第五話「迷宮の歩きキノコ」
広場で朝食後、俺の職業や現状について説明したところ、
「迷宮師……そのような職業があるのですか。私は聞いたことがありません」
と、やはり珍しい職業らしく、フロンから得られる情報はほとんどなかった。
「そっか。ちなみに、フロンさんの職業はなんなんだい?」
「ご主人様。私に敬称は不要です」
「え? でも――」
「お願いします。誰かに聞かれたら、ご主人様の立場が悪くなります」
「じゃあ、俺のこともジョージって呼び捨てに――」
「それはできません」
フロンはかなり頑固らしい。
俺の言葉遣いの訂正で話が全く前に進まない状況が十分くらい続いた。
「フロン。これでいいかい――いいか?」
「ありがとうございます、ご主人様」
結局、このように落ち着いた。
フロンはかなり頑固だ。新しい機械を使うとき、説明書通りにしないと気が済まないタイプと思える。
ゲームもラックの組み立ても説明書を見ずに直感で行う俺とは大違いだ。
「それで、フロンの職業はなんなんだ?」
「私の職業は妖狐です」
「妖狐って職業なのか?」
それって種族――いや、むしろ魔物の名前のような気もするんだけど。
「茶狐族と白狐族の中から稀になることができるユニーク職業です。以前のご主人様も高値で売れると大変喜んでおられました」
高値で売れるって、人身売買もあるのか。
合法か非合法かは知らんけど。
「妖狐ってなにができるんだ? 例えば変化とか?」
「いえ、変化はできません。私はレベルが低いのでできるのは狐火くらいです」
「狐火?」
「はい――お見せしましょうか?」
「頼む」
俺が言うと、フロンは「狐火!」と声を張った。
直後、彼女の目の前に青白い火の玉が浮かび上がる。
「これが狐火です」
「へぇ……まるで魔術だな」
「似たようなものですが、見習い魔術師のプチファイヤと違い、自由に動かせるので便利です」
フロンはそう言うと、指を上下に動かした。それに合わせて火の玉が上下に動き、そして消えた。
俺は思わず拍手する。
それに合わせてニッコリとほほ笑むフロンに、見とれてしまった。
ん? フロンの狐火が凄くて思わず聞き流したけど、魔術ってやっぱりあるのか。
まぁ、ゲームみたいな世界って言っていたからな。
「あぁ、そうだ。今度は俺の番だな――ええと、さっき説明したように、一階層ってのが追加できるみたいなんだ」
「追加したらどうなるのでしょう?」
「わからないけど、財宝や魔物を召喚できるようになるかもしれないし、他の機能も追加されるかもしれない。どっちにしろ、ここでなにもしないとジリ貧だからな」
俺はそう言うと、管理メニューから一階層追加を選択した。
迷宮の奥から音が聞こえてきた。
十秒ほど続いて止まる。
俺はいきなり中に入ることはせず、地図を確認する。
どうやら、地下の廊下が伸び、部屋が七つ。さらに地下に続く階段が追加されたようだ。
部屋はそれぞれA~Gまでアルファベットで振り分けられていた。
「ん?」
迷宮の北東の部屋――Cの部屋で赤い点が動いている?
魔物管理の項目がアンロックされていた。
俺はそれを選択する。
【歩きキノコ――1―C】
やはり魔物で間違いないらしい。
「フロン、歩きキノコって知ってるか?」
「はい。知能も低く、とても弱い魔物です。迷宮に出現する歩きキノコを倒すと、食用キノコをドロップします。とても美味しいキノコです。基本は無害な魔物ですが、寝ている人に近付き、頭に胞子を付けます。その状態で数週間頭を洗わないと頭にキノコが生え、栄養を奪われて死ぬと言われています」
冬虫夏草みたいなやつだな。
それだけ聞くと、近くで戦いたくない。
「狐火で倒せるか?」
「一日十匹までなら倒せます」
「よし、倒しに行くか」
寝床に魔物が発生しても落ち着かないしな。
俺たちは階段を下りた。
「ご主人様、部屋が増えていますね」
「本当だな――あ、歩きキノコはこっちだ」
「おわかりになるのですか?」
「地図があるからな」
俺はたいして複雑ではない迷宮を進み、目的の部屋に辿り着いた。部屋と通路、部屋と部屋との間に扉はなく、部屋に入らずとも中の様子はわかる。
俺が見たのは、中型犬くらいの大きさの、茶色傘のキノコが歩いているところだった。ユルキャラのような丸い足が生えたキノコが歩いている。
鋭い牙や爪、嘴なんかがない分、脅威はあまり感じない。
だが、逆にここがファンタジー世界なんだという実感を得ることには成功した。迷宮よりも獣人よりもファンタジーな存在だ。どちらかといえばファンタジー世界の勇者より、有名な配工官にでもなったような気分だけど。踏めば倒せそうだ。
「じゃあ、フロン。頼む!」
「かしこまりました――狐火!」
フロンがそう言うと、青白い火の玉が歩きキノコに直撃した。
倒せたのか?
と思ったら、焼き焦げた歩きキノコ――歩き焼きキノコがこっちに向かってきた。
「フロン、もう一発だ」
「すみません、狐火のクールタイムは二十秒あります。逃げながら時間を稼ぎましょう」
「逃げ――あぁ、わかった」
焦ったけれど、こっちに向かってくる歩きキノコの速度は人間の歩く速度より僅かに遅い。そうだよな、走って追いかけてくるなら歩きキノコじゃなくて走りキノコになるもんな。
俺たちはのんびり歩いて歩きキノコと一定の距離を取り続け、追加の狐火により歩きキノコは昇天した。
「ご主人様、こちらをどうぞ」
フロンが拾ってきたのは、二本の椎茸みたいな形の巨大キノコだった。笠の大きさだけでMサイズのピザくらいある。
それと、砂利のようなサイズの紫色の石。
「これは?」
「魔石です。様々な魔道具を動かす燃料となったり、砕いて錬金術の素材に使用します。集めれば換金も可能です」
「へぇ……」
換金しようにも、店がないんだけどな。
まぁ、集めて損するものでもないか。
その後、俺たちは広場に行き、消えない松明を使ってキノコを焼いて食べることにした。
木の棒にさして焼く。
網と醤油があればよかったのに、などと贅沢は言わないが、せめて塩くらいは欲しいところだ。
それもいまは無理だが。
「じゃあ、これはフロンの分な」
「私がご主人様と同じ量を食べてもよろしいのでしょうか?」
「いや、それを言うのは俺の方だと思うんだけど。歩きキノコをやっつけたのはフロンなんだし」
一応、俺の迷宮で採れたものだから、分け前を貰ってもいいよな? と自分に言い聞かせて一枚食べさせてもらっている立場だ。
「私はご主人様の道具ですから、私が取ったものはご主人様の物です」
道具って、俺、別に主人になった覚えもないんだが。
彼女の命を助けたのは事実だけど、それって人間として当たり前のことだしな。
「あぁ、わかったからふたりで食べよう。お腹が空いたから」
「……ありがとうございます、ご主人様」
フロンが微笑んで頭を下げた。
可愛らしい……本当に。
この笑顔をずっと見ていたいよ。