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第八十三話「コショマーレからの依頼」

 コショマーレ――彼女はそう名乗った。

 女神トレールールの上司みたいなものだとも言った。

 そういえば、俺がこの世界に来たばかりのころ、トレールール様は俺に聞こえるくらいの声でこう言ったことがあった。


『またコショマーレに叱られてしまう』


 彼女がそのコショマーレだと言うのなら、トレールール様の上司というのは正しいのだろう。

 海鮮丼を捧げたら、別の女神様が現れるとは。


「言っておくけど、海鮮丼に釣られて来たわけじゃないよ」

「すみません、そういう意味で言った……ってあれ? 声に出していましたか?」

「女神だからね。声に出さなくてもわかるさ」


 え、心の声が丸聞こえ?

 これって、失礼なことを思ったら全部バレてしまうってこと?

 失礼なことを思ったら、天罰とか下るのだろうか?


「安心しな。私のことを会うたびにオークだとか思っていた人間がいたけど、別に天罰なんて与えていないよ」


 そう言われて、俺は少し安心した。

 しかし、いくら心を偽るのが難しいといっても会うたびにオークだと思うとは、不敬というか、恐れ知らずな人間もいたものだ。


「女神コショマーレ様。このような何もない地に一体何の用で?」

「なに、ちょっとトレールールが仕事をこの坊やに押し付けてしまったようだからね。お詫びに来たのさ」

「え?」


 トレールール様から仕事を押し付けられた?

 特になにか仕事を頼まれた記憶はないが。


「ちょっとこの坊やを借りていくよ」

「え?」


 コショマーレ様はそう言うと、俺の手を掴んだ。

 周りの皆も止める様子はない。

 お詫びと言っているから、危険はないだろう。


「あぁ……じゃあちょっと行ってきますが、晩御飯までには戻れますかね?」

「そうだね。晩御飯には私から特別な海鮮丼をご馳走させてもらうよ」

 コショマーレ様はそう言うと、空間に穴を開け、俺を引っ張っていった。


 連れて行かれた先は、芝生のような大地のある空間だった。

 しかし、空を見上げてみると、白い靄がかかっているというか、そこは最初にマトリョーシカが置かれていた真っ白い空間みたいな場所だった。


「私の世界に連れて来てもよかったんだけど、なにもないからね。ついておいで」


 コショマーレ様についていった先には、木のテーブルとイスが二脚置かれていた。近くにはログハウスもある。

 さらにその横に、金色のボブカット、十六、七歳くらいの少女がいた。


「彼女も女神様ですか?」

「いいや、この世界を管理するホムンクルスさ」


 ホムンクルス――人工生命体という奴だろうか?


「お待ちしておりました、コショマーレ様、ジョージ様。本日お世話を担当させていただきます、ピオニアと申します。どうぞお席にお座りください」


 彼女――ピオニアさんはそう言うと、俺が座りやすいように椅子を下げてくれた。

 女神様を差し置いて世話をしてもらうのは不思議な感じだが、これが女神様流のおもてなしなのだろうか?


「こちらがメニューになります。どうぞお好きな飲み物をお選びください」


 ドリンクメニューまで用意されていた。

 しかも、全部日本語で書かれている。


「私はいつものほうじ茶で頼むよ。坊やは好きな物を頼みな」

「じゃあ、アイスコーヒーで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ピオニアさんはメニューを回収すると、頭を下げ、ログハウスの中に入っていく。

 あそこに飲み物を保管しているのだろうか?

