第三十四話「寝言は寝て言うな」
ナンテンがいなくなった翌日には、既に雪もなくなり、いつもの日常が戻っていた。
冬が終わったので春を迎えた感覚だが、実際の季節は初秋。
そのため、冬を迎えるのは三カ月後ということになる。
言い忘れていたが、フロンによるとこの世界も一年は三百六十五日であり、一年は十二カ月、一週間が七日というのも同じらしい。
冬の辛さは十分にわかったので、これから冬ごもりの準備を始めないといけないかと思ったが、この島の緯度では最低気温が氷点下まで下がることはないし、夏も最高気温が三十五度を超えることはないという。
寒さはともかく、暑さも平気というのは驚いたが、そういえば日本でも真夏の最高気温は東京より沖縄のほうが低い。小さな島なので、湿った海風が島に流れ込むためみたいだが、気温だけなら島の方が過ごしやすいんだよな。
台風とか洪水とか、災害には弱そうだけど。
ちなみに、迷宮の排水システムは、水飲み場の排水溝に任せている。
この水がいったいどこに流れていくのかは不明だ――それ以上に水飲み場の水がどこから出てくるのかも不明だが。
ただ、排水溝が落ち葉などで詰まってしまえば、外からの水だけでなく水飲み場の水も溢れてしまうので、土嚢を作って大雨に備えるくらいはしておかないといけない。
ただ、フロンの服は予備があり、俺もジャージを超える服はない。さらに服を作れそうな綿花も見つからなければ、そもそも麻や綿から糸を紡ぎ、布にする技術もない。皮を剥ぐ大きな獣も捕まえていないし、皮を剥いでも鞣すための薬もない。
そのため、布作りに関しては計画すら立てられておらず、土嚢に使えそうな布も使っていない子供服くらいしかないのだが、土嚢袋に使うには勿体ない気がして使えずにいる。
「災害対策にも何かを作るにも、やっぱり人手が足りないんだよな」
「スライムイーターが出現するため、長期的に迷宮を離れることができませんからね」
そうなのだ。
いまのところ、松明を直置きしてスライムの行く手を阻む作戦は成功し、スライムイーターが現れても蔓が生えてくることはない。むしろスライムが自ら松明の火の中に入っていき、勝手に死んでしまい素材や経験値が手に入る不労所得となっていた。
しかし、万が一にもスライムが松明を突破しスライムイーターに食べられることになったら、あの事件の再来――フロンの服が脱がされてしまう恐ろしい――ちょっと見たいような――事態になってしまうのだ。
そのため、スライムが現れたらなるはやで、スライムイーターが現れたら最優先で刈り取るようにしている。これが、結構な頻度で出現する日もあるために、俺は海で採取したり、森の奥を探索したりできなくなっていた。テンツユに任せればいいという考えもあるが、採取にしても探索にしても、俺よりテンツユのほうが役立つのだ。
まぁ、こういう雑用としか思えない地味な仕事は、会社のインターン時代に慣れていたので、苦痛と感じるよりも懐かしいと思うほうが先立つ。
ナンテンからもらった氷の加護が、部屋の温度を下げる魔法みたいなものだったらスライムを凍らせればよく、のんびりとすればいいだけでよかったのだが、フロンが言うには精霊の加護というのはその精霊が持つ属性と同属性の攻撃を和らげるもの。
つまり、氷耐性がついたということだけらしい。
この島に氷を使う魔物がいないので意味はない気がするが、いずれ迷宮を広げていけばそういう魔物が出てくるかもしれない。
それに、タダでもらったものだし、文句は言ってはいけないと思う。
「さて、今日もスライム退治だな」
「狐火を使いましょうか?」
「いや、こっちもだいぶ慣れてきたから大丈夫だよ」
俺はそう言ってフロンに見送られて出て行く。
これはまるで、仕事に行く夫と見送る妻のようだ。
夫と妻か……やっぱり、そろそろけじめはつけておくべきだよな。
今のような関係じゃなく、結婚を前提とした交際をスタートさせるべきだろう。お互いの両親に紹介することも友人を大勢呼んで神父の前で結婚式を挙げることもできないのだから、交際くらいはなし崩しではなく、きっちりと告白して始めたい。
プロポーズのタイミングはどうしたものか……と考えながら、青スライムがいる部屋に向かう。
スライムがいる部屋に入ったら、入口にかけてある消えない松明を手にもち、スライムを燃やす。
汚物は消毒だの作業だ。
凍っていないと石斧による攻撃はまったく効果がないのに、松明だと触っただけで溶けてしまう。この差はなんともやるせない。
ただ、フロンに任せないのにはもうひとつ理由がある。
ドロップアイテムの数を考えると、そろそろだと思うんだ。
と俺が今日最後のスライムを燃やしたときだった。
【青スライム討伐数が百になりました。青スライムを使い魔として召喚可能です】
よし、来た!
