第三十三話「消えゆく雪」
二話連続更新しています。
この話は私的にはちょっと蛇足だと思います。
伏線もほとんどなかった――というよりあえて出さないようにしていましたし。
これを読まなくても次回に影響はありません。
太陽が昇る。
春を告げる――とは言わないが、しかし冬の終わりを告げる太陽だった。
朝まで草笛の練習をしていたため、非常に眠たいけれど欠伸は出てこない。
この涙は、太陽の眩しさや眠気によるものではない。
別れではなく、再会への狼煙だとしても、やはり哀しみは隠せないようだ。
結局、迷惑を掛けられるだけだったが。
「ご主人様――旅立たれたのですか?」
「ああ。ちょっと長い旅に出たようだ」
いまだに空から降ってくる雪に手を伸ばし、俺はそう言った。そして――
「フロンも少し冷えただろ。家に帰ろうか」
「――はい」
ふたりで家に帰り、仕事を始める時間だけど仮眠を取ることにした。
その日、俺は夢を見た。
夢――いやこれはナンテンの記憶だろう。
記憶の断片を見せてくれたときのように、さっき触れた雪がナンテンの過去を俺に見せてくれたようだ。
『大丈夫? 怪我をしているの?』
雪山の中、そう言ったのは昨日観たナンテンの記憶の中に出てきた女性だった。
彼女がいた村では、精霊の存在は知られておらず、青い玉が雪を運んできたということで、氷の精霊のことも魔物の一種として攻撃してきたらしい。
鍬や鋤で傷つけられるのは平気だったが、火による攻撃により氷の精霊は怪我を負った。
傷ついた氷の精霊は山の中で身を潜めているとき、出会ったのが彼女だった。
彼女は村の薬師であった。
『そうだ、ちょうどいい火傷に効く軟膏があるの』
彼女はそう言うと、指先に軟膏を取り、氷の精霊に近付けた。
氷の精霊は驚き、逃げようとしたが、弱っていて動けなかった。
そもそも、氷の精霊に人が作った軟膏が、毒にも薬にもなるはずがない。
危ないのは少女のほうだった。
氷の精霊は冷気の塊。触れてしまえば凍傷を免れない。
にもかかわらず、彼女は笑顔で氷の精霊に薬を塗った。
不思議なことに、その薬は効果があり、氷の精霊は元気になったそうだ。
ある日の夜、元気になった氷の精霊に女性は言った。
『私は古今東西どんな薬でも作れるんだから。凍傷の薬も作れるし、氷の魔物の火傷を治す薬だって用意できるわよ』
『僕は魔物じゃなくて、精霊だよ』
不思議なことに、彼女は俺のように精霊の声を聴くことができたらしい。
『そんな姿じゃ魔物と一緒よ。姿を変えられないの?』
『変えられるけど、でも、どんな姿がいいかな?』
『そうね……ウサギとかどうかしら?』
『ウサギ? なんでウサギなの?』
『月を見ていたらちょっと思いついたのよ。ほら、これってウサギに見えない?』
彼女がそう言って作ったのは雪ウサギだった。
薬師がよく使う南天の葉と実がついている。
『こんな風になれない?』
『なれないことはないけれど……これでどう?』
氷の精霊は白いウサギの姿になった。もっとも雪ウサギを参考にしたためだろう、かなりデフォルメされている。
『あぁ……なんか見辛い。周りが雪で白いから、完全に保護色ね。もうちょっと青くなれない?』
『注文が多いな……これでいい?』
さらに姿を変えた。毛の色が青くなった氷の精霊の姿は、いまのナンテンの姿になっていた。
『うん、可愛い!』
彼女は笑顔で頷いた。
それからも、彼女と氷の精霊は山で語った。彼女には両親はおらず、薬造りの才能で生計を立てていること。いつかお金を貯めて立派になること。彼女の故郷はかなり遠い場所にあってもう帰ることができないこと等、いろいろと話をした。
そして、別れの日が訪れた。
春になり、氷の精霊は姿を現せなくなると言ったのだ。
『そう、じゃあとっておきの特技を見せてあげる』
彼女はそう言って、南天の木の枝から葉っぱを一枚取り、草笛で演奏を始めた。
俺よりも遥かに上手で、心に染み入る曲だった。
『どうだった?』
『うーん、いまいち』
氷の精霊はニヒルな笑みを浮かべて言った。
『あなたは辛口ね。これでも村で演奏したときは評判よかったのよ?』
『でも、なんか春っぽい音じゃないんだよね』
氷の精霊にとって音楽という文化はあまり馴染みがない。
音楽も複雑な音の集まりのようにしか思えなかった。
もっとも、記憶の中ではいまいちと言っているけれど、氷の精霊はその音楽を気に入ったようだ。
『当然よ。だって、これは秋をイメージした曲よ?』
『なんで秋の音なのさ』
『あなたを見ていたらつい……ね。また来るのよね?』
『うん、また来年の冬にね』
『そう――じゃあまた冬が終わって春になったら春の音を教えてあげる。他にもいろいろとお話をしてあげるよ』
『――恩着せがましいな。うん、覚えていたらくるよ』
『必ずよ。約束だかね』
記憶はゆっくりと薄くなっていき、途切れた。
目を覚ましたとき、俺の目は湿っていた。
舐めてみると、塩の味はせず、どこか温かい。
まるで溶けた雪の結晶のような味がした。
俺は練習に使った葉っぱを使い、曲を奏でる。
ナンテンが無事に彼女と出会えたことを祈って。
「不思議な曲ですね」
フロンが起きて言った。
起こしてしまったらしい。
「ああ……俺の故郷の曲でな。夢の中に出てきた月が綺麗だったから」
ナンテンがウサギの姿をしていたから、つい……な。
月を見てウサギの姿を思い浮かべるなんて、夢の中の人は随分ロマンティックな人だ。それに、記憶は既に朧げになっているので、知っている曲になっていた。
月に引っ張られたのだろう。
「これは月を見てウサギが跳ねるという曲なんだ」
「そうなのですか。でも、なんで月を見てウサギを?」
「それは――」
とても単純な理由だ。月とウサギと聞かれたら――
「――っ!?」
そう聞かれて、俺はハッとなった。
おかしい、おかしすぎる。
月とスッポンみたいな繋がりならわかる。どっちも丸いからだ。
月とウサギ――この関係はおかしい。その繋がりは月の模様がまるで餅をついているウサギのように見えるから。しかし、この世界は地球ではない。
月は存在するが、月の模様が全然違う。
そのため、月とウサギを結びつけるものなんてあるはずがない。
「日本人……だったのか?」
夢の中で見た彼女を思い出し、俺は呟くように言った。
千年も前に日本人がこの世界にいた――その可能性。
それがなにを示すか、俺にはわからない。
※※※
とある船の上。
「ん? こんな時期に雪? 珍しいな。まだ秋になったばかりだろ?」
「……この雪」
「朝日に照らされて綺麗だよな」
「……そっか、約束、守ってくれたんだ」
「約束? なんのことだ?」
「ううん、なんでもない。あ、そうだ、おにい。そろそろレベルが上限に達する職業があるよね。限界突破薬作っておくから」
「ああ、頼んだよ。それにしても、本当にきれいだな」
最後の二人が誰なのかは、いつかどこかで。
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