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第六話「フロンの背中」

 キノコの味は、まぁ美味しかった。ただ、素材の味しかしない。

 海水から塩でも作るか? いや、鍋の水を全部煮詰めようと思ったら時間がかなりかかりそうだ。その間ずっと張り付いていると、他の仕事ができないだろう。

 塩田を作ってみる? 道具も知識もないしな。

 そもそも、海水から塩を作るのって、かなり時間と労力を必要とする。煮詰めればいいだけだろ? と思うかもしれないが、海水の塩分濃度はたったの三パーセント。消費税よりもはるかにお得なパーセンテージだ。つまり、一リットルの水を沸騰させて得られるのは僅か三十グラム、大匙二杯程度だ。

 消えない松明を使えば、効率よく塩づくりできるかもしれないが、しかしそれでも時間は必要になる。

「フロンがいた国では塩はどんな風に手に入れていたんだ?」

「塩ですか? 商店で買いに行っていました」

「あ、いやそういうことじゃなくて、塩はどこで採れたんだ?」

「遠くの国に塩でできた砂漠があるらしく、冬の間、そこを掘ればいくらでも手に入れることができるので、その国から輸入していると聞いたことがあります」

「そんな場所があるのか――で、なんで冬だけなんだ?」

「その国はジメジメしていて、冬以外は塩が水を吸って湿原になるのだそうです」

 あぁ、湿気の多い場所に塩を置いていたら溶けるアレか。

 それが砂漠全体で起きるとしたら、そりゃ湿原にもなる。

 面白いけど、塩づくりに活かせそうにはない。

 岩塩でもあればいいんだがな。

 食後、俺とフロンはふたりで砂浜に行き、服の入った木箱や漂流物を回収。といっても、ほとんどゴミばかりで、食べ物はなかった。

 その後、俺は釣り、フロンは食べられそうな貝や海草を集めてくれた。

 釣りの結果、俺は坊主。フロンはフジツボのような貝をいくつか集めてくれ、夕食は残りのキノコと、フジツボと海草の塩スープ(海水を水で薄めて煮た)と少しだけ豪華になった。

 一番の成果は、木箱の底に男物の服が数点あったことだろう。

 これで着替えの確保もできた。

 あぁ、俺、いまスローライフ過ごしてるなぁ……思ってたのと全然違うけど。


 あれ? じゃあ俺が思っていたスローライフっていったいなんなのだろうか?


   ※※※


 俺は音が外に漏れないように生唾を飲み込む。

 目の前にはフロンの背中――そう、俺は現在、フロンの背中を拭いていたのだ。


 それは夜のことだった。

 使えない衣服を丸めて枕にして、迷宮の一室で寝ていた。安全のため、フロンとは同じ部屋で寝ていたのだが、誰かが俺の頭を撫でていた。誰か?

