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第三十二話「雪ウサギ」

二話連続更新一話目

 ナンテンがいるためだろう。

 夜明け前の海岸は一層寒さが増していた。さすがに海が凍り付くような寒さではないが、手はかじかんでいる。

 東の海岸はうっすらと光を帯び始めていた。


『やぁ、ジョージ。もう来ないと思ったよ』


 そう言うナンテンの姿は、若干小さくなっていた。

 これまでかなり無理をしていたのだろう。


「悪い、ちょっと練習に手間取ったんだ。なにしろ、こっちは十年以上吹いたことがなかったからな」

『練習? なにをしていたの?』

「もしも間違っていたら悪い。でも、これだと思ったんだ」


 俺が取り出したのは、一枚の葉っぱだった。


『それは?』

「葉っぱだよ。本当は南天の葉を見つけたかったんだけど、結局見つからなかったからな。近い物で代用させてもらった」


 俺はそう言って、両手の親指で葉っぱを摘み、隙間に息を吹きかける。

 

   ピー


 音が鳴った。


『その音は――!?』

「草笛。子供の頃、田舎の祖父ちゃんに教えてもらったんだ」


 俺はそう言って、草笛を演奏した。

 あのとき、ナンテンが見せてくれた夢の中で、彼女の近くに落ちていた木の枝は赤い実のついた南天のものだった。しかし、近くに生えていた木は針葉樹のものであり、俺はあの木の枝は彼女が持ってきたものなのだろうと思った。

 そして、彼女の手には一枚の葉っぱが握られていた。

 南天の葉で音といえば、草笛しかないと思ったのだ。

 それによる音は、まさに春の音だと思った。

 まぁ、草笛って歳時記では夏の季語だったはずから、夏の音のような気がしないでもないし、南天は冬でも枯れないから、特別に春の音という感じはしなかったけれど。

 ただ、この草笛、鳴らすだけならいいのだが、それを聞かせられるレベルにまでするには練習が必要だった。


 俺は草笛で練習した曲を披露した。


 ナンテンはなにも言わず、黙って聞いていた。

 そして、演奏を終える。


「どうだ?」

『僕の聞きたかった春の音とは、全然違うよ』


 ナンテンはそう言った。

 違ったか。

 たぶんあっていると思ったんだが……。


「……悪い」

『あの子が吹いてくれた音は、もっと上手だった。ジョージは下手過ぎるよ』

「……え?」


 ナンテンは笑っていた。

 もうその姿はほとんど透明に近い状態にまでなっている。


『ありがとう、ジョージ。お陰で、全部……全部思い出すことができたよ。春の音、聞くことができたよ。本当にありがとう』

「ナンテン、これからどうするんだ? また冬に来るのか?」


 いまは秋だから、暦だけなら三カ月後か。結構直ぐの再会になりそうだと思った。

 けど、ナンテンは長い耳を垂らして首を横に振る。


『無茶をしすぎたんだと思う。たぶん、また千年くらい眠るよ。でも、できることならあの子のところにもう一度行きたいかな』

「おまえ、死ぬなんて言うなよ」

『そんなこと言ってないよ。ジョージは想像力豊か過ぎる』


 ナンテンは愉快そうに笑った。


『ヒトの魂は地脈へと帰り、新たな生命となって生き返るんだ。それなら、あのヒトの子も生まれ変わっているかもしれないでしょ?』

「……生まれ変わっていても美人かどうかなんてわからないぞ」

『見た目なんて関係ないよ。性別もね。僕が見ているのは魂の在り方だから――魂っていうのはね、明るさはいっつも変わるんだ。暗くなったり明るくなったりくすんだり』

「精霊に好かれてもあんまり嬉しくないよ」

『ふふふ、そうだろうね。でも、魂の色っていうのはいつも変わらない。お婆ちゃんになっても生まれ変わってもね。ジョージの魂の色は最初は薄汚れていてわかりにくかったけど、いまはちょっと綺麗になってわかりやすくなってるよね。うん、好きな色だよ』

「俺の魂をガラス玉のように例えられても反応に困るな」


 というか、俺の魂って色がわからないくらい汚れていたのか?

 ブラック企業に長い間いただけに苦楽染まったということだろうか。


『あはは、まぁ、ヒトにとってはそうだよね。でも、僕にはそれが重要なんだ。今度はそれを頼りに彼女にもう一度会えたらって思うんだ』

「俺が好感度求めてるのはいまのところひとりだけだし……行くのか?」

『うん、ありがとう――本当はもっと綺麗な冬を――げたかったけど……またね』


 またね……か。

 千年後には俺も死んでいる。死んで、生まれ変わって、また死んで。

 それでもおまえが好きだと言ってくれた魂の色を見つけて会いにきてくれるのなら、今度はもっと綺麗な雪をみせてくれ。

 いまの、この朝日に照らされて光り輝く雪の景色よりもさらに綺麗な雪を。


 だから、俺もさようならは言わないよ。

次回は私的には蛇足のような話です。

しんみりした空気のまま終わりたい方は読まなくてもいいかな?

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