第四十四話「第三階層の宝箱」
昨日の夜、フロンと話し合ったのだが、迷宮が三階層までないと、今後近いうちに再調査が行われることになるという。
そんなの面倒なので、さっさと済ませてしまいたい。
昨日、クラリスさんから三階層がないと困ると言ったばかりでいきなり三階層が追加されるのは怪しまれるかもしれないが、偶然にも昨日、ブナンがゴブリンを狩って迷宮に飲ませた。あれが迷宮三階層追加のきっかけになったと言えば、みんな納得するだろう。
ということで、ちょうど朝食を食べ終わったくらいでこっそり管理メニューから三階層追加を選択した。
ポイントが持っていかれたが、それでも結構余っている。
迷宮に揺れが襲った。
「地震かっ!?」
「これは迷宮が成長するときの振動かもしれませんね」
ブナンとクラリスさんが声を上げた。
ブナン、不正解!
クラリスさん、正解!
と真実を告げられない悲しさがある。
「となると、三階層が追加されたかもしれないっていうことか。都合がいいな。さっそく飯を食い終わったら調査しよう」
「そうですね。今日中に済ましてしまわないと、ジョージさんたちも安心して眠れないでしょうから」
クラリスさんが優しいことを言ってくれた。
いろいろと急な三階層追加の言い訳を考えていたが、二人とも特に気にする様子はなかった。
ちなみに、こっそりと新たに現れた魔物の情報を確認する。
アルミラージが三匹とミニタウロスか。
アルミラージってゲームで聞いたことがある。たしかウサギの魔物だったよな?
ミニタウロス……ミノタウロスの間違いじゃないだろうか?
だとしたら怖いよな。凶暴な牛の魔物のイメージがある。幸い、そいつは一匹しかいないので、遠くから見て逃げ出す準備だけはしておこう。
「よし、テンツユ! 気を付けていくぞ!」
「キュー!」
「気を付けろよ。成長する迷宮は三階層からが本番だ。なにがあるかわからないからな。クラリスの嬢ちゃんも俺の後ろに隠れておけよ」
「はい、戦いの面だけは頼りにしています」
クラリスさんがコンペイトウを持って言った。
対するブナンが持っているのは――え?
ブナンが持っていたのは単語カードだった。
ゲームの中では本で戦う者もいるが、しかし単語カードで戦う者など聞いたことがない。
「ブナンさんのあれって、武器なんですか?」
「ええ――見ていてください。ブナンさんは普段はあんな感じですけど、魔文官としての実力はピカイチですから」
魔文官?
聞いたことがない名前だけど、なんとなく凄そうだ。
俺たちは二階層に行き、三階層に続く階段を探した。
三階層に続く階段は、スロータートルが出てくる部屋に行く途中に見つかった。勿論、俺は最初からどこの階段があるのかわかっていたので驚きはしない。
そうだ、三階層の奥の部屋に宝箱も設置しておくか。一個くらいなら普通にあっても不思議じゃないだろうし、ポイントからしてそこまで価値はないと思う。
他の迷宮で、宝箱がどういう扱いを受けているか知りたかった。
「昨日までこんな場所に階段はなかったですよね。やっぱりさっきの地震で増えたんでしょう」
「そのようだな――さて、食人鬼が出るか九首蛇が出るか」
「物騒なことを言わないでくださいよ。早く降りてください」
クラリスさんとブナンが話している間に宝箱の設置も完了した。
とりあえず、テンツユを先頭に俺たちは階段を下りていく。
勿論、階段を下りた部屋に魔物がいないことは予め確認していたので緊張はしていない。
だが、緊張していないからこそ面食らってしまった。
「え?」
迷宮の第三階層――いままでは硬い土の床だったのだが、ここは芝生になっていたのだ。
「草地か。木は生えていないから、獣系の魔物の可能性が高いな」
「沼地や海じゃなくてよかったですね。冒険者ギルドとしたら成長する迷宮の中で草地は珍しくないからあまりうれしくはありませんが」
ふたりはさほど驚いていない。むしろ草地はどちらかといえば一般的なのだそうだ。
「こんな場所じゃ魔物が隠れることもないだろうし、のんびり行くか」
ブナンはそう言って、アルミラージと宝箱がある方の部屋に向かい始めた。
芝生の上か。
寝転がりたくなるけど、これって草が伸びるのだろうか?
だとしたら、芝刈り機がないので手入れが大変そうだが。
なんてことを考えていたら、白色のウサギがいた。ユニコーンのような角が生えている。
……ってあれ?
