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第五十九話「裏切られた男」

 時刻は朝の十時くらい。

 狼に顔を舐められた小太りの魔物使いの男が目を覚まし、他の仲間を起こす。

 四時間くらい眠ってくれたようだ。

 あとは六時間。

 正直言って、これ以上、突拍子の無い作戦は用意していない。


 傭兵たちは移動を開始した。

 四階層に続くバリケードを壊すのに、最初より時間がかかっていた。斧を持っていた仲間がいないためだろう。

 四階層では、ミニタウロスやワイルドボア、ワイルドベアたちが傭兵たちの前に立ちはだかるが、それらもなんとか撃破している様子だ。


『本当にこの先にいるんだろうな?』

『はい、奴らはこの先です』


 やはり狼の嗅覚が厄介だ。四階層まで来ると、俺たちの匂いがどこにあるのか気付いたようで、一直線に五階層までやってくる。これ見よがしに設置していたスライムイーターの罠も、二回目は通用しなかった。狼が先行してスライムイーターを噛みちぎった。もともと裸の狼ならば、仮にスライムイーターが成長したとしても損害は少ないと踏んだのだろう。

 そして、奴らはとうとう俺たちのいる階層へとやってきた。


『間違いない、ジャーマンはあっちの部屋だ』


 魔物使いが真っすぐ奥の部屋を指さしたが、別の男が、


『おい、あっちから声が聞こえるぞ』


 と左の部屋を指さす。それに、別の男も同調した。


『ああ、男と女の声だ』

『あっちだな――』


 俺とフロンの声を聞き取った二人も左の部屋を指さす。


『待ってくれ、狼たちが匂いは奥からだと』

『狼の鼻なんてあてになるか。声があっちから聞こえるんだ、あっちにいるに決まってるだろ』

『狼は耳が悪いんだな』


 傭兵たちは笑って左の部屋へ向かった。

 結局、魔物使いの男もついていく。

 そこで、彼らが見つけたのは、一匹の亀――つまりうどんだった。


『メー(いらっしゃーい)』

『は? なんだ? この亀。ジャーマンたちはいないのか?』

『どこにもいねぇな。声は確かにこっちの部屋から聞こえたのに。奥の部屋に逃げたのか?』


 ははは、罠にはまったな。

 当然だ、さっき傭兵たちが聞いていたのは、録音札に吹きこんだ俺とフロンの声であり、うどんの腹に貼っていた。

 そして、うどんのことは、俺とフロンしか知らない。

 つまり、うどんが何をしても俺たちが罪に問われることは……たぶんない。奴らもうどんは野生の魔物だと思っているようだ。

 この嫌がらせは後に別の展開に繋がる。

 まずは、うどん。

 お前の力を見せてくれ!


『メー!(いっきまーす!)』


 うどんの口から出たのは大量の泡だった。

 うどんのスキル、バブルボムだ。


 シャボン玉サイズの泡が傭兵たちに向かって飛んでいく。


『なんだ、こんな泡』


 傭兵のひとりが剣で泡を叩き割った瞬間、泡は連鎖的に割れていき、衝撃となって傭兵たちに襲い掛かる。部屋全体に広がるその衝撃から逃げる術はない――甲羅の中に身を潜めていたうどん以外は。

