第三十八話「ガメイツとブナン」
「こちらは、トドロス領事館のガメイツさんと、クワンドラン領事館のブナンさんです」
船から降りてきた二人の人間。
ガメイツは、ちょび髭の似合わない小柄なおじさん。
ブナンはボサボサ髪で、葉巻が似合いそうなダンディーなおじさんだった。
「ふたりが今回の調査に同行することになっています」
「領事館?」
領事館といえば、他国の首都に置く大使館の出張所のような感じだ。
ホシア島から来たのなら、国直属の調査官かと思ったのだが、違うのだろうか?
そして、なんで両国が同時に来るのか?
いろいろと気になることができた。
「ああ、そうだ。いつまで我々を待たせておくのかね? 早く新たに発見された迷宮に案内しなさい」
ガメイツがそう言った。結局、俺の疑問はあとでフロンかクラリスさんに聞く。
とても偉そうだ。
うちの会社の社長でもここまで偉そうな態度は取らなかったぞ。いや、むしろ社長は社員に理解のあるような感じ、共感するフリをして部下に仕事を押し付けるのが上手だった。そういう意味ではとても優秀な人間であり、このように他人のやる気を阻害する人間とは違う。
しかし、相手のことを取引先の人間だと思えば、怒りも堪えられる。
一応、偉そうにはしているけれど、貴族などではなく役人ってところだろうな。
本当のお偉いさんならこんな無人島に護衛もなくやってくるとは思えない。
「申し訳ありません。ただいま案内いたします」
ここは適当に調子を合わせて、さっさと帰ってもらおう。
俺は頭を下げ、三人を迷宮へと案内した。
クラリスさんは、まるでサンタクロースが使うような巨大な布袋を船から下ろして運んでいる。
「クラリスさん、よかったら荷物を持ちましょうか?」
「ありがとうございます。ですが、規則で荷物は他の人に預けることができないんです」
「そうなんですか――じゃあ、後ろでテンツユに支えてもらうというのはどうでしょう? こう見えて俺より力持ちなんです。テンツユ」
「キュー!」
テンツユは頷いて、クラリスさんの荷物を持ち上げる。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「おい、私の荷物を持とうとは思わないのかね?」
ガメイツが言ってきた。
一応、ガメイツもブナンも、クラリスさんほどではないが荷物を持っている。
「――あぁ、ガメイツさんの荷物もお持ちしましょうか?」
「ふん、貴様なんぞに預けたら荷物が汚れる」
――だったら言うなよっ!
内心でムカっとしながら、俺は愛想笑いを浮かべた。
「あまり気にするな、坊主。あのおっさんは誰に対してもあんな感じだ」
ブナンが俺の横に並び、小さな声で言った。
ガメイツがイヤな人間過ぎるせいで、ほとんど話していないブナンが一瞬で良識人ポジションに嵌ってしまった。
「ここが広場です。消えない松明があるので火種の心配はありませんし、薪がなくても簡単な料理くらいならできます。飲み水は迷宮の中に水飲み場があるので、そちらで汲むなり直接飲むなりしています」
迷宮の入り口に辿り着くと、俺は三人にそう説明した。
「なるほど――これは確かに迷宮ですね。ジョージさん、迷宮の中には入られているのですよね? 現れる魔物について教えてください」
「一階層に出てくる魔物は歩きキノコだけで、二階層にはスライム、スライムイーター、スロータートルが現れます」
例外として、飛びキノコというエピックモンスターが現れたことがあるが、あれは例外としておこう。とても珍しい魔物なので、下手に注目されたら困るし、なにより調査団を派遣された挙句、「現れないじゃないか。騙したな」なんて難癖をつけられたくない。
通常ならそんなことはないだろうが、ガメイツの性格からして十分ありえる。
「スライムとスライムイーターですか」
クラリスさんの表情が曇った。
女性にとって、服を剥いでくるスライムイーターは天敵らしい。
「安心してください。刈ったばかりですので、暫くは出てこないはずです」
「そうですか。それで、三階層の魔物は?」
「いえ、迷宮は二階層までですね」
「二階層まで? ボス部屋もないのですか?」
「はい、ありません」
俺がそう言うと、ブナンが興味深げにニヤリと笑った。
「なるほど――成長する迷宮で間違いないな」
「成長する迷宮?」
「ふん、そんなこともしらないのか」
ガメイツは相変わらずムカツクことを言う。
「成長する迷宮とは、ここ最近世界中で発見されている新たな迷宮のことだ。本来、迷宮というのは教会が管理し、世界の瘴気を大地に還す場所だ。だが、新たに発見された成長する迷宮はその存在はよくわかっていない。既存の迷宮と大きく異なり、その一番の特徴は迷宮が成長していくことになる。一年前に最初に発見された成長する迷宮は、最初は三階層までしかなかったが、いまでは十五階層まで広がっている」
「この迷宮は地下に続く迷宮だろ? その十五階層まで広がっている迷宮は塔の形をしていてな。お前、タケノコって知ってるか?」
「ええ、知っています」
何故、ここで竹が出てくるんだ?
あと、テンツユがいるからってわけじゃないが、俺はタケノコよりキノコ派だ。
「そうか――タケノコは一晩で急成長してぐんぐん伸びていくんだ。その塔の迷宮も似たような感じで急成長してな。まさに破竹の勢いってわけだ」
……破竹の勢いって、竹を一節割れば、残り全部割れてしまうときのような勢いって意味であって、竹の成長の速さとは関係ないと思うんだけど。
まぁ、意味はわかるからあえてツッコミはいれない。
上に延びる迷宮か。
耐震強度とか不安になるな。まぁ、地下に延びるのも落盤とか怖いけど。
土地の広さの問題さえなかったら、横に広がる迷宮のほうが良さそうだ。大阪の梅田駅の地下街に行ったことがあるが、あそこは本当にうちの迷宮以上の迷宮だったからな。案内表示板があっても迷ってしまう。
それに比べれば、上や下に延びるだけの迷宮なんてまだまだ迷う要素が少ない。
と、横に延びる迷宮の考察をしているあまり、話が横に逸れてしまいそうになったが、成長する迷宮か。
もしかしたら、俺以外にも迷宮師がいるのかもしれないな。
「ガメイツさん、一応新たな迷宮については調査中であり、部外秘なんです。あまり詳細については話さないでください」
「ふん、協力者に事情を話すのは当然だろ」
クラリスさんに注意されて、ガメイツは子供みたいな言い訳をした。
ガメイツ、俺のことを協力者だなんて全く思っていないだろうに。
「それでは、我々はこれから一週間――ここで迷宮の調査をさせていただきますので、宜しくお願いします」
「はい、わかりま……一週間っ!?」
え? 一週間もこいつらの――というか、ガメイツの相手をしなくてはいけないの?
なんか、いろいろと不安になってきた。




