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第四十三話「罪の代償」

 その日の夜には、朝食のメニューに加え、亀の肉が並んだ。

 相変わらず、ガメイツは顔を出さなかった。いったいなにをしにこの島にやってきたのだろうか?

 夕食後、フロンが二階層に湧いたスライムとスライムイーターを退治しに行ったとき、入れ替わるようにクラリスさんが風呂を貰いにきた。

「では、ご主人様。ここはお任せします」

 彼女はそう言って頭を下げて部屋を出た。

 クラリスさんは迷宮探索のときからお風呂のことが気になっていたらしい。

「覗かないでくださいね」

 と笑顔で言われたけれど、あのコンペイトウを見たいま、覗きを行う勇気がある男はいないだろう。扉も無いので、振り返れば風呂の湯気が見える。耳を澄ませばクラリスが亀の甲羅でお湯を掬って掛け湯する音まで聞こえてくるが、それでも覗きはしない。

 万引きという名前の罪はなく、窃盗罪という罪である。それと同じように、覗きという罪はなく、様々な罪で裁かれる。

 軽い気持ちで行っていいものではない――重い気持ちで行ったらいいというものでもないが。

「おや、坊主――まだ覗きにいかないのか?」

 ……軽い気持ちで他人を犯罪に巻き込もうとするおっさんが現れた。

 ブナンだ。

「だから、覗きませんって。覗きは犯罪ですよ」

「いいか、覗きっていうのは確かに犯罪に問われる。公衆浴場は住居侵入罪、個人で風呂を持っている貴族様の家に覗きに入ったら最悪不敬罪なんて罪まででっちあげられちまう。だが、ここの風呂はお前が作った、いわばお前個人の所有物だ。だからお前の許可があれば覗きは罪にならないんだよ」

「フロンを裏切ることはできませんから」

 俺はそう言い切った。

「フロンは俺にここを任せるって言いました。任された以上、裏切れませんよ」

 俺はそう言い切った。

 勿論、クラリスさんの信頼も裏切れない、自分の良心も裏切れない。

 だが、一番の理由を上げるとすれば、やはりフロンのことだった。

「なんだ……大事に思ってるんだな、あの嬢ちゃんのこと」

 ブナンは諦めたようにため息をついた。

「サンダーの言った通りだ」

「サンダーを知っているんですか?」

 まぁ、サンダーがこの島の迷宮のことを報告したのは確かだろうから、知っていても不思議じゃない。そう思ったが――

「ああ。あいつと俺は従兄弟だ」

 まさかの親戚だった。

 いや、似てるといえば似てる。

 ぐいぐい来るところとかそっくりだし、見た目も似ていた。

 サンダーより一回り上の年齢に見えるが、従兄弟ならそのくらいの年齢差はあってもおかしくない。

「もっとも俺は一族からは追放されたから、あいつと違ってクロワの性は名乗れない。ただのブナンだよ。それでも家の力で領事館で働かせてもらっているがな」

 一族から追放されたのか。

 なにか理由があろうのだろうか?

 たとえば、貴族の家の風呂を覗いて不敬罪で捕まったとか……あり得るな。

「まぁ、無理には言わないよ。それに、任されたから覗かないってことは、今度は任されてないときに一緒に見ればいいさ」

「いや、言葉の揚げ足を取らないでくださいって。覗きませんよ」

「いいのか? クラリスの嬢ちゃんはああ見えて着やせするタイプでな――」

「はい、着やせするタイプですがそれがどうしました? ブナンさん」

 振り返ると、そこにはクラリスが立っていた。

 笑顔でコンペイトウを持っている。

 どうやら話し声は全部筒抜けだったようだ。

「いや、待て、嬢ちゃん! 俺はこいつを動かして、どうにかクラリスの嬢ちゃんとこの坊主を恋仲に持っていけないかって思っただけでだな――」

「他人の風呂場を許可なく覗き見する人のことを好きになるわけないじゃないですか」

「許可? そうか、許可があればいいんだな――よし、坊主! さっそくクラリスの嬢ちゃんに許可をもらえば――」

「天誅!」

 コンペイトウがブナンの頭に降り注いだ。

 よかった、風呂上りに返り血がつくことを心配したのか、威力は控えめだった。


「お風呂、ありがとうございました。また明日もいただきに来ますね」

 嵐のように去っていく二人を見送ったとき、入れ替わるようにフロンが戻ってきた。

「フロン、お疲れ様」

「はい、少し狐火の訓練をしておりました」

「そっか。疲れただろ、風呂に入って休めばいいよ」

「そうさせていただきます」

 フロンはそう言って奥の部屋に行こうとした。

「あ、フロン」

 俺は咄嗟にフロンを呼び止めてしまった。

「はい、なんでしょうか?」

 さっきのブナンの言葉を思い出す。

 許可があればいい。

 つまり、フロンの許可があれば、フロンのお風呂を覗いてもいいということになる。

 もちろんクラリスさんの入浴を覗くつもりなんてなかったが、背後から聞こえてくるお湯の音とかはちょっとだけ男心をくすぐるものがあった。

「その、風呂なんだが――」

「あ、一緒に入られますか?」

「……うん、入る」

 テンツユを呼び戻して部屋を見張らせ、俺とフロンは久しぶりにお風呂でイチャイチャすることができたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クラリスはヒロイン候補…?
[一言] 覗くどころじゃなくて、一緒に入ってあんなことやこんなことまで出来ちゃいますね!
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