 もっとも、軽い脳震盪を起こすだけで肉体的なダメージはほとんどないのがバブルボムの欠点でもある。


『くそっ、頭がくらくらする』

『ああ、狼たちが……なにをしやがるんだ、この亀は』


 一番ダメージが大きかったのは狼だったようだ。

 よし、これで逃げる時に有利になる。


『おい、また泡を吐かれたら厄介だ。無視して奥の部屋に向かうぞ』

『メー(いってらっしゃーい)』


 魔物使いの男は狼二頭を抱え上げ、傭兵たちとともに奥の部屋に向かった。

 当然、そこに俺たちはいない。

 行き止まりだ。


『なんでだ! なんでジャーマンがいないんだ』

『だから、狼たちはこっちじゃないって言っていただろ』

『うるせぇ、声は確かにこっちの部屋だったんだ!』

『おい、待て。あれを見ろ』


 傭兵のひとりが気付いたのは、マンドラゴラの頭だった。


『マンドラゴラだ、間違いない』

『マンドラゴラ……ここにいる六人で割っても、今回の報酬以上だ。契約違反の違約金を払ってもお釣りがくるぞ』

『こんな迷宮に生えてるなんてな。ははっ、これはついてやがる』


 それを見て、傭兵たちは目の色を変え、そして魔物使いの男に言った。


『おい、その犬っころにマンドラゴラを抜かせろ』

『断る! この狼たちは家族だ! 家族を危険な目に合わせられない』


 よし、予想通り揉め始めた。


「ご主人様の仰った通りですね」

「ああ。いまのうちにここから六階層に移動するぞ」


 俺がそう言ったときだった。

 モニターの向こうで思わぬことが起こった。


『ああ、悪かった。そうだよな、狼も俺たちの仲間だ』


 傭兵Aがすんなり謝罪をした。

 あれ? 意外とすんなり揉め事が収まった?

 もっと言い争いになると思っていたのに予想外だった。

 ん? なんだ、謝っている傭兵Aが他の傭兵B、Cに目配せをしているように見えるが……まさか――


『そうか? わかってくれたのならそれで――』


 魔物使いが他の傭兵たちを許そうとした次の瞬間だった。

 後ろから二人の男が近付き、傭兵Bは魔物使いの口に猿轡のような縄を噛ませ、傭兵Cは魔物使いの男の腕を曲げた。肩関節があらぬ方向に曲がった男の悲鳴が、猿轡越しに聞こえてくる。

 抱えていた狼が地面に落ちた。


『おい、殺すなよ』

『ああ、わかってるさ。俺たちが殺せば、女神様から天罰が下っちまうからな』


 妙なところで信心深い男たちは、魔物使いを縄で巻き、動けないようにしたあと、狼たちも縄で結び、マンドラゴラに結び付けた。


『殺すのはマンドラゴラを抜いて錯乱した狼たちだ。愛する魔物に殺されるんだ、お前も本望だろう』


 魔物使いはもがもがとなにか言おうとしているが、足を刺されて悲鳴を上げている。

 なんて酷いことをしやがるんだ、こいつは。


「ご主人様……いえ、なんでもありません」

「フロンの言いたいことはわかっている」


 フロンも敵とはいえ、みすみす人が死ぬところを見たくないのだろう。

 しかも、従魔のことを家族と言って必死に守ろうとする姿には、獣人を奴隷としか見ていないガメイツやオットーとは違う人間味を感じた。


「そうだ、うどんに助けさせれば――」

「ご主人様、うどんにつけた通信札はもうありません」

「そうだった」


 通信札は使い捨て。うどんには、奴らが部屋を通過したら急いで別の場所に向かうように指示を出したのだ。

 いまから追いかけても間に合わない。

 テンツユも同じだ。


 テンツユは先に俺たちがこれから行く六階層の拠点の確保に向かっている。

 諦めるしかない。あいつはそもそも敵なんだ。敵が一人と二匹減ってラッキーじゃないか。

 でも、敵だけど、俺を殺そうという仲間に対してひとり反対ムードだったし、アルミラージの角を盗んでいる仲間を見てもイヤそうな顔をして……いや、結局最後まで止めきれなかっただけでも共犯と呼んでいいんじゃないだろうか? なら助ける義務なんてない。

 そうだ、助ける義務なんてあるわけがないというのに。

 そもそも、ここから助けに行く方法なんて……

 俺は地図を見た。


「フロン……六階層に向かうぞ」

「……はい」

「それで、あの魔物使いと狼二匹を助ける」

「……はいっ!」

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