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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
序章 舞台は整い、やがて日常は息を潜める
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第一話 お前もシーザーサラダにしてやろうか

 

 人は誰でも迷える仔羊である。

 正義も悪もわからない、どこを目指すべきかなんて知る由もない。

 まるで迷路のように広がる未来とやらに身を任せることしかできない。

 もしこんな世界にも希望を持ち、自らの力を信じて疑わない物がいたとしたならそれは過ぎた傲慢だ。

 そんな都合のいい世界ならとっくに平和になってるし、若者が未来に悩むことはないし、俺にだってもう少し友達がいてもいい。……いてもいいよな?


 まぁつまるところ、期待し過ぎちゃいけないってことだ。過度な期待などすぐに裏切られ、得るのは喪失感だけ。

 例えば気になる子が自分に挨拶してきた時、「あれ、この子俺のこと好きかも?」なんて思おうものならその結末は悲惨だ。

 そんなこと、言わずとも身に浸みている。


 ――だから俺は目の前の状況にも決して期待しない。




 ここは迷宮第三層。中は洞窟のような造りになっており、所々に生えたヒカリゴケが内部を青白く照らしている。見た感じは幻想的で心地よい空間だ。

 しかしながら、蓋を開けてみればそこはモンスターの闊歩する危険地帯。

 並の人間ならすぐにその命は刈り取られてしまうだろう。ここは所謂「探索者」達の領域なのだから。


 探索者とは読んで字のごとくこの迷宮を探索する者であり、彼らはここでしか採れない未知の素材を売って生計を立てている。

 それだけ聞けばなんとも夢のある職業にも思える。が、皆が探索者になれる訳ではない。むしろなれない者が大多数であると言っていいだろう。


 そしてその理由は迷宮内に充満する密度の濃い魔力にある。

 人は誰しも最低限の魔力を体に蓄えているのだが、普通に暮らす限りそれらを意識して使うことはない。よって当然の事ながら魔力の扱いなどできないに等しい。


 もちろんそれで日常生活に困ることは無いが、迷宮内部ではそうはいかない。迷宮の内部には特殊で高密度な魔力が充満しており、これが人体にとって重大な害をなしてしまうのだ。並の人間が迷宮に立ち入れば、高密度の魔力にあてられてすぐに魔力酔いを起こしてしまうだろう。


 そしてその反対に魔力の扱いに長けていて、迷宮の魔力をうまく体から逃がしたり、吸収して自らの力とする者もいる。彼らこそが探索者としての素質を持っていると言えるだろう。

 勿論そんなことができる人間はごく少数で、だからこそ仕事してはかなり儲かる部類と言っていい。命あっての物種というわけだが。


 そんなことを言っている自分も一応探索者の端くれだ。

 俺も幼い頃は探索者に憧れ、自分にその素質があると知った時は喜んだものだ。何故なら探索者はモテると思っていたから。

 幼き頃の俺の妄想は、それはそれは捗った。

 まるで物語の主人公のように敵を打ち倒し、美しくか弱い女性を助け出す。苦難は去り、助けられた女性は潤んだ瞳に頬をうっすらと紅く染め此方を見つめて言うのだ。


「貴方のお名前を、教えてくださいませんか……?」

「そんな、名乗るほどの者でもありません。ただ一つ言えるとするならば、私は君だけをお守りする騎士(ナイト)……以後お見知りおきを」


 恐るべし、幼き頃の俺。その妄想に使う脳をもっと他のことに活用してほしい。

 しかし、初めに名乗るほどの者でも無いと言っておきながら最後に以後お見知りおきを、と付け足してしまう辺りこの騎士(ナイト)の抑えきれない自我を感じるな……


 そもそも、この高魔力密度の迷宮に入れる時点でその女性は断じてか弱くなど無い。女探索者だからといって彼女らを甘く見てはいけない、女性は強く逞しいのだ。

 近頃流行りの草食系男子などシーザーサラダにして美味しく頂かれてしまうだろう。何? 彼らは草食系なだけで彼ら自身が野菜な訳ではない?

