第三十九話「調査の目的」
俺とフロンとテンツユはクラリスさんのコテージの設営の補佐をしていた。
ガメイツは手伝いは不要と言い切ったことで、彼と同じ立場であるブナンの手伝いをするのも憚られたためだった。
ちなみに、クラリスさんのコテージは広場の脇に設置されたが、ガメイツとブナンのコテージは別の場所に設置されるという。
「ありがとうございます。お陰で早く終わりました。ジョージさん、フロンさん。よかったら中でお茶でも飲みませんか?」
「ありがとうございます。あ、花の蜜があるので持ってきましょうか?」
「それは助かります」
テンツユはダチョウっぽい従魔と一緒に干し草をご馳走になっている。
俺は迷宮の中に花蜜を取りに行くフリをして、財宝一覧から花蜜を取り出してコテージに戻った。
「どうぞ――あ、スライムイーターの花蜜ですけど、やめたほうがよかったですか?」
取り出してから、魔物が落とす花の蜜ってあまり良くないか? と思ったが、クラリスさんは笑顔で首を横に振った。
「いいえ、冒険者ギルドで働いていますからね。ドロップアイテムは意外と食べなれているんですよ。ありがたく使わせていただきますね」
「よかった」
設置していた消えない松明を持ってきて、お湯を沸かし、ティーカップに三人分のお茶を淹れた。
ハーブティーだろうか? 独特な苦みがある。このままでも飲むことはできるが、花蜜を持ってきて正解だった。
三人がまずハーブティーを一口飲んだところで、クラリスさんが話を切り出した。
「まずはガメイツさんのことを謝罪をさせてください」
やっぱりそのことからか。
ガメイツが悪態をつくたび、クラリスさんは非常に申し訳なさそうにしていたからな。
「トドロス王国は完全な身分社会ですから、どうしても身分の高い人間は身分が下の人間を見下す傾向にあるんで、本人に悪気はないんです」
「悪気がなくて人をあれだけ苛立たせるほうが問題だと思いますが」
「――仰る通りです」
クラリスさんを責めても仕方がないことだ。
それより、聞きたいことを聞かないと。
「あの、調査が終わったらどうなるのでしょうか?」
「両国の代表――ガメイツさんとブナンさんが、この迷宮を価値がないと判断した場合はこのままですね。どちらかがこの迷宮に価値があると判断した場合、この島に領事館が設置されることになります」
「なんで領事館なんですか? 自分の国に併合するんですよね?」
「この海域の島々はほとんどが無人島で、どこの国にも属していません。昔はそれでいろいろと揉めたこともあり、トドロス王国とクワンドラン王国の間で戦争になりかけたこともあったのです。それから規則が作られ、島を自国の領土とするには、三百人以上の者が住む村を設置すること、また島を経済活動の拠点とする場合においても領事館を設置することが義務付けられたんです」
三百人以上の住民のいる村か。
それは結構ハードルが高い。サンダーが言っていた島を所有する際の問題とはこのことだったのか。
「三百人未満の島民しかいないのに領事館っていうのも変な感じですけど」
「公的に管理する人間のいない島となると、海賊島と勘違いして襲われても言い訳できませんからね。この海域ではありませんが、実際に海賊の村と間違えられた漁村がひとつ滅んだ歴史もありますから」
「それで、この島は領事館を作る価値があると思われるでしょうか?」
「まずありえませんね。歩きキノコやスライム、スライムイーター等の魔物は珍しくなく、貴重な物も落としません。また、平地が少ないため、開拓するにも旨味がありませんし、ドラゴンが住んでいる情報もあります。北にはゴブリンの巣もあるといいますしね」
クラリスはそう言って俺に耳を近づけ、
「ここだけの話、ガメイツさんがずっと怒っているのも、この島に価値がないとわかっているからなんですよ。ただ、両国において中立な立場にいる冒険者ギルドの私だけならまだしも、クワンドラン王国のブナンさんが調査に同行する手前、トドロス王国からも調査員を派遣しないといけなくなったようで」
本人はこの島の調査に乗り気じゃなかった――この調査は貧乏くじを引かされたということか。
「あ、でも私はこの花蜜は価値があると思いますよ。とてもお茶が美味しくなります」
「それはよかったです。残りでよかったらこの瓶ごと差し上げますよ。いろいろと貴重な情報をありがとうございました」
「いいえ、協力していただくのは私の方ですから」
とにかく、良識人がひとりでもいることに安心したし、一週間我慢すれば解決することも安心した。
安心ついでに、調査の日程をもっと短くできないか提案したら、笑顔でそれはできませんと断られてしまった。
俺はクラリスさんに礼を言って、コテージを出た。
俺たちは迷宮の中で寝ているので――と言ったら酷く驚かれ、お風呂もありますからよかったらどうぞと言ったらさらに驚かれた。
どうも迷宮の中で生活するというのは普通ではないらしい。
「まぁ、一週間の我慢か――」
一週間は迷宮の拡張は無しだな。
暫くは海草や漂流物集め、釣りなどに専念するか。
「クラリスさんはいい人そうで安心したな」
「……はい、そうですね」
「フロン、どうしたんだ? ずっと黙ってただろ?」
「いえ……なんでもありません。大丈夫……のはずです」
フロンはそう言って、自分の黒いチョーカーを撫でた。
そういえば、そのチョーカーは大陸ごとに柄が違うってサンダーが言っており、これは東大陸のものだって言っていた。
でも、思い出してみれば、フロンは着替える時も寝るときも風呂に入るときも、一度たりとも首輪を外したことがなかったことを思い出した。
「なぁ、フロン。そのチョー」
――そのチョーカーってどういう意味があるんだ? そう尋ねようとして、俺は無意識に言葉を詰まらせた。
「その……調子が悪いなら言えよな」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」
「……そっか」
俺はそう言うと、テーブルに置いてある紙に、今日の分の帳簿を付ける作業に移ったのだった。




