第六十二話「クロワドラン領事館」
「クロワドランの王国の土地だと――まさか、貴様っ!?」
ガメイツが声を上げた。
「おぉ、さすがはガメイツの旦那だ。もうわかったのですか」
ブナンは不敵な笑みを浮かべて宣言する。
「ええ、この縄の中および迷宮の中はクワンドラン王国の領事館になりました。国際法において外交特権を有し、その敷地は不可侵であり、何人たりとも領事館大使の同意無しに立ち入ることが出来ません。また、その敷地内においては我が国、クワンドラン王国の法律が適用されます」
「バカを言うなっ! この縄が領事館の敷地だとっ! 領事館の設置には国の代表者、つまり国王陛下の許可なしにはありない! 無効だ!」
「国王の許可ならとってるぜ」
その声はコテージの中から聞こえてきた。
中から現れたのは俺の見知った人物だった。
「サンダーっ!?」
そう、つい先日この島に訪れ、ドラゴンと戦っていた冒険者のサンダーだった。
「よう、久しぶり……ってほどでもないか。頑張ったみたいだなジョージ」
「ああ……でもなんでサンダーがここに? トニトロスもいるのか?」
「あいつはちょっと別の仕事でな。ここには俺だけだ」
「おい、いったいなんなんだ!」
シットーが怒鳴りつけた。
「おっと、失礼したな。俺の名前はサンドロフ・フォン・クロワだ」
「そんなことを聞いているのではない。国王の許可を取ってるとはどういうことだと聞いて――」
「お待ちください、シットー殿」
ガメイツがシットーを制して、サンダーの方を見て尋ねた。
「クロワ……だと……」
「ああ、ガメイツの旦那もご存知のようだが、クロワは王家の分家を意味する。分家とはいえ、一応あいつも国王の孫で、第七位王位継承権を持っているんだけどな」
「そういうことだ。で、祖父さん――アルドラン・フォン・クロワドランは息子に厳しかった分、俺たち孫には甘くてな。好きに冒険者もやらしてもらってるし、ほら――」
サンダーは羊皮紙で書かれた書状を開いた。
そこにはこの世界の文字でなにか書かれているが、内容はわからない。
わからないけれど、想像はつく。
この土地を領事館として認めるというものなのだろう。
それにしても、サンダーが国王の孫だとは思わなかった。フロンは王家の分家の人間だと予想していたが、流石にそこまで身内だとは思わなかった。
「そういうことです、ガメイツの旦那。シットーさんよぉ、もうフロンの嬢ちゃんに手を出すのは諦めるんだな」
「ガメイツ殿、どうにかならないのかっ!」
シットーが怒鳴りつけ、ガメイツが苦虫を噛み潰したような顔になったが、何も言わなかった。いい案が思いつかないのだろう。
「これで終わりだな、坊主。領事として頑張るんだぞ」
「え? 領事として?」
「ああ。ここに書いてあるだろ? なお、領事として『ジョージ』を任命するってな」
嘘だろ、俺が領事だって!?
どこの馬の骨ともわからない俺に領事をさせるように言われて、国王陛下は簡単に許可を出したっていうのか?
孫に甘いどころの話じゃない、下手したら国が傾くぞ。
「お前が領事にならないのなら、この領事館が無効になり、フロンの嬢ちゃんが困ることになるぞ」
「ああ、わかった! なる、なるよ」
テンツユが拍手で俺の領事就任を祝い、それに合わせるようにケルとベルが吠えた。
ブナンの奴は笑ってやがる。
くそっ、最後まで俺に計画を明かさなかったのはそのためか。
計画を一から聞いていたら、俺は必死になって領事なんて面倒な職をブナンに押し付けようと躍起になっていたはずだ。
だが、この場所でごねることはできない。それはガメイツに隙を与えることになる。
俺には領事になるしか選択肢がなかった。
まぁ、これで全部終わりだ。
領事がどんな仕事かは具体的にはわからないけれど、この島の治安維持とかならいままでと変わらないからな。
あぁ、最低限、こっちの世界の言葉を理解できるようにならないとな。
駅前留学とかそういう便利な施設があったらいいのに。
「待ちな!」
全部終わったと思ったその時、また声が響いた。
「なっ!?」
振り向くと、そこには死んだと思っていた傭兵の一人が血まみれで立っていた。
その腕には、MPを使い果たしてぐったりしているフロンが捕まっている。口を布で塞がれ、喋れずにいた。
その目は涙目になっていて、とてもつらそうにしている。
「生きていたのか」
血まみれで横たわっていたから、全員死んだと思い込んでいた。
全部、最後まで確かめなかった俺のミスだ。せめて地図で確認していたら、生きているかどうかくらいわかったはずなのに。
「全部、全部お前のせいだ。お前のせいだ、お前のせいでお前のせいでお前のせいだ」