新しい使い魔が召喚できるぞ!
「フロン、スライムが使い魔として呼べるようになった」
「おめでとうございます」
「とりあえず、いろいろと気になることがあるから、テンツユのところに行くぞ」
俺が気になること――それは、使い魔を二匹以上同時に召喚できるのか? ということだ。俺がこの場でスライムを召喚した途端にテンツユが送還される可能性もある。逆にテンツユを送還しないと召喚できない可能性だってある。
二匹同時に召喚できるのなら、お互いの自己紹介も済ませておきたいので、俺はお湯の管理をしているテンツユのところで青スライムを召喚することにした。
テンツユにも青スライムが召喚できるようになったことを教えると、「キュキュキュー」と後輩ができることに喜んでいるようだった。
「じゃあ、使い魔召喚、青スライム」
目の前の地面が光り、そこからスライムが現れた。
この世界のスライムは、目もなければ口もない粘液の塊のようなのだが、召喚されたスライムは黒い目と赤い口があり、代わりに体の透明度は低い。
かなりデフォルメ化された形になっている。
「よし、召喚できた」
テンツユも一緒だ。
どうやら二匹同時召喚は可能らしい。
「フロン、名前を頼む」
「また私でよろしいのですか?」
「ああ、ナンテンの名前は俺がつけたからな。順番順番」
「わかりました――それでは……ご主人様が寝言で仰っていた」
「ちょっと待って!」
俺はフロンを止めた。
「フロン、俺ってそんなに寝言多いの?」
「はい。いつも楽しそうにいろいろなことを仰られています」
「……マジか」
自覚はないが、いびきや歯ぎしりならば恥ずかしいけれど諦めがつく。
しかし、寝言となると話は別だ。
俺の深層心理をフロンに覗かれているような気がしてくる。
「俺、なんて言ってたんだ?」
「柔らかくてふわふわしていると」
「柔らかくてふわふわ!?」
やばい、俺、どんな夢を見ていたんだ?
もしかして、フロンの胸を揉む夢を――
「マシュマロと仰っていました」
「へ? マシュマロ?」
ましゅまろって、マシュマロ?
俺って、そんなにマシュマロ好きだっけ?
「なので、この子の名前はましゅまろにしようかと思います」
「あ、うん、いいんじゃないか? マシュマロ。よし、お前の名前は今日からマシュマロだ」
「ピー!」
スライムは草笛の音のように喜んで飛び跳ねた。
うん、気に入ってくれたようだ。
「マシュマロ、こいつはテンツユ、お前の先輩だからちゃんと言うことを聞くんだぞ」
「キューキュー」
「ピーピー」
うん、仲良くやっている。まだマシュマロが何を言っているかわからないけれど、
『よろしくね、マシュマロ』
『はい、よろしくお願いするっす、先輩』
というような会話が繰り広げられているのだろう。
ちなみに、スライムは雌雄同体のため雄雌の区別はないらしい。
「しかし、マシュマロか……スライム粘液って鑑定によるとゼラチンの代用品にも使えそうだし、コーンスターチ―の代わりにスライムスターチ―を使えば……作ろうと思えば作れるかな? 久しぶりに食べてみたいが、泡立て器がないから難しいか……そういえば、マシュマロは魔石と交換できたかな?」
「マシュマロって食べ物の名前だったのですね」
フロンがいまさらのことを尋ねた。
知らずに提案していたのか。
「俺、言ってなかったか? マシュマロ美味しいとか、マシュマロ甘いとか」
「いえ、ご主人様が仰っていたのは、『マシュマロみたいに柔らかい』と。いったい、なんの夢を見ていらっしゃったのですか?」
「……さぁ……なんだろうなぁ?」
俺はそう言いながら、寝言を言わないで済む方法がなにかないか考えたが、結局なにも思い浮かばなかった。