 うるせぇ、お前もシーザーサラダにしてやろうか。


 一方迷宮の外の町娘はといえば、最近はやれ安定した収入だのやれ落ち着きのあって優しい人だの、筋骨隆々のごつい荒くれ探索者は嫌か? そうか、俺も嫌だ。

 こんないつ死ぬか分からない仕事なんて、余程儲かりでもしないと見向きもされないのだ。

 もういっそ俺のところに騎士(ナイト)来てくれよ……


 しかしずいぶんと話が逸れてしまった。そんなことよりも今は目の前の状況をどうにかするのが先決だろう。

 そんなことで片付くほど俺の中では軽い問題では無いのだが。


「これは一体どうしたものかね」


 目の前に広がるのは金銀眩しい財宝の山、探索者なら誰もが夢見る光景。

 迷宮第三層の攻略中に横道に逸れては横道に逸れ、その末に辿り着いたのがこの隠し部屋だった。迷宮内部の構造は変化することがあり、低確率で出現する隠し部屋では高価な財宝が見つかることが多い。


「でも流石にこれは怪しすぎる……」


 正直なところ、罠としか思えない。こんな絵本に出てくるようなベタな財宝が置いてあるものだろうか。

 例えるなら、道端の見知らぬ人間から「おめでとうございます!3億G当選しました!」と唐突に話しかけられるようなものだ。やめてほしい、うっかり喜んじゃうだろうが。


 ひとまずここは退散するのが吉と見て、そっとこの場を離れようとする。が、振り返った時にボムッと音を立てて誰かにぶつかってしまった。


「あ、すいません、すぐどきます」


 俺が優柔不断っぷりを見せている間に後続の人が来ていたようだ。自分の声かけにも何の応答もしない辺り無愛想な人だな、と思ってちらっと顔を(うかが)ってみる。


「Brrrrrrrrrr……」


 厳めしく上に伸びた牙を左右に携え、その大きな鼻は見まごう事なき豚の形。全身たわしのように逆立った剛毛に包まれ、その体躯は2mはあるだろう。

 少女漫画なら俺の心がときめいていたであろう程の至近距離で生臭い鼻息を吹きかけてくる。


「…………って『オーク』かっ!?」


 俺は咄嗟にバックステップをしてオークから距離を取る。しかしこれは悪手だった。

 着地して一息ついたのも束の間、足下に突如現れる巨大な魔方陣。


「くっ、やっぱり罠かよ!返せ俺の期待と3億G!」


 大方、財宝に引き寄せられた人間の魔力をトリガーとして発動する仕組みなのだろう。トラップとして警戒していたが、まさかオークを呼び寄せた直後に発動させてしまうとは。目の前の財宝に目が眩み、後ろへの注意が甘くなっていたな。


 すると後方の財宝の山から何やらガラガラと音がする。その音の正体は罠の魔方陣から召喚された四体の『スケルトン』だ。彼らは金銀の貨幣の山をかき分けて這い出てくる。


 正直、この状況はかなり面倒だ。この数をいちいち剣で相手してたらいずれジリ貧になる。

 何よりこの正面のオークが厄介だ。奴の攻撃パターンは単純だが如何せん威力がある。一対一ならさばききれるだろうが、この混戦状態だとその一撃が命取りになるだろう。


「あんまりあの『奥の手』に頼りたくはないんだが……今は誰も見てないみたいだし、いいか」


 目にかかる程に伸びた白髪(はくはつ)を払いのけ、右手を前に構えて魔法発動の姿勢をとる。

 そして一度深呼吸をし、正面に敵を見据えた。


 ――刹那、一筋の剣閃が目の前のオークを横に両断した。


 自分が斬られたことにも気づかないオークは辺りに赤い鮮血を散らす。そしてその深紅のカーテンの向こうに見えるのは自分と同じくらい、齢18辺りの少女であった。

 その一瞬だけ見えた彼女の顔は鮮明に脳裏に焼き付いている。それはまるで精巧に作られた人形のようだった。宝石をはめ込んだかのような青い瞳は、オークの血飛沫の向こうから確かに俺を見据えている。


