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第八十一話「獣人族の不思議」

今回は本編にはあまり関係のない、獣人族の生態についてのお話です。

 テルさんが島にやってきた。

 動物学者の彼女はこの島について知っていたらしく、せっかくだからとしばらく村に住むことになった。

 父親捜しはしなくても大丈夫なのかと尋ねたら、モトナリさんの趣味は遺跡や秘境の調査に加えて迷宮探索らしく、迷宮が集まるこの島のうわさが広まれば必ず訪れるだろうと言った。

 住む場所については、森の中に勝手にベースキャンプを作ると言ったが、さすがに女性をそんな場所に寝させられないので、俺の部屋の隣の倉庫に寝てもらうことにした。


 当然、防音対策も侵入対策もなにもない迷宮の部屋、テルさんがいる間はフロンとの夜の営みは控えるようにしないといけない。

 ただ、テルさんは夜行性の動物の生態調査を行うために夜に外に出て昼間寝ていることもあるので、そういう日の夜は思いっきりフロンに甘えさせてもらった。


 部屋は別とはいえ、フロン以外の女性が傍にいるというのは緊張する。

 最初の頃は、テルさんの着替えている現場に出くわしてしまうラッキースケベシチュもあったが、いまではルールも決めてそんなことは起こらない。


 そんなある日、俺とテルさんがふたりきりで話すことがあった。


「ジョージ殿はフロンさんのことを大事にしているのだな」

「ええ……あ、隷属の首輪を着けていますが、それは事情があってのもので、俺はフロンとは恋人同士だと思っています」


 本当なら、あの首輪は外せるものなら外したい

 だが、外すためには専用の鍵を使うか、もしくは大都市にある裁判所に行く必要があるそうだ。

 彼女の首輪の鍵を手に入れるのはおそらく不可能だろう。

 そうなると、裁判所に行き、彼女が俺の奴隷であることを証明した後、手数料を支払って解放するしかない。

 フロンが島から出たがらない以上、それもできない。

 

「見ればわかる。結婚するつもりなのか?」

「いまはまだできませんが、領主として認められたら、どのみちクロワドラン王国の王都に行く必要があるでしょうし。その時までにはフロンを説得して、奴隷から解放しようと思います。結婚はそのあとですね」

「そうか、責任を取るというのなら、ひとつだけ忠告をしておこう」


 テルさんは茶狐族と結婚するときの注意事項を話してくれた。

 茶狐族は、結婚してから子供が生まれると、夫婦で協力して子供を育てる。子供を第一に考え、浮気をするなどまず考えないそうだ。

 もしも、子育てを放棄して他の女に現を抜かすようなら、百年の恋も一瞬のうちに冷めてしまうという。

 ただし、子供を育て終わったあとならそのあたりは意外と冷めたもので、子育てと共に夫婦の愛情を育んでおかないと、子供が巣立った途端に離婚というのも多いという。

 熟年離婚の問題は、日本だけではないのか。


「そういうのって種族によって決まるのですか?」

「そうだな。種族差が顕著に出るといえば、猫人族だろう」

「気まぐれやで浮気にも寛容な種族だって聞きました」


 ブナンの奥さんが、灰猫族だって話だ。

 ただし、ブナンの奥さんは例外で、尽くすタイプで嫉妬もするとのこと。


「ああ、それは間違いではないが、浮気に寛容なのはむしろ男のほうでな。一妻多夫の家庭も珍しくない。しかも、同時に複数の夫の子供を妊娠することもあるのだとか」


 それってすごい話だ。

 双子が生まれたのに、父親がそれぞれ違うことがあるということか。


「変わった種族でいえば、白狼族も凄い種族だった。平均六人くらいの同年代の男女でひとつの集団(コミュニティ)として生活をしているのだが、そのうち結婚し、子供を作れるのは最も強い男女だけという掟があった」

「ということは、残りの四人は?」

「協力して子供を育て、いつかは自分が子供を作りたいと修行を積む。もっとも、これは主人を持たない白狼族の場合であって、強い個人に率いられる白狼族たちはその主人に従い子供を作るのだがな」

「白狼族って聞く限り戦闘種族っぽいですが、そんな種族を率いることができる人っているんですか?」

「滅多にいない。つい最近も、ひとりの白狼族によって東大陸の国が一つ落とされ、獣人の国が興ったばかりだ」


 その白狼族はかなりバトルジャンキーらしく、自分と戦って勝てば国を丸ごと譲ってやると言っている。

 そのためか、毎日挑戦者がその国に訪れるそうだが、いまのところ、その白狼族に勝ったのは同じ白狼族の女性だけだそうだが、勝った白狼族の女性は王の座を必要とせず、すぐに旅立ったという。


「滅多にいないということは、そんな白狼族を纏めた人がいるんですか?」

「ああ、二人な。勇者と魔王だ」


 ……えー、この世界って勇者と魔王とかいる世界だったの?

 ていうか、迷宮を作って魔物を生み出してる俺って、魔王と勘違いされないか?

 不安に思ったが、魔王は十年以上も前に勇者によって倒されているのだとか。

 よかった、安心した。

 しかし、戦闘好きの白狼族……うん、絶対に近付かないようにしよう。


「他に獣人とかいるのですか? ケンタウロスとか」

「ケンタウロスは遥か昔に絶滅したと聞くが、人魚族などは有名だな」

「いるんですかっ⁉」


 人魚って、まるでファンタジーじゃないか。

 あ、魔法がある世界だからファンタジー世界か。

 できることならお会いしたいものだ。

 もちろん、浮気ではない。ただの憧れという意味で。


「そうだ、人魚族の絵ならあるぞ」

「本当ですか? 女性ですか? 男性ですか?」

「女性だ」


 よかった。

 男の人魚なんて見ても面白くない。

 彼女は羊皮紙の束を取り出した。

 様々な動物や獣人の絵が描かれている。

 その中から一枚の絵を取り出し、俺に見せた。


「……え」

「人魚と言っても、魚の特性はほとんど持ち合わせない。人はエラ呼吸ができないから当然だな」


 あぁ、うん。

 そもそも、獣人は獣の人って書くんだから、魚人とは違うのはわかる。

 そして、彼女の種族もよくわかる。


「その種族は海象(カイゾウ)族といってな、足の部分がまるで海獣のようになっていることと、海に二時間以上潜っていられるのが最大の特徴だ」


 テルさんはそう語ったが、もっと大きな特徴があるだろう。

 女性だが、立派な髭が生えていることとか、その立派な体格とか。


 俺の人魚への憧れはものの見事に打ち砕かれたのだった。

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