 しかし、ホムンクルスと言われたが、表情が乏しいところ以外、ほとんど人間と変わらないんだな。

 飲み物はすぐに運ばれて来た。

 コショマーレ様は湯飲みに入ったほうじ茶をゆっくりと味わうように飲み、俺はアイスコーヒーにミルクと砂糖を入れて藁ストローでかき混ぜてから飲む。

 久しぶりのコーヒーの味に、少しだけ日本のことを思い出した。

 思えば、残業だらけの職場で、一番俺を助けてくれたのはコーヒーメーカーだった気がする。

 社長が大のコーヒー好きで、全室に最新型のコーヒーメーカーと、高級コーヒー豆を用意してくれていた。そのおかげで眠気にも勝って働くことができた。


「辛い過去を思い出すんじゃないよ。こっちまで悲しくなる」

「申し訳ありません。それで、話というのは?」

「あんたの職業についてだよ。本来、迷宮を生み出し、成長させるのは女神にしかできないことなのさ」


 ……うん、もしかしたらそうじゃないかと思っていた。

 だって、俺の職業、迷宮師(神)だし。


「トレールール様のミスですよね? 本来なら入れてはいけない天恵を与えてしまったという」

「そうじゃないから怒ってるのさ。いや、そうだったとしても怒るんだけどね」

「え? 違うんですか?」

「まぁ、その話は今は関係ないさ。坊や、迷宮がどういう場所か知っているかい? あぁ、口に出さなくても思うだけでいいよ」


 改めて迷宮とはなにかと聞かれても、漠然としたことしか出てこないな。

 魔物が出てきて、その魔物を倒したら魔石とドロップアイテムを落とす。

 俺が管理する迷宮以外だと、ボス部屋と女神像というものがあって、女神像に祈りを捧げると、スキルなりアイテムなりが貰えたりする。

 その程度しか知らない。


「本当に何も知らないんだね。なら、瘴気については知っているかい?」


 瘴気という言葉には聞き覚えがあった。

 確か、空気中に漂っている邪気で、魔物はその瘴気を吸うことで魔石を生み出す。

 ん? 他にもどこかで聞いた気がする。

 そうだ、これもトレールール様に言われたんだ。

 せいぜい瘴気の浄化に励んでくれと。


「そう、トレールールの奴がね」


 コショマーレ様は少し怒っている感じがした。

 俺に対してではなく、トレールール様に対して。

 コショマーレ様が握っていた湯飲みに、小さな罅が入る。


「瘴気っていうのはね、人間たちの負の感情が空気中に漏れ出したものさ。その瘴気が増えると、魔物が狂暴化したり、迷宮から魔物があふれ出したりする。本来、私たち女神はその邪気を浄化する存在なんだよ」

「はぁ……」


 いまだに俺と何のかかわりがあるのかわからない。

 

「ところが、最近になって瘴気の浄化が追い付かなくなってね。瘴気を浄化しきれないのなら、迷宮を作って魔物を生み出し、人間に退治させて瘴気を循環させようってことになったのさ。ただ、迷宮を闇雲に増やしてもいずれ瘴気の循環がおいつかなくなる。そのため、瘴気の量に応じて成長する迷宮を作ろうとした」


 なるほど、ようやく話が見えてきた。


「そのための職業が、迷宮師(神)ということですか?」

「その通りさ。まぁ、しっかりと迷宮を成長させて、管理してくれるなら私は別に構わないんだけどね」


 よかった、人間には使いこなせない職業だから没収とか言われたら困るところだった。

 村を拡張させるためには、この職業は必要不可欠だ。

 それに、迷宮師のスキルを奪われてしまったら、テンツユたちともお別れすることになってしまう。それはさすがに悲しい。


「ただし、トレールールに代わって仕事をしっかりとしてくれるなら、という条件付きでだ」


 そんなに甘くなかった。


「どのような仕事でしょうか? 迷宮の管理だけではないんですよね」

「ああ、そうさ。まず、あの島には瘴気の溜まっている場所がある。何者かによって隠され、女神の力でも見通せない場所がね。そこを見つけてきてほしい」

「何者って誰ですか?」

「それを調べるのも坊やの仕事だよ」


 これは、なんともはっきりとしない仕事だ。

 島の調査ならこれまでも続けていたから、引き受けるのは吝かではないが。


「もちろん、報酬は渡すつもりだよ」

「ありがとうございます」


 女神の報酬がなにかはわからないが、コショマーレ様と話してみる感じ、彼女はトレールール様より遥かにまともな女神様だ。

 きっと期待できるだろう。

 帰るとき、ピオニアからみんなで食べるようにと、お土産を貰った。

 それはなんと俺が作ったものと同じ――いや、具材は同じだが、俺が作った以上に綺麗に盛り付けられた海鮮丼だった。

 しかも、フロンたち、あの場にいた全員の分が用意されている。


「これは?」

「女神から賜ったって言えば、みんなも食べざるをえないだろ。そうすれば、すぐに共感は得られないかもしれないけど、生魚を食べることに反対されることはないはずさ。ただし、中には毒のある魚もいるから、迷宮で獲れた魚以外の生食はほどほどにするんだよ」


 コショマーレ様はそう言って笑みを浮かべた。

 なんて素敵なお土産だ。

 いま、俺が一番望んでいたものではないか。

 もしも、こんな人が俺の上司だったら、ブラック企業であっても喜んでこの身を捧げただろう。


 コショマーレ様に礼を言い、ピオニアさんの案内で元の世界に戻ったのだった。

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