 綺麗だ。不覚にも俺は見とれてしまった。

 彼女は剣についた血を振り払い、長い黒髪を靡かせて此方に歩み寄ってくる。


「あ……あ、あの、助かったよ、ありがとう」


 普段女性としゃべる機会もないので若干どもってしまったが、まだ大丈夫な範囲だろう。

 いや、むしろよく頑張った、俺。なんせ最後に女性としゃべったのは4日前、それも道具屋のおばちゃんとだ。

 あのおばちゃん、おばちゃん界隈の中では綺麗な部類だしな、うん、もしかしたら自分も成長してきてるのではないだろうか。


 そんなことを考え、少しどころか大分調子に乗った俺は右手を前に出して彼女に握手を求める。彼女はオークを両断した時から表情一つ変えずに僕の前にやってきて……



 ――そのまま通り過ぎた。


「へ?」


 我ながら情けない声が出た。

 俺の横をまるで何もなかったかのように通過した彼女は、財宝の山で此方を攻める機会を窺っていたスケルトン達へと迷い無く突き進む。

 これほどまでに清々しい無視があっただろうか。もう完全無視、むしろ自分の存在を疑って存在証明のために哲学の扉を開くレベル。


 俺が形而上学の一端に触れようとしている間に、彼女はもうすでに二体のスケルトンを討伐していた。彼女の流麗でありながら攻撃的な剣撃にスケルトン達は手も足も出ない。

 ここが初心者向けの迷宮上層とはいえ、これだけの数を剣一本で相手取るのは手間だろう。しかし彼女は平然とそれをやってのける。


 そしてすぐに最後の一体が力尽き、その骨の体はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。キン、と硬質な金属音を立てて彼女の剣は鞘に収まる。

 彼女は財宝の山から飛び降り、着地すると再び目線は俺と同じ高さになった。


 そして訪れる静寂。


 気まずいよ……めちゃくちゃに気まずいよ。えっ、これって助けてくれて有り難うとか言った方がいいの? 既に一度言って完全スルーを食らってるんだけどもっかい言った方がいいの?

 もう俺のライフはゼロよ?戦闘に一切参加してないのに。それはすみませんでした。


「あの……助けてくれてありがとうな」


 ちらちらと向こうの顔色を窺いながら、一回目からは大分落ちた声量で感謝を述べる。


「別に、礼を言われる程のことでもないわ。私は敵を見つけたから斬っただけ」

「え、あ、そうですか…………それでも助かったのは事実だしお礼を言わせてくれ」


 嫌だこの子怖い……お前も敵なら容赦なく斬るとでも言うような口振りだ。いや、こんな綺麗な子なら斬られるのも悪く無いか。

 雑念も斬り払われて安らかに逝けそうだ。いや待て、雑念が消されるなら俺は跡形も残らないのでは?


「なら受け取っておくわ。そう、私に助けられたからって変な気を起こさないことね。私、あなたみたいな人は嫌いだから」


 前言撤回。俺、こいつ嫌い。どうしたらそんなプラス思考になるの?最大公倍数でも探してるの?

 しかしながら、彼女は仮にも命の恩人だ。ここで言い返すのは俺の主義に反する。


「それはずいぶんと手厳しいな、参考までにどの辺がとか気になるね」

「そうね、まずあなたのその計画性の無さが嫌いだわ。そんな軽装で第三層まで潜るなんて……それにあなたはソロでの探索でしょう、それじゃ尚更よ」

「うっ……それには返す言葉もないな。でもこればっかりはしょうがない、なんたって俺には友達がいないからな」


 そう、こればっかりはしょうがないのだ。

 何故かなんて聞かないで欲しい、それは一番俺が知りたいのだから。


「そんなこと自信満々で言わないでほしいわね……大方そんな開き直った性格が原因じゃないかしら、あとはその伸びきった前髪ね。それで本当に前が見えてるのか疑わしいわ……」