 そんなの、この部屋には俺とフロンのふたりしかいない。

 フロンのあまりの可愛さに、自分の理性を保てるか不安だったけれど、こんなことされたら俺はもう我慢の限界だ。

 俺は起き上がり、彼女に抱き着こうとした。

 そこにいたのはフロンではなく、歩きキノコだった。

「ご主人様っ!」

 部屋の入り口にいたフロンが駆け寄り、歩きキノコを掴んで投げ、

「狐火!」

 と炎の玉で歩きキノコを焼き殺した。

 今日は一発で仕留められたようだが。

「お怪我はありませんか、ご主人様」

「あ……あぁ。しかし、歩きキノコは昨日倒したはずなのに。」

 改めて地図を見る。

 すると、Cの部屋で歩きキノコが二十匹ほど発生していた。他の部屋にも数匹の歩きキノコが発生している。いや、地図を見る限り、Cの部屋から出たようだ。

「歩きキノコの発生源は昨日の部屋か……フロン、迷宮って魔物は自動的に湧き出るものなのか?」

「はい、迷宮はそういう場所です。すみません、警戒していたのですが、少し別の部屋に行っている間に入り込まれたようです。罰ならいかようにも――」

「そういうのはいいから。むしろ助けてくれてありがとうな」

 しかし、これじゃおちおち眠れやしない。

「ご主人様。先ほど歩きキノコが胞子をつけていたようですので、一度体と服を洗った方がよろしいかと思います」

「あぁ……そうだな」

 頭からキノコが生えたら怖いし。

 幸い、水は大量にある。タオルも木箱の要らない布切れを使えば代用できるからな。

 俺は水飲み場付近に歩きキノコがいないことを確認すると、そこで頭を洗い流し、ついでに上半身裸になり、体を拭いた。

 変な汗かいたからな。

「ご主人様、お背中を拭きます」

「わっ、フロンっ!?」

 いつの間に――ってずっといたのか。

「いや、自分で拭けるから」

「拭き残しがあってはいけませんから。背中からキノコが生えてきてしまいます」

「……お願いします」

 俺はそう言うしかなかった。

 頭から生えるだけじゃなかったのか。


 フロンが水で濡らした布で俺の背中を拭く。最初、水の冷たさに驚き、そして上半身裸の状態で美少女に清拭されている背徳感で恥ずかしくなる。

 でも、それ以上に気持ちがよかった。

 日本にいた頃って、体を洗うのはただの作業でしかなかった。風呂にゆっくり入る時間があったら眠りたい。むしろゆっくり入っていたら風呂の中で寝てしまう――そんな環境だったから、体を綺麗にすることを楽しむ余裕なんてなかった。ましてや、誰かに体を洗ってもらうことなんてほとんどない。母親に洗ってもらうのも幼稚園を卒園するとともに卒業した。せいぜい理容室で髪を洗ってもらうくらいだ。

「ありがとう、フロン。お陰で綺麗になったよ」

「それでは、下の方を洗いましょう」

 フロンがそう言って、俺のズボンを脱がしにかかってきた。

「いや、待て! 下は大丈夫だ! キノコに触られてもいないし」

「確かに、下半身からキノコが生えたという報告はありませんね」

 フロンが納得するように頷いた。

「そういえば、さっき歩きキノコを投げたとき、フロンも胞子がかかってなかったか?」

「はい。ご主人様の許可をいただければ、洗身したいと思います」

「勿論いいよ」

 フロンは薄い笑みを浮かべて俺に感謝の言葉を述べると、水で髪を流しはじめた。髪を洗う女性の仕草って、どうしてこう艶めかしいんだろう。

 と、あまり見ていたら悪いな。ひとりで部屋に戻ろうかと思った、その時だった。

 フロンが徐に服を脱ぎ始めたのだ。

 フロンは後ろを向いているので綺麗な背中しか見えない。ここで俺は去るべきだろう――そう思ったが、俺の口から出た言葉は違った。

「背中、拭こうか?」

 そんな言葉だった。


 そして、俺はフロンの背中を拭くことになった。

「フロンの背中って綺麗だよな」

 ひどい扱いをうけていたと思ったけれど、傷はない。

「はい。私はまだ買い手のついていない商品でしたから、傷などはありません。前のご主人様は、私が妖狐であることを知って、値段が上がる頃合いを見計らっていたのだと思います。船が沈んだ時、私を小船に乗せたのも私の価値が高かったからだと思います。他の獣人は沈没する船とともに海に沈みましたから」

 フロンが悲しそうに言った。

 俺は勘違いしていた。フロンだけが海に捨てられたのだと思っていたが違った。もっと大勢の人が死んでいるんだ。人として扱われることなく。


「明るくなったらさ、海に行って、祈りを捧げよう」

「お祈りですか?」

「ああ。女神様に導かれて、みんな幸せな来世を過ごせるように」

「はい、それはとても素敵なことだと思います」


 フロンの表情が少しだけ明るくなった気がした。

 しかし、キノコはどうにかしないといけないな。

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― 新着の感想 ―
[一言] >キノコの味は、まぁ美味しかった。ただ、素材の味しかしない。 >海水から塩でも作るか? 海水に浸して焼いたら良いんじゃないかな。 
[気になる点]  キノコの味は、まぁ美味しかった。ただ、素材の味しかしない。  海水から塩でも作るか? いや、鍋とかないと難しいかな。  塩田を作ってみる? 道具も知識もないしな。海の水を集めて煮詰め…
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