「アルミラージか。まぁ、そんなところだな」
「数が多いですね」
そう、クラリスさんの言う通り、数が多いのだ。
さっき地図で見たときは二匹しかいなかったのに、五匹もいる。
とりあえず、あの角で攻撃されたらヤバそうなので、俺は盾を構えた。
「坊主、その盾で防ごうなんて思うなよ。木の盾くらいなら余裕でぶっ壊すぞ」
「ぎっ!?」
なにそれ、アルミラージ怖っ!?
と思ったら、テンツユが突撃した。
危ない――と言おうとしたが、テンツユの奴、さらりとアルミラージの突撃を躱し、頭に一撃を加えた。
ふらふらになったアルミラージが倒れる。気絶したようだ。
気絶したアルミラージを、テンツユは自慢げに俺に運んできた。
「おお、いい従魔じゃねぇか。じゃあ次は俺の出番だな」
そういうとブナンは単語帳から一枚の紙を千切り、放り投げた。
まるで紙飛行機みたいに一直線に飛んで行った短冊状のその紙は、アルミラージに当たると同時に爆発した。
「――すごっ!?」
紙が魔法になった!?
「なんだ、あれ?」
「魔札――魔記者という職業の方が使われる道具です。魔文官は魔記者の上位職にあたります」
どうやらフロンは知っていたようだ。
「フロンは攻撃しないのか?」
「――では」
フロンはそう言うと、鉄扇を構えて狐火を放った。
アルミラージはその狐火を横に飛んで躱すが、フロンが鉄扇を振るうと狐火が軌道を変えて避けたアルミラージの側面に命中した。
凄い、狐火の威力もだけど扱い方が増している。
ひとりで練習しているって言っていたけど、ここまで変わるのか。
その後も、ブナンとフロンがさらに一匹ずつアルミラージを倒した。
「私たちの出番はありませんね」
「ですね――ん? どうした、テンツユ」
テンツユが俺の脚をぽんと叩く。
「キュー」
「あ……」
テンツユは俺にアルミラージを殺せと言っていたのだ。
……角は生えていて凶暴なのはわかるけど、ウサギって可愛いんだよな。
でも、まぁ深く考えることはなくなった。
俺は斧を使ってアルミラージの頭を叩き壊した。
ウサギ肉と魔石が手に入ったか。
俺が回収したら自動的に財宝一覧に入ってしまうため、テンツユに回収させた。
「しかし、一部屋にアルミラージが五匹となると、あれの期待があるな」
「そうですね。奥の部屋に行ってみましょう」
ん? ふたりの会話を聞くと、ある疑問がよぎった
「あの、あれって、もしかして宝箱のことですか?」
「ええ。宝箱のある部屋の近くには、魔物が多く現れる傾向にあるんです。我々はそういう魔物を守護者と呼んでいます」
「――へぇ、そうなんですか」
と俺とクラリスさんが話している間に、ブナンが奥の部屋に行ったようだ。
「おおい、あったぞ! 宝箱だ!」
「待ってください、ブナンさん! 罠の可能性がありますから慎重に」
クラリスさんが叫んだ。
「罠なんてあるんですか?」
「ええ、極稀に。といっても、低階層の宝箱はそれほど危険はありませんよ」
そう教えてもらいながら、俺たちは奥の部屋にいった。
そこではブナンはすでに木でできた宝箱を開けていた。
「やったぞ」
ブナンは満面の笑みを浮かべている。
「なにが入っていたんですか?」
「最高のお宝だよ」
最高のお宝?
そう言われたら期待が高まった。
金銀財宝だろうか? と思ったら、ブナンが持っていたのは陶器の瓶のようだった。既に蓋が開いている。
「――ああ、お酒ですか」
ブナンが持っていたのは一本の瓶だった。
よくお酒だってわかったな。
「うまいぞ? 薬草酒のようだな」
と思ったら、もう飲んでいたようだ。
探索中に飲むなよ。これからミニタウロスとの戦いがあるっていうのに。
「この宝箱、物を入れるのに良さそうですね。持って帰りたいですよ」
「おいおい、宝箱は固定されているから持って帰れないぞ。それに、放っておけば一週間に一度くらい、また財宝が湧くからな。壊すのもダメだ」
「壊しても一カ月くらいしたら元の形に戻りますけどね」
「えっ!? 一回きりじゃないんですか?」
「そんなわけないだろ。一度しか取れないような宝箱なら、冒険者が自由に持って帰れないじゃないか」
そうか、宝箱の中身は復活するのか。しかも、宝箱の近くでは魔物が現れやすくなる。
それはいいことを聞いた。
今後の迷宮経営に役立ちそうだ。




