第十話 たこ焼きはたこを焼いただけじゃ作れない
私、マイロ・カルコは潜入捜査中である。
その標的は、目の前で白熱した模擬戦……いや、リンチを繰り広げている男女二人組だ。
それは剣の稽古と呼ぶには余りにも暴力的で、才能と教える能力は必ずしも一致しないことを体言していた。
「マヤ君、そんな逃げ腰でいると黒騎士に勝つことなんて到底できないわ!」
リタはそう言って、逃亡を図ろうとする少年を追いかける。
「逃げ腰じゃねぇ、これは戦略的撤退だ! 後々全部取り返していくんだよ!」
「へぇ。ではあなたに友達が少ないのも戦略的撤退とやらだったのかしら?」
「……遠回しに俺の人生逃げ腰って言うな。これに関しては背水の陣と言った方が正しい」
「それはもう追い詰められてるじゃない……」
全く器用な人達だ。これは戦闘中に喋る訓練なのだろうか。私が真面目に黒騎士として彼らを襲ったことが馬鹿らしくなってくる。
実際、あれは私の中で上位に入る黒歴史だった。あの甲冑を装備すると、中に込められた騎士の魂とやらの影響で妙な喋り方になってしまうのだ。なんか私がノリノリでやってたみたいじゃないか。
ネイラ様が彼らに与えた『試練』としては良い演出だったかもしれないが、それに付き合わされる身にもなってほしいものだ。
「マヤ君、避けてばかりじゃ戦いにならないわ! 攻撃は最大の防御、私に打ち込んできなさい!」
「……その理論でいくと、俺に攻撃してくるお前はずっと最大の防御構えてるってことだろうが。とても攻撃なんてできたもんじゃない」
「あら、それもそうね」
「この狂戦士が……」
……なぜネイラ様はあれほどの期待を彼女に抱いているのだろうか。前に聞いてみたこともあったが、『聖血統』やら『闇の魔法術との親和性』やら難しい単語ばかりで全く頭に入ってこなかった。
どうやら彼女の血統が鍵であるらしいものの、それを知ったところで私にはあまり関係の無いことなのだろう。
「――おーい、マイロ。聞こえてるか?」
はっとして目線を前に向けると、マヤが私に話しかけていたようだ。
「ど、どうしたんですか、マヤさん」
私の思考、口に漏れてなかったかな……そんなことを思って慌てて口を手で押さえる。しかしそれは杞憂だったようだ。
「リタの稽古は身体が持たない……マイロ、頼むからお前があいつの相手してやってくれないか」
いつもどことなく生気の感じられない彼の顔は、より一層に焦燥感を滲ませていた。
「……マヤさん、死んだ顔がより一層死んでますよ。まるでゾンビの仮装です」
「頼む、一生のお願いだ……後でなんか奢ってやる」
最後に耳元で、彼がボソリと魅惑的な言葉を囁いた。私は今潜入捜査中の身だ、公私混同は避けなければならない。これはネイラ様に命じられた、私にしかできない仕事なのだ。
……でも、親交を深めて情報を聞き出すためなら許してくれるよね?
自分への甘さに若干の引け目を感じたものの、『任務のため』と言う言葉を盾に正当化する。本当はマヤがあの特殊魔法を使うのを待っていたのだが……彼の能力は後で聞こう。
「……一生のお願いなら、しょうがないですね」
私は締まらない口角でそう返事した。
朝の稽古も終え、迷宮都市のはるか頭上には太陽が登っている。リタにみっちりとしごかれた俺は、気分転換がてらにマイロと二人で迷宮都市を探索していた。リタは何やら用事がある、と言っていたので別行動だ。
「――はぁぁー。今日もコテンパンにやられたな」
体の節々から筋肉達の絶叫が聞こえてくる。よく少年漫画で『昔の古傷がっ……!』みたいな描写があるが、この全身傷だらけの状態ではいつか古傷が傷んだ時にのたうち回りかねない。……そんな主人公やだなぁ。
「マヤさんも最後の方は対応できてたじゃないですか。あんな連撃、全て避けきる方がおかしいんですよ」
俺の隣を歩くのは、薄藍色のサラサラの髪に透き通った肌が特徴の少女、マイロ・カルコだ。彼女は数日前から俺達のパーティに入り、行動を共にしている。
見た目は気弱そうで穏やかな印象を受けたものの、案外この子はしっかりしている、最近はそんな印象に変わった。彼女もこのパーティに慣れてきて、素を出してくれるようになったのだろうか。それならば嬉しいことだ。
俺とリタはそんなに付き合いも長くないものの、二人組のグループに新しく入るのはいつだって勇気がいるものだ。元いた二人の仲についていけなくて、会話の中で一人だけ愛想笑いを続けるなんてことはよくある。……あるよな、皆?