話が通じない。まだ錯乱しているのか。
「俺と一対一で戦え、ジャーマン! じゃないとこの女の命はないぞ」
「おい、落ち着け! それは犯罪だぞ!」
俺がそう言ったときだった。
「シットー殿! もしもここであの小僧が領事館の敷地の外で死ぬようなことになったら好機――いえ、大変です」
「領事館の外で死ねばどうなるのかね?」
「犯罪者の男はわが国で直ぐに逮捕しましょう。当然、あの獣人も人質になっているわけですから、参考人として招致しないといけません」
「獣人が逆らうのでは?」
「国際法上、主人のいない奴隷が犯罪に巻き込まれた場合、強制召喚することが認められています」
「なんとっ!」
くそっ、全部終わったというのにややこしいことになった。ガメイツの言っていることは無茶苦茶なように聞こえるが、ブナンが表立って反論しないということはそういうことなのか。
このまま俺がこの敷地の外に連れ出されたら――
「外野は黙ってろ! 俺はジャーマンと一対一で戦えたらそれでいいんだ」
傭兵が怒鳴りつけた。
奴はガメイツやシットーの思惑に乗るためではなく、完全に俺への復讐心のみで動いているのか。
何故、俺のことをそこまで恨むのかわからない。
マンドラゴラの叫び声の影響が抜けていないのか、それとも元々こういう男だったのか。
「ああ、わかった。戦ってやるよ。ただし、フロンを解放しろ」
「おお、いいぜ」
傭兵はそう言って剣をこちらに向けた。
俺は拳を構える。
「おいおい、武器はないのか?」
「ああ、石斧はあるが、人間相手に使うには慣れてないからな」
「いい度胸だ。なら俺も素手だ。お前の顔を原型をとどめないくらいボコボコにしてやるよ」
傭兵はそう言って剣を収めて殴りかかってきた。
顔面を狙ってきた単調な突きを、俺は体を翻して躱す。
その隙を見て、テンツユがフロンを持ち上げて連れ出し、ケルとベルが口に巻き付けられた布を後ろから噛みちぎった。
傭兵はそんなことをお構いなしに俺に殴りかかってくる。
「フロンちゃんは無事よ! みんな、ジョージくんを助けて」
クラリスさんが援護の要請をしてくれた。
「その必要はねぇよ」
クラリスさんの訴えをサンダーがバッサリ断った。
ああ、そうだ。必要ない。
「なんでだ、なんで当たらない!」
傭兵の拳を俺は全て紙一重で躱す。単調なパンチだから躱すのは容易い。
「ご主人様は強い方とばかり出会ってきたので気付いていないのです、自分の実力を」
フロンの声が聞こえてきた。俺が実力に気付いていない?
そんなわけないだろ、フロンは俺のことを過大評価しすぎだ。
俺は戦闘に無縁な世界で生きてきたただの社畜サラリーマンだぞ?
ただ、相手が弱すぎるってだけだ。
「本当になんでこんなので傭兵をやっているんだ」
俺はそう言うと、パンチをしゃがんで躱し、鳩尾を思いっきり殴りつけた。
「ぐはっ!」
想像以上に痛そうな声を上げて、傭兵が一歩、二歩と後ずさる。
そして、そいつは恨めしそうに俺を見ると、前言を翻して剣を抜いた。
「それは反則じゃないか?」
「黙れっ!」
「…………」
わかった、黙ってやるよ。
その代わり、俺も武器を使わせてもらおう。
俺は黙ってホイッスルを取り出した。
「それでなにをするつもりだ」
なにって、ホイッスルですることなんてたった一つだろ?
俺は思いっきりホイッスルを吹いた。
ピーっと広場周辺にホイッスルの音が鳴り響いた――その時だった。
森の中から、亀に乗ったスライム――うどんとマシュマロが現れた。
「おまえは、あの時の亀っ!?」
驚き声をあげている間に、マシュマロの口から出た溶解液が傭兵の目に当たった。
「ぐあぁぁぁぁ、目がっ」
視力を失った相手に容赦なくうどんが体当たりをする。
二匹には、万が一フロンが連れていかれそうになったときは力尽くで取り戻すように命令してあった。ついでに、ホイッスルの音がなったら駆けつけるようにとも。
二匹が俺の従魔だって知っているのはブナンだけだから、野生の魔物が襲ったと言い訳できると思ったのだ。
どっちにしろ、これで終わりだな。
と思ったら、男はまだあきらめていないようだ。
「まだだ、まだ終わらない! お前ら、この女の命が惜しければ一歩も動くんじゃねぇ!」
男は半分失った視力で人質になりそうな人物を見つけ出し、隠し持っていたナイフを首すじに突き付けた。
全員に緊張が走る。
だが、その緊張の理由は、フロンが人質に取られたときとは大きく理由が異なった。
「ほう、妾が人質とはそれは愉快じゃな」
そう言って人質の少女――女神トレールール様は面白そうに笑ったのだった。
いまさら女神




