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第四十話「ブナンという男」

 今回の冒険者ギルドの調査は、なにもわるいことだけではないらしい。

 まず、広場の横のコテージも迷宮の範囲内にあるため、一日あたりに入ってくるポイントが増えたのだ。

 ブナンとガメイツは迷宮の範囲外にコテージを立てたため、そちらのポイントは増えていないが、いつどんな問題を起こすかわからないおっさんは魔物よりも厄介だ。

 そのため、普段は迷宮の外にいてくれたほうが助かる。

 あと、これは直接関係ないが、俺のレベルが13になった。


「おはようございます、ジョージさん」

「おはようございます、クラリスさん」


 朝、水飲み場でクラリスさんに会った。フロンはテンツユと一緒に山菜を摘みにいっているので、ふたりきりだ。

 どうやら髪を洗っていたようで、まだ髪が濡れている。


「この迷宮は清潔な水を潤沢に使えるのは便利ですね。一階層で生活をするのなら、水を運ぶ必要もありませんから、地下で暮らしたくなる気持ちも少しわかります」

「なんなら地下にコテージを張りなおしましょうか?」

「大丈夫ですよ。水はこの中に入れて運べば一度に一週間分は運べますから」


 そう言ってクラリスさんはサンタの袋を俺に見せた。


「一週間分って、重くないですか?」

「重さは大分軽減されるんですよ。これ、魔法の袋なので」

「魔法の袋?」

「はい。この袋は、見た目の十倍の量の物が入って、しかも重さは十分の一になるんです。とても助かっています」

「それは凄いですね」


 コテージを立てるための道具は全部ここから出していたけれど、よくこんな量をひとりで運ぼうとしたなって感心していたが、そんなカラクリがあったのか。

 まさにサンタの袋だな。

 あれも見た目以上に玩具が入っているから。


「これでもまだまだなんですよ。魔法都市の発明家が作った鞄なんて、無限に物が入って、しかも重さはまったく感じないんですから。早く一般販売してほしいですが、まだ手に入らないんですよね」


 さすがは魔法の存在する世界だ。空を飛ぶ魔法とか、瞬間移動の魔法とかもあるのだろうか?


「本当に、迷い人の方が羨ましいです」


 迷い人? 初めて聞いた単語だが、どういう意味なのだろうか?

 尋ねようとしたところで、誰かが迷宮にやってきた。


「よぉ、坊主に嬢ちゃん。談笑中のところ悪い、一杯水を飲ませてくれ」


 そう言って、ブナンは俺とクラリスさんの間を通った。

 うっ、酒臭い。

 そうとう飲んでいやがったな。

 ブナンはそう言うと、流れ出る水を直接口で受け止めて飲んだ。

 無人島で初めて水を飲んだ時の俺のようだ。


「ふぅ、うめぇ。やっぱり二日酔いには水が一番だ」

「ブナンさん、また飲んでいたんですか? 奥さんに怒られますよ」

「だからだよ。家では一日三杯までしかエールが飲めないからな。嫁さんがいないときくらい酒をいっぱい飲みてぇじゃないか」


 どうやら、船には荷物の他に酒も積んであったらしい。

 コテージを張り終わってから運んだのだろう。

 それにしても、このおっさん、家では妻の尻に敷かれているのだろうか?


「はぁ……では、私は朝食の準備をしてきますので。ジョージさん、失礼します」


 クラリスさんはそう言って頭を下げた。

 ブナンとふたりきりになる。


「どうだ、坊主。クラリスの嬢ちゃんはいい女だろ」


 ブナンがそう声をかけてきた。

 ぐいぐいくるな。まだほとんど話していないのに。

 俺のことももう坊主呼ばわりだし。


「ええ、美人で優しそうな人だと思いますよ」

「あれでもまだ独身で浮いた話はないんだ。どうだ、狙ったら」

「向こうが相手にしませんよ。それに、俺にはフロンがいますから」

「――あの狐耳の嬢ちゃんか。結婚するのか?」

「いや……それは……」


 答えにくいことを聞いてくるな。

 獣人と人間は結婚できないことくらい知っているだろうに。


「まぁ、クラリスの嬢ちゃんはまた縁がなかったってことか。よし、今度俺が飲みに誘ってやるか」

「飲みに誘うって奥さんに怒られませんか?」

「安心しろ、クラリスの嬢ちゃんとうちの嫁さんは友人でな。飲むときは三人一緒だ」


 両手に華で傍から見たら羨ましいように思えるけど、奥さんと職場の人間が友人同士って、つまり職場での行いが奥さんに筒抜けってことだろ?

 それは少し同情する。


「まぁ、飯だ飯。たぶん、クラリスのことだ、お前さんたちの分も準備していると思うから、あとから来な――嬢ちゃんもな」


 ブナンはそう言って、ちょうど降りてきたフロンに言い残すと、欠伸をして目を擦りながら地上に上がっていった。


「おかえり、フロン。結構採れたんだな」

「はい。鳥肉は無理でしたが、野鳥の卵を見つけました。見つけたのはテンツユです」

「キュー」

「はいはい、テンツユも頑張ってくれたんだな。ありがとう」


 俺はテンツユの頭をぽんぽんと叩く。

 朝食はこれまでパンを食べていたが、あの三人がこの迷宮にいる間はパンを出すのは辞めておこうということになった。

 サンダー相手ならまだしも、調査員となるといろいろと誤魔化すのが面倒だからだ。

 そのため、食事はキノコ、ブルーツ、海草、山菜、貝、亀肉、塩、スライムスターチ、花蜜で作られることになった。まぁ、この島に来たばかりのころよりは種類も増えた。


「ご主人様、ブナン様とは何を話されていたのですか?」

「別に、とりとめのない話だよ。あいつには奥さんがいるとか、朝食に誘われたりとか」

「……そうですか。ご主人様、あの方とはあまり深い会話はしない方がいいと思います」

「なんでだ? 悪い奴じゃなさそうだぞ」


 警戒するなら、むしろガメイツだろ。

 あいつとは心の平穏のためにもあまり話したくない。


「良い人が正しいとは限りませんし、正しいことが必ずしもいいこととは限らないのです」

「……? わかった、気を付けておくよ」


 深い話をしないで、か。

 まぁ、領事館の人間なわけだし、気を許しても迷宮師関係の話はするつもりはない。マシュマロを再召喚しないのもそのためだし。

 それでも、心配しすぎな気もするけどな。

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