第四十六話「ブナンの提案」
「――っ!?」
日本人であると言い当てられた事に俺は驚いた。
ナンテンの記憶から、この世界にもかつて日本人がいたということは薄々わかっていたし、モーニングスターのことをコンペイトウと呼ぶネーミングセンスもあって、それはほぼ確定していた。
だが、それでもニホンジンだと言い当てられるとは。
異世界転移してきた人間は珍しくないのだろうか?
「その反応、間違いないな」
そう言ってブナンは面倒そうにため息をつく。
「迷い人は数年に一度現れるんだよ。基本、教会で保護されているはずなんだが、なんでお前さんはこんな場所にいるんだ?」
「教会に保護されるもなにも、気付いたらこの島にいて、この島から出たことはありませんから」
「なるほどな。普通、迷い人が現れる場所ってのは法則があって、そういう場所には一年くらい生きていけるだけの生活物資とアイテムバッグが置いてあるもんなんだが、アイテムバッグすら持ってないどころかその存在すら知らなかった事実に鑑みて、お前さんが嘘を言っていないことはわかるよ」
信じられた。
というか、え? 普通、こっちの世界に来た日本人ってそんなに手厚い歓迎を受けてるの?
あぁ――やっぱり天恵で迷宮師(神)を選んだ弊害だろうか。
「さて、坊主にはこれから大切なことを教えておく。まずは嬢ちゃんの首輪の件だ」
首輪――大陸事に模様が違うというあの首輪か。
「いつもしてますね。身分を示す首輪だってサンダーから聞きましたが」
「それは間違いない。だが、坊主は本質的なところはなにもわかってない」
わかっていない?
え? 身分を示す首輪ってだけじゃないのか?
「あの首輪は隷属の首輪っていう名前の首輪でな。奴隷につけられるものだ」
「なっ――」
俺は声を失った。
ブナンはさらに続ける。
「主人の命令に服従する。主人に歯向かったり危害を加えようとしたら、絞まってしまい、最悪命に係わる。正規の手続きを踏まないと決して外れない。あれはそういう首輪なんだよ」
「そんな――」
「まぁ、東大陸においては奴隷なんて身分は存在しない。しかし、獣人の扱いは奴隷以下。いや、南大陸においては奴隷にも最低限の権利は保障されている。意味なく殺されることはないし、食事や病気の治療は主人の義務となっている。だが、東大陸にはそんな法律はない。主人の気まぐれで獣人が殺されるなんて日常茶飯事だ」
ひどいとは聞いていた。
冬になると寒さで仲間が死ぬ。
食事が与えられないこともある。
金で売買される。
名前ではなく番号で呼ばれる。
船を漕げなくなったら海に捨てられる。
過去の記憶に遡っていくほど、その記憶は酷いものだった。
「正規の手続き――それを済ませる方法はあるんですか? 彼女から首輪を外す方法は――」
「無理だな。それどころか、坊主の話を聞くと、ガメイツの旦那が話していた相手は本国の人間だ。数週間前に嵐で獣人を乗せた船が沈んだって話は聞いていたからな。俺もクラリスも、あのフロンの嬢ちゃんがその時に船から脱走した娘である可能性が高いと思っていた。だが、あの嬢ちゃんが坊主の奴隷として立ち振る舞いを続けていたから、俺たちはなにも言えなかった」
「奴隷としての立ち振る舞い?」
俺のことをご主人様と呼ぶことだろうか?
