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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
第一章 幽玄の幕開け
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第十一話 君はもう少し冷静になった方がいい

 

 迷宮都市北部のとある裏路地。まだ昼過ぎなのにここは相変わらず暗い、という感想はここを通る度に思っている気がする。

 その暗さというのはもちろん物理的側面もある。迷宮都市北部はその入り組んだ構造が特徴的で、所狭しと並んだ建造物は太陽光の妨げとなっている。


 しかし特筆すべきは闇市や、法律的にグレー、最早ブラックな物を扱う店の多さである。迷宮都市のならず者でここにお世話にならない者はいない。これらの要素から、この迷宮都市北部にある入り組んだ通りは通称『暗黒横丁』と呼ばれている。


 暗黒横丁の複雑な構造は犯罪者の隠れ蓑として都合がいいのだろう。私も初めは上下左右の別れ道に混乱してよく迷子になったものだ。

 とはいえこう何度も通ってしまえば段々とわかってくるものだ。次はあそこの呪い専門店を右折、というようにあの隠れ家付近はそれとなく理解できた。


「ネイラ様は何でこんな所に家を建てたんでしょうか……」


 見渡す限りの日陰が広がる路地裏を歩きながら、恨みがましく師匠への不満を口に漏らす。こんな坂や行き止まりばっかりの場所によく住んでいられるな。それに、住民達もこの一帯の構造と同じくどこかがおかしい。


 歩いていると、呆然とした表情で通りの脇に座り込み、葉巻を吸う男がいる。こちらには目もくれず、どこか焦点の合わない目は虚空を見つめるのみであった。

 気味が悪い、早歩きでささっと通り過ぎてしまおう。そう思って、これまでよりもいくらか早く歩みを進める。しかし真横を通り過ぎる一瞬、私は男の様子が少し気になって横目で見てしまった。


「っはァー」


 彼が葉巻を吸うと、その吐き出された煙は毒々しい緑色だった。


「……!?」


 私はすぐに息を止めて、その場から急いで走り出す。あの煙が何なのかはわからない、しかし絶対に身体に良いものでは無いということはわかった。いくら緑色だからといって、流石にあれが青汁味の葉巻ということも無いだろう。……青汁味の葉巻って存在意義どうなってるんだろう。建康足す不健康はプラマイゼロ……なんてこともなく多分身体に悪い。


「……っぷはぁっ……はぁ」


 ……やっぱり暗黒横丁は嫌いだ。

 まだ時間帯が昼下がりだからいいものの、これが夜となると一層面倒だ。今日は外が暗くなる前にここを出よう、と心に強く刻む。


 そうこうしている内に目的地に着いてしまった。目の前には古風な木造の建物。まるで古い屋敷を狭い土地に、そのままはめ込んだようなデザインはこの暗黒横丁の雰囲気と合っていた。

 私もこの隠れ家は内装含め嫌いではない、寧ろセンスが良いとまで思っている。……この家の持ち主は服装もこのくらい意識してほしいものだが。ネイラ様があの魔女衣装以外を着てるの見たことないな……


 勝手知ったるようにドアを開け、屋敷の真ん中に突き抜けるように伸びた木造の螺旋階段を上る。

 ネイラ様はいつものように二回の書斎だろう。軋む階段をいつ底が抜けてしまうのかと不安になりながら昇る。無論、手すりを強く握って。


 やはり書斎にネイラ様はいた。何やら薬の調合をしているようだが、それに夢中で私には気付いていない。


「ネイラ様、こんにちは。……今何をされているのですか?」


 そう話しかけると彼女はやっとこちらを振り返り、何やら自信気な顔をしてこう言った。


「マイロ、来ていたのか。ふふ、これはいずれ必要になる特別な薬だ。迂闊にこれを触らないようにな、まだ危ないから」

「はぁ……そうですか。」


 また危険な劇薬でも作っているのだろうか。少しはその知識を健康のためにも使って欲しいものだ。


「……ところで、赤目の少年はどうだい? 最近は彼と行動を共にしてるんだろう」

「そうですね、彼の居候先にもよく通っています。あそこの家主さんがよく料理を振舞ってくれるので」

「あぁ、たしか『海猫亭』だったか。あそこには私も何度か行ったことがあるがどれも絶品だったな……そういえば心なしか君の肌ツヤもましている気がする……」

「どこかの誰かさんとは違って、栄養バランスの取れた食事を頂いてますからね。……それで、本題は赤目の少年の能力でしょう」


 ネイラ様は、あぁそうだったな、と言い紅茶をカップに注ぐ。白いカップには赤い薔薇が描かれており、彼女にその上品さはなんだか似合わないなと思ってしまう。


「……彼の能力は念動力(サイコキネシス)、物体を浮かせたり、運動エネルギーを一点に集め放出するのが主な攻撃方法のようです。一応剣も扱うようですがこれといった才能も見られないかと」

