第五十四話「広場の防衛」
「よっしゃ! テンツユホールインワンっ!」
モニターの向こうで、ドラゴンの首が迷宮の入り口に突っ込んでいた。
俺の合図で、テンツユはドラゴンの巣の中に入っていった。以前、テンツユを追いかけて自分の巣から出てきて、迷宮の中に顔を突っ込んだ。
迷宮の入り口はそこそこ広いが、しかしドラゴンが入れるほど大きくない。
これで暫くの間、傭兵たちは迷宮に手を出せないはずだ。
賭けの要素は強かったが、しかし俺はいけると思っていた。
テンツユはランク1の段階で、ドラゴンから迷宮の出口までにげることができた。ランク3になって速度が増したテンツユなら十分逃げ切れると思っていたのだ。
むしろ、食べても光の粒子になって消えてしまうテンツユのことを餌とみなさず、追いかけてこないのではないかという心配をしていたくらいだ。
「さすがご主人様です! 素晴らしい計画です!」
「ははは、それほどでもあるな」
フロンが褒めてくれたので、俺は鼻高々に宣言した。
誰も傷つけずに防衛。
それには人間を襲わないドラゴンを使うのが一番だと思ったのだ。
広場ではドラゴンの首から下が映っている。
尻尾を大きく振るっている。それに巻き込まれたら困ると、傭兵たちが遠巻きに見ていた。
あ、ひとりの傭兵が剣で斬りかかったが、硬い鱗に剣が弾き返された。
ドラゴンは全然気にしている様子はない。
当たり前だ。サンダーですら相手にされなかったドラゴン。見た感じ、サンダーよりも劣るこいつらを相手にするとは思えなかった。
モニターを階段に切り替える。
『キュキュキュー! キュー!』
テンツユが踊っている。
普通に可愛らしい動きだが、ドラゴンからしたら挑発にしか見えないだろう。
モニターから見るドラゴンの牙は、本当に草食なのか? と思うくらいに鋭く恐ろしい。正直、小便ちびってしまいそうだ。
「このまま一日迷宮を防いでくれたら俺の勝ちなんだがな。そのまま眠ってくれないか?」
「眠り胞子の効果が早ければいいんですけどね」
眠り胞子というのは、テンツユのスキルであり、相手の眠りを誘う胞子を出す。ただし、効果が出るまで五分から十分程度かかるため、胞子を浴びたドラゴンが眠るために自分の巣に戻ってしまう可能性もあった。
そのため、ここはテンツユの挑発で時間を稼ぐしか方法はない。
三十分が経過した。
ドラゴンはいまだに迷宮の前に居座っている。傭兵のことは路傍の石にしか見えていないのか、ガン無視し、迷宮の入り口に前足をつっこみ、テンツユを引きずり出そうとしていた。
広場に男の姿が見える。
傭兵の中に混じって二人の男がいた。
一人はガメイツ、そしてもう一人は知らないガリガリの男だった。
「あの方は……」
フロンはガリガリの男を見て、小さく呟いた。
「知っているのか?」
「ええ。私の前の主人の弟、シットー様です」
「前の主人の弟か。フロンの前の主人の代理人ってところだな」
無人島に来ているとは思えないオシャレさんだ。ジョージ式ファッションチェックでは七点と評価しよう。もちろん、百点満点で。
本当に、なにを考えてるんだ?
無人島を高級レストランかなにかと勘違いしていないかって服装だ。
シットーは激怒して傭兵たちに怒鳴りつけているが、ドラゴン相手ではどうしようもならない。
相手から攻撃してこなくても、傭兵の攻撃も通用しないのだ。
槍で突いていた奴なんて、槍先が曲がって修理していたもんな。
と、ブナンから連絡が来た。
『坊主、あのドラゴン、お前の仕業かっ!?』
いきなりそう質問してきた。
やっぱりバレバレか。
テンツユが目撃されたからな。
「ええ。いい手だと思ったので」
『いい手って……まさか伝説のドラゴンをバリケード代わりに使うだなんて――そんなこと考えるのはお前くらいだぞ。とんでもない奴だ』
「どんな手段でも使えって言ったのはブナンさんですよ」
『ああ、言った。確かに言った。でも、予め教えておいてくれ! 度肝が抜かれたぞ! ガメイツの旦那なんて腰を抜かして、「これはあのジャージとかいう奴の仕業だ! 奴を捕まえてつれてこい!」なんて怒鳴りつけていたくらいだ』
ガメイツは俺の名前を相変わらず間違えている。前のジョンより近いが、それは俺が今着ている服だ。
「俺、捕まるんですか?」
『安心しろ、従魔がドラゴンから逃げただけだし、怪我人は誰も出ていない。そもそも、あいつらが見た歩きキノコと、お前さんの従魔の歩きキノコが同一キノコだっていう証拠はいまのところどこにもないからな』
「よかった、安心しました。では、またあとで」
定時連絡はこれで終わりだ。
だが、俺がいろいろと仕組んでいるのもバレてしまったようだ。
結局、最初にドラゴンが現れてから二時間とちょっと経過した頃、ドラゴンは諦めて巣に戻っていってしまった。
いや、むしろよく二時間も稼げたなと思うくらいだ。
テンツユもドラゴンが去るのを見ると、一目散に階段を下りていった。
『よし、お前ら、さっさと獣人を捕まえてこい! 高い報酬を払ってるんだぞ!』
シットーが叫んだ。
傭兵たちは不満そうだ。報酬については食事中に散々文句を言っていたからな。高い報酬というところに引っかかったのだろう。
『シットーさん、ドラゴンがもう一度戻ってくる可能性があります。獣人が出てくるのを待ったらダメなんですか?』
狼二匹の世話をしていた小太りの男が尋ねた。
『ダメだ! 安心しろ、ドラゴンはもう戻ってこない! 戻ってきたとしても奴は中に入れないことは証明されたばかりだろ!』
戻ってこないって断言しているくせに、戻ってきたときの話をするあたり、シットーという男の言っている内容は支離滅裂だ。
『シットー殿の言う通りだ! 貴様ら、雇用契約に従わない場合は賠償請求対象になることを忘れるでない!』
ガメイツが続ける。
どうやら、傭兵ギルドもかなりブラック企業のようだ。
傭兵たちは顔を見合わせ、頷くと迷宮の中に入っていった。
ガメイツは最後に檄を飛ばす。
『いいか、これは全部、ジャーマンとかいう坊主が仕組んだことだ! 奴はなにをするかわからない。どうせ迷宮の中のことだ、殺しても構わん! 奴の首を持ってきた者には特別報酬を出そう』
俺の首に懸賞金がかけられた。ガメイツのことだ、きっと特別報酬といっても雀の涙ほどの報酬に決まっている。
そんなことで騙されるバカは――
『よし、やったるぞ!』
『ジャーマンとかいう坊主を殺せばいいんだな!』
『俺の手柄にしてやる!』
……大勢いた。しかも俺はドイツ人になっていた。
向こうは殺す気で来るんだし、もうこっちも手加減する必要ないよな?
俺は送信札を取り出した。
さて、爆破の準備だ。