そんな悲しい思い出を掘り返していると、俺の服の袖がくいっと引っ張られるのを感じる。マイロの方に目をやると、彼女がなんだか期待したような目でこちらに訴えていた。
「……あぁ、約束は忘れてないぞ。なんでも好きな物奢ってやる」
俺がそう言うと彼女は嬉しげにふふん、と鼻を鳴らした。おい、なんだ今のそれ可愛いな。俺にもやり方教えてくれよ。彼女は俺のそんな目線も意に介さず、至る所にある出店に目移りして首が忙しそうだ。
どうやら、俺の気付かぬ間に『ダライアス商店街』に入っていたみたいだな。ここは迷宮都市で一番に大きな通りで、都市を東西に分割するように縦断している。常に様々な商人が行き交い、異国の特産品を持ち寄っては売りさばく。人気の絶えない眠らない通りだ。
「色んな出店がありますね、どれにしようかなー」
どこも随分と活気に溢れており、客寄せの声が至る所から聞こえてくる。人気の多いところは苦手なのであまり来ることは無かったが、この騒がしさにはどこか気持ちいい部分もあるな。迷宮に篭もりっきりの生活の時は、気分転換に来てみるのもいいだろう。
「おっ、そこの可愛らしい嬢ちゃん、何か買ってかないかい? お連れさんはお兄さんかな?」
「ふふっ。なんですかそれ、馬鹿にしてるんですか?」
「おい、その返答は俺を馬鹿にしてるだろ」
気の良さそうなおっちゃん店主が俺達に声をかけてきた。兄妹という言葉は一刀両断されたものの、確かにそれもそうかもしれない。だって、俺の妹がこんなに可愛いわけがない。愛してるぞあやせ。
マイロは俺に一瞥もくれることなく、出店のメニューを見ながら俺のツッコミに生返事をする。
「別に、マヤさんのこと馬鹿にしてないですよ。コケにしてるだけです」
「それなんも意味変わってねぇよ……」
最近わかってきたのは、マイロも案外強かな所があるということだ。彼女はどこか自分の本心を隠しているようで、それは稀に垣間見えるだけなのだが……今のはがっつり本音が出ていたな。
「えーっと、じゃあ『迷宮焼き』二つください」
何だそれ。よく見たら、暖簾に『迷宮焼き』と書かれているが……何かの食べ物なのだろうが、全く情報が伝わってこない名前だ。
それに、何にでも『焼き』を付ければいいってもんじゃないだろ。たこ焼きはたこを焼いただけじゃ作れないし、たい焼きは鯛入ってないし、どら焼きも二十一世紀のロボットを焼いたわけじゃない。
店主は「あいよ!」と威勢よく返事をすると、マイロに二つの『迷宮焼き』を手渡す。見た目は可愛らしい焼き菓子のようだ。料金は……一つ当たり丁度100Gか、結構安いんだな。
「はい、二つで200G」
「まいどありぃ!」
もっと高いものを買わされると思ったが、案外安く済んでしまった。
「これで良かったのか?」
「いいんです。私、これ結構好きなので」
マイロはどうやら甘い物が好きらしい。熱々の『迷宮焼き』を両手に持って満足気な笑みを浮かべている。
「本当に好きなんだな、一人で二つも食べるなんて。俺も買っとけば良かった」
「……マヤさん、ほんとに友達いないんですね……」
そう呟くと、マヤは哀れむような目で俺を見てくる。何を今更、いないに決まってるだろ失礼な。まぁいないと言われても失礼なんだけどね!
「二つ買ったのは、マヤさんと一緒に食べるためですよ。はい、熱いので早く持ってください」
「お、おう。……ありがとな」
なんだか照れるな。これじゃまるでカップルみたい……って言うと即座に否定されるのだろう。彼女は優しい子なだけだ、そして俺に優しくしてくれる子はきっと大体の人間にも優しい。それでもやはり、嬉びの感情は拭えないものだ。
渡された迷宮焼きを一口齧ってみた。すると、中からとろりとした木苺のジャムが溢れそうになる。なんだか温かくて、甘酸っぱい。舌に残る心地よい酸味はどこか懐かしく、俺の心をくすぐった。
「――この『迷宮焼き』、店主が迷宮に生えてる木苺を採ってきてジャムにしてるらしいですよ」
……商人とは逞しいものだ。