「ふむ、念動力(サイコキネシス)か。どうしても他の色持ち(カラード)と比べると弱く見えてしまうが……彼自身も自分の能力を把握しきれていないのか?」

「その線もあるかも知れませんね。対人戦の経験は浅いようですし、まだ観察は必要でしょう。……彼はどうもヘタレというか、優し過ぎるところがあるので」


 そう言うと、ネイラ様は急に真面目な顔をして私の顔を見つめてくる。


「な、なんですか……」

「いや、君も案外最近の暮らしを気に入ってるのでは無いかと思ってね。計画を実行する上でその気持ちは確実に障害となるよ、マイロ」


 私が彼らをを気に入っている、か。

 絶対それは有り得ない……といえば嘘になってしまうだろう。戦女神(ワルキューレ)は噂で聞いていたよりもずっと人間的で、私のことを同世代のよき好敵手(ライバル)と認めてくれている。あの赤目の少年も所々に残念さはあるが、信頼に足る人間であることは確かだ。

 それを裏付ける理由としては、私が黒騎士として彼と戦った時のことが一番だろう。自分の命を賭して戦う彼の姿に影響され、結果として私は彼を生かす選択をしてしまったのだから。


「それは……問題ありません、必ず計画は実行させます」


 そう言うとネイラ様は一つ溜息をつき、やれやれと言ったように肩を竦める。


「私は君を拾った時から、君のことを娘のように思っているよ。だからむしろ君に友人ができるのは喜ばしいことさ、子が親に我慢してはいけない。……リタの様な才能ある人間はきっとこれからも出てくるだろうが、私の娘は君しかいないんだ」


 その言葉に思わず私の胸は熱くなる。

 勿論、私もネイラ様のことは親のように慕っている。しかしそれ以上に拾ってくれたことの恩義も感じているのだ。彼女にあまり迷惑はかけたくない。


 それにもう一つ。(くつがえ)しようのない大きな理由が存在する。


「私は……復讐を果たすまでは、そのようなものは欲さないと決めていますので」


 そうだ、私はもう心に決めている。どんな優しさも、復讐を果たす上ではただの邪魔でしかない。


「……まだその暗い過去は、君の心を深く覆っているのか……いい加減忘れろとは言わないさ、しかしそればかりに囚われるのも褒められたことじゃないな」


 忘れもしない。私の故郷が消されたあの日のことは、忘れてはならない。囚われるも何も、あの里は私の全てだった……その全てが奪われてしまったのだ。


「……今でもあの日のことは鮮明に覚えています。里の人間は皆“理不尽”によって殺された。家族や友達、私の知らない人まで等しく……私は彼らのためにもあの『幽玄一味』を皆殺しにしないといけない!」


 そう言うと、私は拳を机に強く叩きつける。

 思い出しただけで心の底から怒りが湧き上がって来るのを感じた。あの日の傷がどれだけ癒えようと、心に折った傷は永遠に残り続けるのだ。


「君の怒りも間違ってはいないし、復讐が間違っているとも私は言えないさ。ただ君はもう少し冷静になった方がいい……紅茶、零れたよ」

「……あっ」


 机を叩きつけた振動でカップが倒れてしまったらしい。零れた紅茶は丸机の淵から滴り、床に落ちる。


「すみません、すぐに片付けます」

「いいよ、私が魔法でぱぱっとやっちゃうから。それにもう外は暗くなりかけている、会議はここまでだ。怪しまれないよう、早く『海猫亭』に戻りなさい」

「……はい、ありがとうございます」


 そう言って、申し訳なく思いながらもこの書斎を出ようとドアノブに手をかける。

 すると、後ろからネイラ様が私に言った。


「……マイロ、君は同世代の中では群を抜いて強いよ。育てた私が言うんだから間違いないさ。でも『幽玄一味』に挑もうなんて思っちゃいけない、彼らの強さは計り知れないし……何より残忍だ。頭のタガが外れた野郎共とまともにやり合っても、勝つことはできないだろう」

「……ご忠告、ありがとうございます」



 そう言って、私は書斎のドアを閉めた。

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