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第六十一話「最後の仕上げ」

 傭兵たちが攻めてくる心配がなくなった俺とフロンは、六階層で手斧を使って黙々と木を伐採し、木製のバリケードを製作していたテンツユと合流して、通信札を使ってブナンと連絡を取ることにした。


『そうか……マンドラゴラを抜いて同士討ちか……』


 俺は事の顛末をブナンに報告すると、彼はため息をついた。手放しに喜べる話ではない。というより、俺とフロンが助かる道の中では一番最悪なあらすじだった。

 マシューの最後の頼みが二匹の狼の保護だとするのなら、マシューの最後の願いは自分を殺した相手への復讐だった。

 俺には彼を止めることはできなかった。

 いや、止める資格がなかった。そもそも、仲間割れさせたのは俺の作戦だったのだから。もしもマンドラゴラと出会う前に奴らがうどんと出会わず、ケルとベルが本調子だったとしたら他の傭兵も狼たちの報復を恐れてマシューを殺めたりしなかったかもしれないのだから。

 正当防衛ではあるが、だからといって全ての罪悪感が帳消しになるわけではなかった。


『こんな時だが、いい報せだ。こっちの準備が整った』

「本当ですか?」

『ああ、戻ってこい。ただ、フロンの嬢ちゃんは一階層の自分の部屋で待機してくれ。聞いた話だと、もうMPもないんだろ? 荒事になったら困るからな』


 フロンは風刃を使ってから、マシュー、俺のあとケルとベルの治療も行っていた。二匹を縄の結び方がとても荒く、肉に食い込むくらい結んであり、急ぎ気功で治療しないと足が壊死する可能性があったからだ。

 そのため、移動中は俺に背負われ、とても申し訳なさそうにしていた。


「そうさせてもらいます。本当に大丈夫なんですよね?」

『ああ、大丈夫だ』


 ブナンがそういうので、俺は地上に戻ることにした。途中、四階層に向かうまでのバリケードをテンツユと一緒に壊しているときは、作るときはあんなに時間がかかったのになぁと少し悲しくなったりもした。


「じゃあ、フロンはここで待っていてくれ。俺は直ぐに戻るから」


 傭兵たちに荒らされた俺たちの部屋にフロンを休ませる。

 一階層の歩きキノコの部屋の前の落とし穴は再設置しているので、ここなら魔物に襲われる心配はない。


「はい、ご主人様。ご武運をお祈りしています」

「ご武運って、もう戦うことはないと思うぞ」


 俺はそう言って去った。

 それにしても、俺もだいぶ筋力がついたものだ。フロンをここまで背負ってきたのに、それほど疲労はない。

 毎日海にいっては倒木を運んできたり、海に続く道の開拓をした成果だろうか? 元々肥満体形ではなかったが、そろそろ腹の筋肉とか割れているかもしれない。

 ブラック企業に勤め、筋トレするくらいなら眠っていたかった頃とは随分見違えたものだ。

 そして、久しぶりの地上に、俺は大きく息を吸い込む。

 海から近いこの場所では、僅かに潮の香りがする。

 妙に懐かしい。

 広場は一昨日より散らかっているな。傭兵たちが残していったゴミが散乱している。

 ただ、広場の周りを囲むように、ロープが張られているがこれはなんなのだろうか?


「おかえりなさい、ジョージさん」


 待っていたのはブナンではなく、クラリスさんだった。


「ただいま、クラリスさん。一日会っていないだけなのに、随分久しぶりな気がします」

「ご苦労なさったんですね。詳しくは聞いていませんが、顔を見ればわかります」

「ははっ……ブナンさんはどこですか?」

「いま、ガメイツさんとシットーさんを連れてこちらに向かっています」

「――っ!?」


 あの二人をここに連れてくる? それって大丈夫なのか?


「大丈夫ですよ。もう手出しはできないはずですから」

「手出しができないって、どういうことですか?」

「それはこの場所が――」


 クラリスさんが説明しようとしてくれたその時だった。

 ブナンがやってきた。ガメイツとシットー、さらに残った四人の傭兵も同じだ。


「なっ! 貴様は生きていたのかっ!」


 ガメイツは俺を見るなり声をあげた。


「ガメイツさん、彼は?」

「奴です――奴がジャー――」

「彼はジョージ君ですよ。シットーさん」


 ブナンがシットーに説明した。

 しかし、俺の名前に聞き覚えがないらしいシットーは首をかしげる。


「ジョージ? 誰ですか?」

「例の獣人の主人を名乗る人間です」


 ガメイツが説明すると、シットーは理解し、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべた。


「なるほどなるほど……諦めて素直に地上に出て来てくれたのですか。私が雇った傭兵はコテージで祝杯でしょうか?」


 自分が雇った傭兵六人が仲間割れして全員死んだとは思っていないらしい。


「ジョージさん。私の獣人が随分と世話になったみたいで。では、さっそくですが彼女を返してくれませんか?」

「それはできません、シットーさん」


 断ったのはブナンだった。


「どういうことだね?」

「あなたが所有していたという獣人は、嵐の日に海に捨てられたという記録があります。隷属の首輪のついた者――我が国では奴隷と呼ばれていますが、奴隷が捨てられた場合、最初に見つけた者が主人になる権利があると法律で決まっています。ましてや、海に捨てられるなど人権への配慮が欠く行為があったと確認できた場合、奴隷の訴えによりその身分から解放されるという決まりがあります」

「獣人に人権などあるわけがなかろうっ!」


 ガメイツが激昂したが、シットーは笑みを浮かべて彼を制した。


「ブナン殿、あなたの言うことは理解できます。しかし、この島はあなたの国ではありません。全ては海の上、そしてこの島で起きたことでしょう? 国際法においてどの国にも属さない土地で獣人――あなたの国では奴隷と呼ぶのでしたかね? に関するトラブルがあった場合は、所有者の国の法律が適用されるという決まりがあります。あなたの国の決まりを持ち込まれても困りますよ。119番は捨てたのではなく、嵐で船が沈んだトラブルに乗じて逃げたと報告を受けています」

「フロンは動けなくなるまで船を漕がされ、動けなくなったら捨てられたって言ってたぞ!」

「黙れ、盗人風情が。勝手に名前なんて付けおって。貴様も大切な商品を傷物にしたことに対する賠償請求を行うから覚悟しておけ」


 シットーが俺を睨みつけていった。

 さっきまでの丁寧な口調とは大違いで、こっちが本性なのは明らかだ。


「そういうことです、ブナン殿。さぁ、119番を渡してもらおうか」

「おっと、シットーさん。そこを無断で越えたら領土侵犯だぜ」


 ブナンの突然の物言いに、シットーの足が空中で止まる。


「領土侵犯……だと?」

「ええ。なにしろ、そのロープの向こうは既に私たちの、クロワドラン王国の土地ですから」

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