第五十七話「最終ラウンドの前に」
俺とフロンにとっては、この時間は束の間の休息だった。
ベッド等は森の中に隠したので、布団の中で眠ることができないが、それでもうどんに見張りを任せ、壁を背に座って仮眠を取った。
目を覚ましたとき、俺の肩にフロンがもたれかかっていた。彼女も疲れたのだろう。
俺は小さな笑みを浮かべた。
ここで負けたら、この幸せの日も失われる。俺の命も奪われるかもしれない。
そう思ったとき、俺はフロンの唇にキスをしそうになった。
「……ご主人様」
気付かれたかと思ったが、どうやら寝言のようだ。
「……ご主人様……そのキノコはまだ生焼けです」
俺は思わず吹き出しそうになった。いままで俺の寝言ばかり取りざたされてきたが、フロンも寝言が多いじゃないか。
俺はしばらくその寝言を聞いていようと思った。
「腕だけでもテンツユがかわいそうです……はい、美味しそうと言われても」
おい、夢の中の俺、なにをしてるんだ?
まさかテンツユを食べようとしているのか?
テンツユはいま、所定の位置について待機してくれているというのに。
「ご主人様が仰るのなら仕方がありません」
いや、折れるなよ、フロン。そこは断れって。
テンツユがかわいそうだろ。
「私の尻尾をお召し上がりください」
「食べねぇよっ!」
俺は思わず声を上げた。
「……あ……ご主人様」
フロンは目を覚まし、肩にもたれかかっていたことに気付いてすぐに体をまっすぐ伸ばす。
「すまない。起こしてしまったか?」
「いえ、十分休息は取れました……ふふっ」
フロンは何故か嬉しそうに笑っていた。
俺に尻尾を食べられそうになっている夢を見ていたのに、何故笑えるのだろうか?
うーん、わからない。
「メー? メメー?(起きたのー? ちょっと休んでいーい?)」
モニターを見ていたうどんが尋ねた。
「ああ、休んでいいぞ。あっちで休むか?」
「メー(あっちで休むー)」
うどんは手足と顔を甲羅の中に引っ込めると、光になって消えていった。
使い魔は一度送還してから再度召喚すると、体力や状態異常、死亡状態まで回復して戻ってくる。うどんに教えられてわかったのだが、使い魔は布団で寝るよりも送還されてから再召喚してもらったほうが体力の回復ははかれるらしい。
もっとも、送還するには俺が近くにいる必要があるし、俺の傍にしか召喚できないので、遠くにいるテンツユやマシュマロには使えない手段だ。
うどんは、遠くにいる仲間も、死んでから再召喚してくれたら帰る時間が一時間で済んで楽だよねと、俺たちが寝る前に教えてくれたが、さすがに死に戻りを使い魔たちに推奨する気にはなれない。
それにしても、うどんの奴、のんびりした口調で結構言っていることは合理的だよな。
「ご主人様――あちらでも動きがあったようです」
「ああ、そのようだな」
仮眠を取っていたのは俺たちだけではない。
傭兵たちも目を覚まし、食事をしていたがいまは片付けをしている。
『おい、坊主、起きてるか?』
ブナンから通信が入った。
通信札も残り少なくなってきている。
「ええ、起きています。傭兵たちが再度攻め入るみたいですね」
『ああ。それとだな、傭兵四人が俺とクラリスの嬢ちゃんのところに保護を求めてきた。このままトドロス王国に戻っても罰を受けるだけだから、クワンドラン王国の冒険者として雇って欲しいそうだ。とりあえず受け入れておいたがどう思う?』
「赤い髪の男は、冒険者のことを魔物相手にしか戦えない愚図だと罵っていましたし、俺のアルミラージの角を一番に盗んでいったので信用できないと思います。他の三人はわかりません」
『坊主、どこでそれを見ていたんだ?』
「迷宮の中で起こっていることは大体わかっているので――たとえばスライムイーターはいま青スライム四匹を囲って寛いでいます。傭兵たちの服はボロボロになっているので着るのは無理ですね」
『お前さん、本当にとんでもないな。実は迷宮のボスとかじゃないだろうな?』
「似たようなものだと思っています」
『わかった――とりあえず本当にアルミラージの角を持っているのなら、そいつはクワンドラン王国で預かってから窃盗の罪で投獄させてもらうよ。アルミラージの角は暫く預かっていても問題ないよな?』
「ええ、問題ありません」
お金になるそうだけど、俺には必要ないし、別に返してもらう必要はない。
どうしても返してくれるというのなら、サンダーがこの島に来るときにでも一緒に持ってきてもらって帰してもらえばいいだろう。
「それで、俺は後何時間持ちこたえればいいんですか?」
『向こうと連絡を取っているが、どうも要領を得なくてな。だが、今日の陽が沈むまでには終わる』
連絡?
誰かと連絡を取っているのだろうか?
だが、陽が沈むまでか。あと14時間も残っているということになる。
思ったよりも厳しそうだ。
俺はジャージのポケットの中に手を入れた。
どうやらこいつに頼らないといけないときがくるようだ。
そう思い、俺が取り出したのは真っ白なホイッスルだった。
まさか、あのホイッスルは?




