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第四十一話「一階層案内」

 朝食は焼いたジャガイモっぽい芋の上に塩漬け肉と焼いたキノコが乗っていた。

 キノコは俺の提供したもので、芋はブナン、塩漬け肉はクラリスさんが提供してくれた。 食べているのは四人。ガメイツはいない。

 食事はとても美味しい――とは言い難い。

 芋はパサパサで甘味も少ない。塩漬け肉は硬い。キノコは味が薄い。

 それでも、パンや亀肉を除く最近の食事と比べれば美味しかった。


「すみません、テンツユの分までご馳走になって」


 テンツユは現在、ダチョウと一緒に干し草を食べている。

 俺たちが用意している、採取のときに邪魔なので刈り取って干しただけの干し草より美味しいのか、テンツユも嬉しそうに食べていた。


「いいえ。テンツユちゃんには朝からいろいろと手伝ってもらいましたから。あんなに可愛い歩きキノコがいるなんて思いませんでした」

「うちのマスコットですから」


 たまに空気を読まないところもあるけれど、あいつにはこの無人島生活においてずいぶん助けられた。自慢の家族だ。


「亜種――いいえ、新種でしょうか? 私たちの言葉も理解しているみたいですが、どこで見つけたのですか?」

「ああ、いろいろとあって――あ、そうだ。あの鳥は何という名前の魔物なんですか?」


 俺は大きな鳥を指さして誤魔化した。


「あの子はミーウィという鳥ですね。いろんな島に生息していて、島々を渡り歩く鳥なんですよ。海の中を走るのに魚は食べない草食の鳥なんです」

「へぇ、大人しい鳥なんですね」

「いいや、野生のミーウィはとても獰猛で危険なんだぜ。ミーウィと近縁種に人食い鳥って奴がいるくらいだからな」

「人食い鳥っ!?」


 恐ろしい――人間を食う鳥がいるのか。

 いや、ドラゴンがいる世界だし、おかしくはないのか?


「もう、ブナンさん。揶揄わないでください。野生のミーウィが凶暴なのは事実ですけど、近縁種が人食い鳥と呼ばれる理由は、嘴の先端が赤色で、まるで人間を食べて血で染まったようだっていう理由だけなんです」


 あ……そういう理由ね。

 そういえば、ミーウィは草食だって言ってたよな。

 いまも干し草食べてるし。


 あれ? そういえばマシュマロは召喚していないけれど、召喚しない間の食事って必要ないのだろうか? あとでテンツユに聞いておこう。一週間後に召喚したら餓死していました――なんてシャレにならないからな。


「ちなみに、名前はあるんですか?」

「いいえ、規則で名前を付けられないんです。一応、冒険者ギルドの備品扱いになっているので」

「備品……ですか?」

「ミーウィはさっきブナンさんが言ったとおり獰猛な面もあるんです。この子は従魔だから人を襲うことはありませんが、それでも南大陸では年間数十人の人がミーウィに蹴られて亡くなっています。そして、そういうのはたいてい、ミーウィを捕まえて従魔にしようとする冒険者でして、亡くなった人の遺族や怪我を負って冒険者として立ちいかなくなった冒険者への配慮として、ミーウィを可愛がってはいけないことになっているんです」

「大変なんですね――規則がいろいろあって」

「大変なのは冒険者ギルドだけじゃねぇぜ。領事館にも国独自の規則がある。まぁ、領事館の中は自国の法律が適用されるから、そういう意味では楽な面もあるがな」


 ブナンはそう言って残った芋の欠片を口の中に放り込んだ。


「で、ガメイツの旦那はどうしたんだ?」


 ブナンが尋ねた。

 本来は朝食を食べ始める前に聞くことだと思うのだが、このタイミングで聞くあたり、一緒に朝食を食べるのは避けたかったのだろうか?