それだけなら普通の主従の関係だと思うんだが。いや、そもそもフロンはブナンの前ではあまり話していなかったが。
「やっぱり気付いていなかったのか。あの嬢ちゃんはお前から声を掛けられない限り俺たちの前じゃ一言も言葉を発しなかった。それに食事の時も、坊主の後ろにいて、お前さんが食べ終わるまで食事に手を付けることはなかった。奴隷は主人の許可なく発言してはいけないし、食事は主人の食べ残しってのが相場だからな」
そんな……フロンが全然話していなかったのはおかしいと思っていたけれど、食事は俺が食べ終わるのを待っていたなんて全然気付かなかった。
二人きりのときは、いつも一緒に食べていたから、それが四人になっても一緒に食べているとばかり思っていた。思い込んでいた。
「ガメイツの旦那は、きっと昨日、今日とフロンの嬢ちゃんが沈没船に乗っていた獣人じゃないか、通信札で確認をしていたんだ」
「どうなるんですか? フロンは捨てられたんですよ」
「隷属の首輪は外れていない。あの首輪を着けている以上、国際法ではフロンの嬢ちゃんの持ち主は前の持ち主になる。せめてここがうちの領事館だったら、クワンドランの法律が適用され、奴隷の不当な扱いがなされたということでやりようがあるんだがな」
「いまから領事館に行けばいいんじゃ――」
「さすがにガメイツの旦那をこの島に置き去りにして島に向かえば俺もクラリスの嬢ちゃんもクビが飛ぶ。全員で船に乗ったとしても、港の手前でフロンの嬢ちゃんの本来の主人が待っているだろう」
ブナンは言った。
つまり、どうしようもない――そういうことなのか。
もういっそのことガメイツを殺せば――
「坊主、バカなことを考えるなよ。あの旦那を殺したところで、フロンの嬢ちゃんがこの島にいることはバレてるんだ」
ブナンが俺のことを窘めた。
「安心しろ。ガメイツの旦那も無茶なことはできない。ガメイツの旦那はフロンの嬢ちゃんの主人じゃないから命令もできないんだよ。恐らく、明日にはガメイツの旦那は坊主に確認を入れるだけだ。問題は明後日――フロンの嬢ちゃんの前の主人本人か代理人かがやってきて、そこでフロンの嬢ちゃんの前で所有権を主張すれば、その時はもう終わりだ。俺もクラリスの嬢ちゃんも手出しできなくなる」
「くっ」
じゃあ、どうすればいいんだ。
「それから一日だ。坊主が一日、迷宮の中でどんな手段を使ってでも籠城――いや、籠迷宮してくれれば、俺がなんとかしてやる」
「え? なんとかって……なんとかなるんですか?」
「ああ、死ぬほど面倒だがな」
ブナンは本当に面倒そうにため息をついた。
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
「俺は嫁さんと結婚するとき、実家から猛反対をくらってな、そのせいで家から追放された。でも、本家の爺ちゃんが孫煩悩でいろいろと世話してくれて、こうして領事館で働くことができたんだ。だから、今度は俺の番だと思ってな」
ブナンは少し照れるように言った。
「うちの嫁さんも獣人なんだ。灰猫族っていうな。猫系の獣人っていうのは気まぐれやで浮気にも寛容なのに、うちの嫁さんは尽くすタイプで嫉妬もする。それに、笑ったときの八重歯がチャームポイントでな。俺が言うのもなんだが、めっちゃ美人だぞ」
「……ぷっ」
「お前、笑っただろ」
「いえ、ここで嫁自慢ってどうかと思っただけです。でも、ありがとうございます。ブナンさんのことを信じます」
「信じるっていうが、できるのか? 攻撃をしたら犯罪だ。ただ、時間を稼ぐ――言うのは簡単だが難しいぞ、迷宮の中で籠迷宮するのは」
「……でしょうね」
だろう。二十階層もある迷宮なら籠城できるかもしれないが、俺の迷宮はいまだ三階層までしかない。数時間で全ての部屋を廻ることができるような迷宮だ。
ポイントは最近増えているといっても、五階層まで追加するのが精いっぱい。
とてもではないが、二日も敵を防いで居座ることはできない。
「でも、やってみる価値はあると思いますから」
いや、むしろ望むところだろ。
なにしろ、俺は迷宮師――迷宮は俺の庭だからな。
「ああ、そうだ、もうひとつ。お願いついでがあるんですが」
「なんだ?」
「ゴブリンの巣――あったら教えてください」