「髪型は余計なお世話だ。第一に、お前だって一人ぼっちだろうが。きっとその毒のある性格が原因じゃないかしら?」

「その気持ち悪い裏声は私の声真似かしら、もう二度としないで。次したら問答無用で斬り捨てるわよ」


 そう言うと彼女は凍える程に冷たい目でこちらを睨み付ける、背筋がヒヤリとするからやめてほしい。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだな、しかも向こうの蛇は毒持ちときた。


「そもそも、私は好きで一人で行動しているの、あなたと一緒にしてほしくないわ」

「はっ、友達のいない人間は皆そう言うんだよ。お前と俺は同類だね、いやむしろ俺の方が一人が好きだ」

「そこで争おうとするのはとても惨めだから本当にやめてほしいわ……」


 一人はいいよな、誰にも迷惑かけないし、誰にも迷惑をかけられない。そう、俺くらい一人が好きになると自分の中にもう一人格生み出していつまでも喋ることだってできるぞ。

 それは最早二人じゃないかって?

 ここでそれを二人だって言い張ればら俺が惨めになるだろうが。言葉には気をつけろ、うっかり泣くところだったぞ。


「はぁ、もうこれ以上敵も出てこないみたいだし、私はもう行くわ」

「お、おぉ、分かった、ありがとな」


 まだ敵が出てこないか律儀に待っててくれたのか、彼女は案外優しい人なのかもしれない。いや、そもそも一人が好きなやつに悪い人などいないのだ、ちょっと人との関わり合いが苦手なだけなんだ、俺は悪くない。


「……後、あなたのさっきの瞳の色って……いえ、何でも無いわ、これはプライバシーに関わることだものね」

「はは、そうしてくれると助かる。ところでお前の名前は?これくらいのプライバシーは別にいいだろう」

「あら、やっぱり私のことが好きなのかしら。私って綺麗だし、そういう感情てもおかしくは無いけれど」

「ちげーよ……お前の思考回路はプラスしか無いのか、それじゃ電気通らないぞ」


 これで本当に彼女は綺麗なのだからたちが悪いのだ。


「冗談よ、私の名前はリタ。万が一、あなたが生きてたらまた会うかもしれないわね」

「俺死ぬの前提かよ……俺の名前はマヤ、お前とはまた会う気がするよ」


 俺はそう言って右手を差し出した。

 なんだかんだ話してみれば彼女もいいやつなんじゃないかと思えるようになってきた、今なら握手くらいできるようになったのではないだろうか。


 そして、彼女はスタスタと歩き去って行った。


「……まぁ、わかってましたけども」


 ここら辺はしっかりしてるのな、などと呟きながら内心ではしてやったりと笑みがこぼれる。何故ならば、ここまで全て計算済みだからだ。俺が握手を求めれば、彼女は絶対にここを去って行く。


 その後に真の目的、――罠の奥にあった財宝の山を独り占めするって算段だ。我ながら素晴らしい作戦で惚れ惚れしてしまう。

 そして、彼女が突き当たりを右に行ったことを確認し、俺は財宝の山に飛びついた。


「――そういえば、その宝の山は全部魔法で作られた偽物だから回収しても無駄よ」


 もう行ったはずの声が聞こえて振り返ると、リタが壁からひょこっと首だけ出してこちらを見ていた。いたずらが成功した子供のように無邪気に笑うリタを見て、あぁ、自分はずっと手のひらの上だったのだと気づかされる。


 手元に目を移してみれば、両手に握っていたはずの金貨は何の変哲も無いただの石ころになっていた。いやそれだけじゃ無い、この目の前の財宝全てがガラクタだ。


「そういうのは早く言えよな……」


 恨みがましくそう言いながら振り返るも、そこにはもうリタの姿はない。自分の声が空虚な洞窟にただ反響するのが聞こえた。


 やっぱり前言撤回、あいつはいい奴なんかじゃ無い。


 ただのドSだ。


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