第四話「過酷な異世界」
「ヒュームじゃない? あぁ、悪い。俺、この国の事情はよくわからないんだが」
ヒュームって言葉だけ聞けば人間のことだと思う。
人間じゃない?
まぁ、獣耳や尻尾があるから、普通の人間じゃないと思うけど、でも、それで名前がないって。
「この世界には様々な種族の人がいます。東大陸において一番多い方がジョージ様のような人間族であり、それ以外の種族の中でも人と仲のいい小人族や巨人族、エルフや一部の獣人は亜人と呼ばれて人間族同様に市民権を持つことが許されています。しかし、それ以外の種族は人と認められていません。私のような茶狐族もです」
茶狐族――これが彼女の種族なのか。
ていうか、茶狐獣人が人として認められてすらいないって、差別するにも限度があるだろ。
小人とか巨人とかエルフとかいることよりも、その方が気になった。
「ほとんどの獣人は番号で呼ばれます。私は一一九番と呼ばれていました」
それで、俺が一一九って言ったとき目を覚ましたのか。
「番号って……試合中のバスケットボール選手じゃないんだから」
実験動物じゃないんだから――と言いそうになり、口を噤んだ。俺の否定を否定で返される可能性があったからだ。
自分は実験動物と同じようなものです――と言われるのが怖かった。
過酷なサバイバル環境だが、彼女から事情を聞くまで俺の心中は寂しさと楽しさが溢れていた。人と会えない寂しさ。そして、本当にゲームみたいな楽しさ。
しかし、彼女から話を聞くと、人の怖さ、現実の厳しさがひしひしと伝わってくる。
「あ……あぁ、そういえば、ここはどこかわかるか?」
「東大陸と南大陸の間にある島です。夜が明けたとき海から見ましたが、結構大きな島だったと思います」
「やっぱり島だったか……」
無人島の可能性も高いだろうな。
ここから都市を作るのは少し厄介そうだ。
「それで、ええと、君はなんで海に流れ着いたの? 逃げ出してきたとか?」
「私は船に乗って移送されていましたが、昨日の嵐で船が沈没し――」
それで流されてきたのか。
昨日の嵐って、このあたりは雨が降った様子はないけれど、局地的な雨だったんだろうな。
「私は前のご主人様とともに小船に乗っていましたが、寝ずに船をこぎ続け、体力が尽きたところで海に捨てられました」
「…………」
想像以上にきつい現実に、俺はもう驚きすら出ない。
いや、彼女たちを道具としてしか見ていない人間にとっては、壊れた玩具を捨てるような感覚なのだろう。
彼女の目が半分閉じ、そしてすぐに開いた。
「悪い……疲れてるんだよな。布団とかないけれど、休んでくれ」
「しかし、ご主人様より先に眠るわけには――」
「ここで寝るんだ。俺はブルーツをもう少し集めてくるから」
「……かしこまりました」
彼女はそう言うと、座ったまま目を閉じた。
ご主人様――彼女にとって、ヒュームの俺は彼女を捨てた前のご主人様とやらと同じってことなのか。
そう思うと、なんかやるせないな。
そういえば、彼女はこれからどうするんだろう?
できることなら、このまま俺と一緒に迷宮都市を作って。
ってそれは俺が決めることじゃない。彼女が決めることだ。
「…………」
俺は眠る彼女を見た。
彼女が人間じゃないって? 耳が人間じゃなくて、尻尾が生えているだけでどこからどう見ても人間じゃないか。しかも、美人だ。いまでも美人な彼女が、僅かなメイクでもすれば、それこそ人間離れした美しさになるだろう。その言葉が彼女にとって誉め言葉になるとは思えないが。
おっと、ブルーツ集めブルーツ集め。
俺は意識を切り替え、果物のある森へと入った。俺が捨てた海草には、既に蟻のような小さな虫が無数に群がっていた……美味しかったのだろうか?
ブルーツ集めの最中に確認したことだったが、広場の前では管理メニューを開くことができたが、ある程度離れた場所――地図で確認できない場所ではメニューを見ることができなかった。迷宮の中と前の広場でのみ使用可能なのだろう。
ステータスは確認できた。レベルは相変わらず1のまま。
「毒貝を数匹殺しただけでレベルアップ!」みたいな成長チートは期待できないようだ。
あと、大きな変化だが、迷宮の一日当たりのポイント収入が9ポイントから16ポイントに増えていた。今朝確認したときは9ポイントのままだったので、恐らく迷宮の敷地内に人――あの少女が増えたことが原因だろう。
迷宮の領域内に人が増えたらポイントが増えるのかもしれない。
ブルーツを集めて帰ってきたら、彼女は座っている状態から横になった状態になって眠っていた。意識を失っていないか心配になったが、寝息は穏やかだった。
焚火の火は消えていたけれど、松明から近い場所なので比較的暖かい。
これなら新たに薪を消費する必要もなさそうだ。
尻尾も少しだけ膨らんできている。
とりあえず、水飲み場でブルーツを水洗いし、俺は腹を満たせる分だけ食べ、いくつかを迷宮の中に入れておき、俺は今日は迷宮の中ではなく、彼女が見える少し離れた場所で寝ることにした。
夜中に何度か目を覚ました。夜空から無数に流れ落ちる星々を無為に眺めたり、松明の明かりに照らされる茶狐族の少女の顔を見て、彼女の名前を考える。
さすがに明日以降、名前がないと不便だ。かといって、番号で呼ぶのは憚られる。
一一九番だから、イーク? 安直だよな。救急車から、ナイチンゲールとかってどうだろう? いや、ナイチンゲールって名前じゃなく名字だったよな?
じゃあ、名前はなんだったっけ? 確か、フロ……フロ? あれ、なんだっけ?
そんなことを考えていたら、俺は眠ってしまった。
次に目を覚ましたとき、僅かに空が明るいような時間――目の前にその少女がいた。
「おはようございます、ご主人様」
「あぁ、おはよう――フロンってどうかな?」
「フロン?」
「君の名前。こっちの世界だとアリなのかな?」
結局、俺はナイチンゲールの名前を思い出せなかった。そこで、フロから始まる名前を考えることにして、気付いたら夢の中でそんな名前に辿り着いた。我ながら安直過ぎる気がする。
「もしも嫌だったら別の名前も考えるし、仮の名前ってことで――」
「……そのような素敵な名前、授かってもよろしいのでしょうか?」
「イヤじゃない?」
「いいえ、とてもうれしいです。ご主人様」
よかった――夢の中の俺、ナイスだ。
ナイチンゲールの名前がフローレンスだと思い出したのは、朝食中、ブルーツを食べているときだった。
今日はあと2回投稿します。
フロンちゃんはこれからヒロインとして成長していき、12話くらいでヒロインとして花開くと思います。