第八十七話「ハニービートル」
迷宮に魔物の死体を大量に飲ませたら、その魔物が迷宮に湧くかもしれない。
その検証を行いたいのだが、どうせならドロップアイテムに価値のある魔物で調べたい。
さらに言うなら、死体は自分で狩るのではなく、シャルさんに頼んで仕入れてもらいたい。
「迷宮に現れる魔物で、死体には価値がないけどドロップアイテムには価値のある魔物ですか……逆なら多いんですけど」
シャルさんはそう言って少し考える。
「北大陸のエルフの森迷宮に現れるユニコーンですね」
いきなり有名な魔物の名前が挙がった。
「ユニコーンの角は非常に高価です。もちろん肉も高いですが、角の比ではありません」
「ユニコーン? それなら殺してから角を切り取ってもいいのでは?」
「ユニコーンを殺してしまうと、その瞬間角には邪気が取り込まれ、黒く濁ってしまうんです。角を手に入れようと思えば、清らかな乙女だと認められないといけませんが、ここ数十年の記録を遡ってもユニコーンから角を手に入れたという記録はありません。そうなると、ユニコーンの角の価値はぐっと下がってしまいますが、迷宮のドロップアイテムならその心配はありません」
確かにドロップアイテムの方が価値がある。
ただ、ユニコーンがそもそも珍しい魔物だそうで、今回の検証には向かないだろう。
もっと簡単に集められる弱い魔物はいないか尋ねた。
あと、ドロップアイテムが生ものだと交易品には向いていないので、できれば日持ちのするものか、食べ物以外で。
「死体であればいいなら、カーバンクルですね」
「カーバンクル?」
「額に宝石を埋め込まれている栗鼠のような魔物です。貴重なのは額の宝石ですから、それを取ったあと、死体は少し高いペットの餌として販売されるそうです」
こちらも珍しい魔物であるが、それでも月に数匹は冒険者ギルドに持ち込まれるらしい。
「ドロップアイテムは宝石ですが、死体から抜き取るよりも魔力が豊富で、高値で取引されます」
「それだ! シャルさん、カーバンクルの死体、できるだけたくさん仕入れてもらえませんか? 代金はこれから持ってくるナマコと相殺で。足りない分は現金で払います」
「かしこまりました」
ついでに検証用の追加で、ハニービートルと呼ばれる、蜜を巣に集める性質のあるカブトムシのような魔物の死体、こちらはもっと簡単に手に入る魔物なので集めてもらうことになった。
それから何日か経過した。
紫ナマコは毎日五匹ほど発生し、うどんが狩っては自動的に保存されていっている。
そして、ハニービートルの死体を五十匹ほど仕入れてくれた。
中型犬くらいの大きさで、背中が黄色く光っている、ヘラクレスを思わせるカブトムシだった。死んでから時間が経っているのだろう、少し臭い。
早速迷宮に食べさせる。
ポイントが少し加算されたが、一番の変化は、四階層の部屋がふたつ増えて、そのうちひとつにハニービートルが現れたことだ。
魔物の種類が増える可能性は考えていたが、部屋が増えるのは予想外だった。
あと、二階層で吸収したのに、四階層に影響が出るということは、魔物を吸収する部屋と魔物が現れる部屋は関係ないということになる。
一応、寝泊りしている一階層に虫が湧いたら嫌だという理由で二階層で吸収させていたのだが、今度からは一階層や地上の迷宮領域内で吸収させてもよさそうだ。
さっそくテンツユと一緒に倒しに行ったところ、増えた部屋に俺が迷宮に食べさせたものより少し小ぶりのハニービートルが現れた。
もちろん、テンツユの敵ではなく、一撃で手斧の餌食となり、魔石と陶器の瓶に入ったビートルハニーを落とした。
「よくやったぞ、テンツユ」
「キュー(ありがとう!)」
「これは迷宮の新たな特産品になりそうだな」
うちの迷宮では、元々、スライムイーターが花蜜という蜜をドロップした。
ただ、スライムイーターは出現率が低い上、花蜜の消費期限は決して長くない。
だが、ビートルハニーには消費期限がないとされている。
風味が落ちることはあっても、腐ることはないそうだ。
その理由のひとつは、蜜の水分量だ。
花蜜の水分量は約六十パーセントなのに対し、ビートルハニーの水分量は二十パーセントとはちみつ並みに低い。
糖分の多い蜜の中に微生物が入り込むと、浸透圧により微生物から水分を奪いとってしまい、殺してしまう。遺体を塩漬けにするとミイラになるのと同じだ。
さらに、ハニービートルが蜜を貯めるときに吐き出す液が、強い抗菌作用を持っているため、防腐剤としての力も持っているらしい。
ドロップアイテムの場合、丁寧なことに小さな陶器の瓶に入っている。
買取価格は一個十センスなり。
カーバンクルは三匹しか集まらず、まだ迷宮に湧いていないが、とにかく実験は成功――いや、大成功だ。
結果①:迷宮に魔物を一定数吸収させると、その魔物が迷宮に現れるようになる。
結果②:どの階層で魔物を吸収させても、魔物が現れる階層は別になる。
結果③:魔物の種類が増えるとき、部屋の数も増える。
まだ例は少ないが、これだけのことがわかった。
結果②は少し厄介だ。弱すぎる魔物を迷宮に吸収させた場合、俺たちが寝所にしている一階層に魔物が現れるようになるということだ。この迷宮に紫ナマコやゴブリンを吸収させるのはやめたほうがよさそうだ。
さらに、今回の結果と、海獣の迷宮で紫ナマコを吸収させた当日に紫ナマコが現れず、迷宮を拡張したときに現れた理由から以下の結果も導きだされた。
結果④:強い魔物を吸収させた場合、低階層だと魔物が出現しないが、迷宮を拡張していくことで種類が増える。
ということだ。
帰り道、ついでに新たに補充された宝箱の中身を回収していくことにした。
ほとんどハズレばかりの宝箱だが、まぁちりも積もればなんとやら。
ソーシャルゲームで言うところの課金を必要としない無料ガチャを引く気分で宝箱の蓋に手を触れたところ――木の宝箱が一瞬光ったように見えた。
「なんだ?」
「キュー(当たりだよ!)」
「え?」
当たり?
よくわからないまま宝箱を開けると、そこにはゴツゴツとした光る石が入っていたのだった。
ドロップアイテムと同じように倉庫に収納される。
さっそくメニューからその謎のアイテムの正体を調べたところ――
「技能書?」
それは俺の島生活を大きく変えるレアアイテムだった。




