしたし……なんと言ったって唯一のコミュニケーションが剣ですからね、確かにそれじゃあ……」

「おいもういい止めてくれ。お前消されるぞ、跡形もなく」


 マイロさん、あなた実は狙ってやってません? 新しいパーティメンバーに早速そんな疑惑の視線を送りながら、同時にすぐ前を歩く孤高の美少女剣士から目を逸らす。

 がしかし、彼女から返ってきたのは意外な言葉だった。


「別に、そんなことで怒ったりしないわ。認めたくはないけれど、事実なのだし……」


 そう言うと、リタはまた前を向いて歩き始める。どうやら彼女もその自覚はあるらしい。最近マイロと仲良くしているのも、彼女なりの努力なのかもしれないな。


「……それに、ここで争えば私がマヤ君と同レベルだと認めたも同然。そんなことをして私と同列に並んでしまえば、ただでさえ肩身の狭いマヤ君がさらに圧縮されて消えてしまうわ。……跡形もなくね」


 跡形もなく消されるの俺の方かよ……争わないと言いながらその敵意は剥き出しである。

 このままじゃ俺の肩幅が潰されて棒人間になってしまう。表紙の中心が棒人間の小説なんて誰も買わないよ……


「……そ、それよりも! ここに来た目的、お二人忘れてるんじゃないですか?」


 些か強引な話題転換だが、地獄から蜘蛛の糸を掴むカンダタのような気分でその話に乗った。


「あぁ、勿論覚えてるよ。第十五層にいる階層主を討伐することだろ?」

「それもそうですけど、それはあくまでおまけです。一番の目的は『氷月花(ひょうげつか)』の採取ですよ!」

「私も階層主がメインだと思ってたけれど……違うのね」


 おまけとして討伐される階層主の気持ちにもなって欲しいものだ。

 しかし、確かに迷宮に入った辺りでそんなに話をした記憶があるな。第十四層でのみ手に入る、幻の花が存在するという噂だったか。

 女の子らしく花に胸をときめかせるマイロと対称的に、リタはあまり関心が無い様子だ。


「でもそれはあくまで噂でしょう、市場にも殆ど出回らないらしいし……本当にここにあるのか疑わしいわね」

「あぁ、ここはもうきっと探索者に調べ尽くされてるだろうしな……道端に落ちているならとっくに見つかってるさ」


 俺とリタの現実主義者(リアリスト)コンビに正論を叩きつけられ、マイロは意気消沈してしまったようだ。少しいじけた様子で口を尖らせる。


「……氷月花の花言葉は、『一掴みの幸福』。ロマンチックだと思いませんか? こんな辺り一面真っ白の中、どこかにたった少しだけ幸福が隠されているなんて」

「……まぁ、その気持ちもわからなくはないわ。僅かな幸福でも、絶望に包まれた者にとってはそれは希望なりうるものね」


 極端な考え方ではあるが、リタもそれに同意をする。マイロは共感を貰ったことが嬉しいらしく、満足そうに微笑んでいる。リタもいじけてしまったマイロを見かねて気を使ったのだろう。

 それにしても、あの孤高の女剣士が気配りを覚えるようになるとは衝撃だ。今までの彼女の気の使い方といったら、『気』を掌に集めて気功砲を放つくらいだったのに。悲しき殺戮マシーンも成長するものだ。