 俺も同じ理由で尋ねなかったんだし。


「朝食にはお誘いしましたが、食事は自分で用意しているから必要ないということです。パンとワインのない朝食など食べられないと」

「相変わらずだな、あの旦那は。まぁ、その方が楽だからいいけどよ。な、ジョージ」

「え? 俺はなにも――」

「顔に出てるぞ」


 ぐっ、確かにそう言われたら反論できない。


「じゃあ、俺は今日は迷宮周辺の調査でもするか。坊主はクラリスの嬢ちゃんを迷宮案内してやってくれ。あぁ、このキノコを道案内に借りていってもいいか?」

「わかりました。テンツユ、任せられるか?」

「キュー!」


 干し草を食べていたテンツユが声を上げた。


「いいそうです」

「そりゃ助かる。仕事がうまくいったら、水割りのラム(グロッグ)をご馳走してやるよ」

「キュー?」

「あまりうちのマスコットに酒を勧めないでください」

「船乗りじゃ酒は普通だぞ。真水は直ぐに腐っちまうからな」


 あれ、てっきりブナンは酒が好きなだけかと思っていたけれど、そういう理由があるのだろうか?

 そういえば、ヨーロッパでは子供も水で薄めたワインを飲んでいたって話を聞いたことがあるような気がする。

 ただの酒飲みだと思って悪かったか。


「たった一日の船旅で水が腐ったりしませんよ。ホシア島は大きな島ですから地下水も十分汲み上げられますし」


 ただの酒飲みだったようだ。

 ただ、なんだろ?

 フロンの奴、ずっと黙っている。

 もしかして、フロンって意外と人見知りが激しいタイプだったりするのだろうか?

 それとも、俺とクラリスさんがよく話すから嫉妬する?

 後者だと誤解を解きたいと思う反面、少しうれしくもあるな。


「では、ジョージさん。迷宮内の案内をお願いしますね」

「はい。と言っても案内するほど広くはありませんけど」


 俺はそう言って、クラリスさんと一緒に迷宮の中に入っていった。



 すべての部屋の確認をしたいというので、まずは魔物のいない部屋からいく。

 ベッドがふたつ、不格好な机と棚、備品置き場などがある。


「本当に迷宮に住んでいるんですね。危なくはないのですか?」

「歩きキノコに襲われて起こされたことが一度ありますけど、それ以外は平和ですよ」

「はぁ……あ、このベッドは質がいいですが、ジョージさんが作ったのですか?」

「えぇ、まぁ」

「それにしては、テーブルはいまいちですね」


 しまった、ベッドは魔石と交換、テーブルは手作りなので質が全然違う。


「あ、すみません、失礼なことを言って。奥の部屋は?」

「倉庫と風呂ですね」

「あぁ、ブナンさんに聞きましたけど、お風呂があるのでしたね。見せていただいてもいいですか?」

「はい、どうぞ」


 倉庫は、主に海で拾ってきた道具などが置かれているので心配ない。


「この部屋は、随分と消えない松明が多いのですね。そして、水飲み場ですか――この石はお二人で運ばれたのですか?」

「はい、水飲み場と消えない松明を見たとき、風呂を作るのに良さそうだと思って」

「確かに――というより、まるでお風呂を作るために用意された設備みたいですね」


 はい、お風呂を作るために用意した設備です――とは言えないな。

 つづいて、俺たちは魔物がいる部屋に向かった。


「あ、その部屋は落とし穴があるから気を付けてくださいね」

「はい。まぁ、こんな見え見えな罠には引っかかりませんよ――」


 クラリスさんが言ったところで、歩きキノコがちょうどやってきて穴の中に落ちた。

 なんてタイミングがいい奴だ。


「とまぁ、歩きキノコの発生源はこの先なんですけど、落とし穴があるせいで穴を越えてくる奴はほとんどいないんです。安心して眠れるのもそのためですね」


 俺が言ったところで、もう一匹、歩きキノコが穴の中に落ちた。

 穴の中を見ると、スパイクで串刺しになった歩きキノコが消えていく。


「これは……キノコが食べたいときは穴を越えて狩ればよく、逆に増えすぎても迷宮から溢れる心配がない。まるで人間のために造られたような迷宮ですね」


 ヤバイ……やっぱり気付かれたか?

 この迷宮が他の迷宮と全然違うことに。


「まぁ、歩きキノコが溢れたところで脅威になったりはしませんので、気のせいですね」


 セーフか。

 ――よかった、歩きキノコが雑魚モンスターで本当に。

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