「にしても、それを見つけられなきゃ意味が無いだろう。そんなのは幻獣種を見つけるより難易度高いぞ」

「幻獣種……初めて聞いた言葉です。魔物の種類ですか?」


 マイロが疑問に満ちた顔で首を傾げる。


「幻獣種っていうのは、迷宮にごく稀に現れる珍しい魔物のことだ。この雪渓地帯の階層だと、『極氷竜』がそれに当たるな」

「……『極氷竜』。なんだか強そうな名前ですね」


 その言葉に反応したように、リタが俺の説明にこう付け加える。


「幻獣種は強いなんてものじゃないわ……実際、まだ彼らの討伐報告は一度たりとも上がっていないのよ。人の分際で関わるべき生物ではないわね」

「未だかつて誰も倒したことがない魔物……それは恐ろしいですね。……えっと、ところでその『極氷竜』とやらは氷のように輝く体を持ってたりします?」


 マイロは幻獣種に興味があるのか、更に詳細な情報を求める。


「私は一度だけ遠くから見たことがあるけれど……確かそうだったわね」

「……巨大な翼を持っていて、深い緑色の目をしてたりします?」


 マイロも余程気になるようだな。確かに大きな竜とか怪獣にはロマンがあるが、彼女がそういうものに興味があるとは意外だった。


「ぼんやりとしか覚えていないけれど……そうだった気がするわ」


 そして、次に彼女は衝撃的な言葉を放つ。






「――じゃあ今こっちに飛んできてるのって、それですか……?」


 俺とリタは急いで後ろを振り向いて確認する。

 そこには確かに『氷月竜』がいた。輝かんばかりの氷の翼竜は俺達を補足し、翼を畳んで勢いよくこちらへ突撃してくる。


「全員、戦闘態勢! こっちに飛んでくるわ、散り散りになって避けて!」


 リタがそう言うと、俺達は武器を構え大きく横へ飛ぶ。しかし、咄嗟のことですぐに判断ができなかったマイロが少し出遅れてしまう。

 危ない、あれじゃ翼竜の突進に直撃するぞ。


「『念力』!」


 俺は咄嗟に念動力(サイコキネシス)で彼女を飛ばして強引に退避させる。間一髪で間に合ったようだ。

 直後、重量を持った巨大な氷の翼竜が爆風と共に横を通り過ぎていく。さっきリタが人の分際で手を出していいものじゃないと言っていたが……まさしくその通りだ。


「はは……最早『災害』だな」


 高く空に舞い上がった極氷竜は大きく旋回し、もう一度こちらに向かってくる。

 耳を(つんざ)く様な甲高い鳴き声が辺りに響くと、氷の翼竜はさらに勢いを増して翼をはためかせた。


「もう一度来るわ! 気をつけて!」


 あの冷静なリタの叫び声を聞くとより一層身が引き締まる。そして先程ぎりぎりで翼竜の攻撃を回避したマイロの方に目をやると、何やら彼女の様子がおかしい。


「あ……あっ……!」


 彼女の震えた小さな顎からは、言葉ともとれない呻き声が漏れ出すだけであった。目の前に迫った本物の『死』にパニックに陥ってしまったようだ。


「マイロ! 目を覚ませっ!」


 しかし俺の声は彼女に届かない。無情にも迫り来る極氷竜は、その輝く鱗に包まれた口元から緑色の(ほのお)が漏れ出していた。



 ――ブレス攻撃だ。


 足がすくんで動かない彼女にはそれを回避する手立てはなく、防御も取らずにあの攻撃を食らえば一溜りも無いだろう。彼女に命の危機が迫っていることは明白だった。


 その瞬間、俺の脳裏に一つの記憶がよぎる。


『エリーを……頼んだぞ……』


 それは、エリーの兄、ジャスターを目の前で失った時の記憶だった。


 何とも、俺はこの迷宮第十四層に嫌われているようだ。もう既に大事な人を失ったというのに、俺はまたそれを繰り返すしか無いのだろうか?

 だめだ、そんなことは絶対にさせない。俺はもうあの頃とは違う、新しい力も得た。もしその力が大事な人を失ったことで手に入ったものなら……それは大事な人を守るために使うべきだ。


「マイロっ!」


 俺は彼女のもとへ一目散に走り出していた。幸いなことに、リタは最初の翼竜の突撃で反対側に避けたおかげで射程圏外にいる。

 後は俺がマイロを守るだけだ。

 無我夢中で走る中、ちらりと横目でこちらへ向かってくる氷の翼竜を視界に入れる。すると翼竜は両の翼を大きく広げ、それと同時に巨大な緑炎のブレスが放たれた。

 俺はすんでのところでマイロの所へ駆け込み、混乱状態に陥った彼女を横に抱きかかえる。


「『念の堅牢な防壁(サイキック・ウォール)』!」


 俺は目の前に念動力(サイコキネシス)のバリアを作り上げて身を守る。


「っ……火力が高過ぎる……! これじゃ抑えきれない!」


 容赦なく削られていく防御魔法。それを保つ俺の魔力もあっという間に底を尽きる。

 ブレス一発で魔力を全て持ってかれるとは、こんなのに適うわけがない。


 俺の魔力残量が底を尽きると共に、今まで押さえ込んでいた炎と衝撃が一気に襲いかかる。

 その威力はブレスとは言い難い、巨大な爆発だった。巻き起こる爆風は足元の雪を撒き散らすと共に、俺とマイロの身体は呆気なく宙に吹き飛ばしてしまった。

 魔力枯渇の倦怠感に包まれた俺は、ぼんやりとした頭で周りの銀世界を見渡した。こんな危機的状況にも関わらず、周りの景色に感心してしまう。

 しかしその直後、そんなモヤのかかった思考を吹き飛ばす程の光景を俺は目撃する。



 ――地面が、無い!


 そこにあったのは、俺達を飲み込むように大きく口を開けたクレバスだった。その奥は闇に包まれており深さを(うかが)い知ることはできない。ただどこまでも続くような闇の冷たさが、俺の心臓にそっと手を回す。


 それは紛れもない死への恐怖だった。


 しかしそんな不吉な妄想をかき消す様に頭を横に振ると、俺はマイロをもう一度強く抱いて覚悟を決める。そして、リタの方を向いて大きな声で叫んだ。


「リタ、俺達は絶対に戻る! だから先に帰って待ってろ!」


 リタは不安そうな顔をしながらも、それを振り切ってこちらに大きな声で返事を返す。


「……待ってるわ! また地上で!」

 

 相変わらず、彼女は強い。その強さが今はどれだけ助けになっているか。絶対に帰る、という強い意志を込めて俺はリタと目を合わせた。




「――男として、女性を待たせるわけにはいかないよな……」



 その呟きを最後に、俺とマイロは静寂に包まれた闇と氷の世界へと落ちていった。






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